006
家の近くで待ってたことに驚かされた一昨日も、昨日も、今日も。
「……やっぱり、気を遣わせちゃってるんだろうなぁ……」
あんな心配そうな顔、今までほとんど見たことない。
なんていうか、申し訳なさそう顔? そういう雰囲気を出してたことはあったけど。
別に、何か悪いことをしたわけでもないのに。
(あの顔、するならせめてもうちょっと別のタイミングに見せてほしいんだけど……)
ガン無視決め込んでるときとか、『あれ』って呼ぶ時とか。
まあ罪悪感があるならそもそもやらないだろうから、言っても仕方ない。
ああいうところは本当に相変わらずって感じ。
あとは組織のメンバーへの警戒心とか。篝さんへの態度がまだマシに見えるレベル。
(でも、それより……)
「……なんか、変わったよなぁ……」
何がどう変わったって言えばいいんだろう。
積極性? というか、全体的な雰囲気? いつからだったっけ、あれ。
(前に電話してくれた頃にはもう……そういう感じだった、ような?)
化け物同士が合体して生まれた、もっと凶悪な化け物。
やっぱり戻った方が、なんて無駄に迷ったあの時。
――桐葉のやりたいようにやれば、いい。
まるで、俺の考えてることを見透かしたみたいだった。
事件が片付いた後にはいつも通りのイリアだったから、勝手に気のせいだと思ってた。
(……少し記憶が戻りかけてるとか? それならそう言ってくれたっていいのに……)
まさかあれで自覚が全くないなんてことはないだろうし。さすがに。多分。
根拠なんて欠片もないけど、イリアはある程度は分かってそうな気がする。
ざっくり、ぼんやり、全体的に。
それでも絶対、絶対に自覚してる。特に今は。
「もうちょっと早く気付いていればなあ……」
とっくにお休みになられた頃。
おやすみメールも届いてたから間違いない。
これじゃあ聞きたいことも聞けやしない。
この前あんなことを言ったくらいだし、すぐには教えてもらえないかもしれないけど。
(……こんな有り様じゃ心配されて当然だわな、そりゃ)
今は自分のことを優先して、とか。昨日直接言われたし。
ちょっと聞いてみただけなのに。
篝さん、いつにもましてイリアの反応に困ってたみたいだったから。
(そんな場合じゃないだろってことだよな、きっと……)
期限まであと少し。
でも多分、このままだと延長確定。
今、唐突な天啓があっても駄目だと思う。
なんの進展もないのに、あの橘さんが許可するわけない。
(力の使い方に、あれとそれとこれと……あーあ、どうしろっていうんだよ。こんなの)
はっきり分かってたら苦労しない。
知ってる人が、大切な人が巻き込まれないように。
……でも、そういう願望はなんかちょっと、違う気がする。
本心なのに、自分でも何か納得いかない。嘘、ってわけじゃないのに。
聞かれたことの答えになってない気がする。
そんな気がしてるのに、はっきりした理由は何も分からない。……なんだんだよ、本当に――
「電話? 橘さんじゃない……よな?」
今日の分の連絡ならさっきもらったし。
っていうかこの音、組織のケータイじゃないな?
(……あ、深山か)
絶対あいつだ。あいつ以外考えられない。
今日も今日とて、美咲のことでたっぷり時間を使うに違いない。
(……いっそ、橘さんにお願いして直接送ってもらおうか。深山にも)
それがいい。その方が絶対に早い。我ながらナイスアイデア。
あれだけ怪しいことが出来る組織なんだから携帯電話の一台や二台、すぐに用意できるだろ。きっと。
そういえば今日はまだ電話ももらってなかった気がする。いつも放っておいても速攻でかけてくるのに。
問い詰められなかったなんて珍しい。もっと早く気付けばよかった。さっきからまたうるさくなってるし。
「……はいはい、出ますよ。今出ますよ、っと……お?」
……何故に?
会って話すことはあっても、ケータイにかけられたことなんて一度もない。
話すとしたら、固定電話同士。というか一々かけるより直接行った方が早いし安上がり。
「あ、もしもしおばさん? どうしたんですか。こんな時間に。母さんも父さんも今日は家にいますよ? 出ませんでした? 電話」
美咲のことだって、今ならおばさんの方がすぐに教えてもらえるだろうし。
橘さんもそのくらいのことは配慮してる筈。多分。おばさん達が知らない情報は大体なかった。魔法以外。
「……あの、おばさん? もしもしおばさん? もしもーし? 聞こえてないですかね? 一旦切ってかけ直しでもいいですか?」
『……あんまりおばさん、おばさんって連呼してほしくないんだけど』
…………は?
「その声、いや……は? は?? まさか声真似じゃないですよね? それとも事情があって田舎で暮らしていた二人目……?」
『いないからね。そんな子、うちにはいないからね? 一人っ子だからね? きっくんもよーく知ってる筈だよね?』
……じゃあ、この声。この、喋り方……
「…………美咲!?」
『驚き過ぎ。他に誰だと思ってたの?』
だってそんな、おばさんのケータイからかかってくるなんて。
今日の予定なんて把握してないし。橘さんのメールも、昨日と何も変わってなかった。
「だって、目が覚めたなんて話も全然……本当に大丈夫? 病院だったら別に無理して電話なんてかけなくても……」
『さっき診てもらったけど、大丈夫みたい。当分通院することになると思うけど』
みたいって。なんてアバウトな。いや、本当になにも問題なかったとか?
橘さんのメールにも確かに体温も正常って書いてあったけど。家に帰っても問題ないって判断され、て――……うん?
「待った。通院? 今美咲、通院って言った? 入院じゃなくて?」
『通院。通う方。ちゃんと聞いてよ、もー』
通う。家から。病院まで。
つまりもう病院に、組織の管理してるあの施設に残らなくても大丈夫。
「っ、ぁああぁ~……! よかった……もう帰れるんだ……おつかれめでとう」
『本気でそう思ってるなら変な合体させないで?』
よかった。本当によかった。
声の調子も元気ありそうな感じだし、本当に大丈夫そう。
「いや、本当、マジでよかった。何回聞いても『容体は安定してる』って話ばっかりだったから気が気じゃなくて……」
『色々、検査とかあったから。すぐに連絡したくても出来なかったんだよ』
……あの外道眼鏡。
何が『もう少し』だあの野郎。
次あったら覚えとけよ絶対ぶっ飛ばす。何がなんでもぶっ飛ばす。
『ところで質問。今どこにいると思う?』
「なんだよそのヒントの“ひ”の字もない上に唐突な鬼畜イズ。……寿司屋とか?」
『それは明日』
「明日には行くのかよ……」
健康に気を遣った食事的なあれはいいんだろうか。……それが厳しかったら退院なんてさせないか。
『え、おばさんから聞いてない? わたしのことは秘密にしておくからって言ってたんだけど……』
「ねえ楽しい? グルになって俺の不安煽って楽しい??」
『急に闇落ちしないで!?』
はー、酷いわー。
イリアだって心配してたんだし、人ことくらい言ってくれてもいいのになー。
「…………で、結局今どこなんだよ。綾河さんよ」
『拗ねないでよ、もー……私が悪かったから』
「別に拗ねてなんかないっての」
まったく。これっぽっちも。
『それで、さっきの答えなんだけど――』
別に全然、気にしてなんか。
「――だーれだっ」
気にして、なんか……ない。本当に。
「……美咲」
「正解。……ただいま、きっくん」
美咲がこうして、無事に帰ってきてくれたんだから。




