001
「何をしている。早く降りろ。貴様の家だろう、ここは」
学校が終わる頃には、もしかしたらって思ってたのに。
よくやり過ごせたよ。本当に。……ノートの整理、ちゃんとしておいた方がいいかも。
「そうですけど。前後左右どこから見ても、勝手知ったる我が家ですけど……」
迎えに来てくれたと思ったらわざわざ送るとか。
ご丁寧に家の前まで送ってくださりやがるとか。
「……今朝のあれ、やっぱりなしにしてもらえませんか? その、自分でもやりすぎたって思ってますから、情状酌量的な……」
「くどい。何度も言わせるな。活動禁止は少なくとも一週間。場合によってはもっと伸びる」
「そこをなんとか! せめてあの病院と拠点に行くだけでも! 大人しくしてますからお願いしますっ!」
前に教えてもらった通りならしばらくは何か起きることもない。はず。
俺だって何度もあんなことになってほしくなんかない。
なんならこのままずっと大人しくしてたらいい。
「……病院はともかく、拠点だと? トレーニングルームにも資料室にも近付くことなく、大人しくしている、と? ほう。貴様が」
「し……しませんよ?」
「嘘をつけ。こちらを見てもう一度言ってみろ」
いやだって、別に組織の活動ってほどじゃないし。
むしろ禁止期間が延びるなら猶更やっておかないといけないレベルだし。
「走り込みとかじゃどうしても限界があるんですよ。それに、いろいろ勉強もした方が……ね? 役に立つと思いません?」
「そうやって学んだ結果があれなら猶更手に負えん。……いいから少し頭を冷やせ。これは命令だ。いいな」
「命令って言われたって……」
そんな無茶苦茶な。
誰だよそんなこと決めたやつ。もうちょっと理由説明してくださいよ。
「……ちなみに、嫌って言ったらまたグーですか?」
「人聞きの悪い言い方をするな。貴様が大人しく従えば済む事だ」
俺が頷くまで梃子でも動かないってか。
(動き出した後に車の上に張り付けばなんとか……)
「万が一命令を無視した場合、その都度期限は伸びると思え。当然、上限などない。危険な真似をすれば数か月先になるだろう」
「や、やだなぁ橘さん……何も考えてないですよ? 別に」
「本気でそう思っているなら大人しくしておくことだ。思っていないなら神堂を向かわせる」
師匠を? 我が家に? この前のあれこれのせいで馬鹿みたいに忙しいのに?
「……遠回しに特訓しておけって言ってます?」
「処分中にそんな甘い対応をしてもらえるとでも思ったか、たわけ。誰が話をさせてやると言った?」
「今の説明で大体理解しました」
やっぱりグーじゃん。いや、パーかもしれないけど。
どっちにしても矯正ノックアウトされるやつだ、これ。一瞬で。俺が気付く前に。
「理解したのならそれでいい。……貴様が を心掛けさえしていればすぐに処分も解かれる。一度自分を見つめ直すんだな」
見つめ直せ、なんて言われても……どうしろと。
これまでにあったこととか、やったこととか、全部文字に起こすとか? ……当たり前とか言われそう。
「……それはまあ、分かりましたけど。帰る前にもう一つだけ、聞いてください」
そっちはいい。
よくないけど、ここまで言われたらもうどうしようもない。
「一日、一回だけでもいいんです。美咲の容態の確認だけさせてもらえませんか?」
話を聞いてもらえる内に、これだけはお願いしないと。
見舞いに行きたくても行けないなら、せめて。……橘さんなら、嘘は言わないだろうし。
「心配しなくとも携帯電話はそのまま貴様に持たせておく。しつこく連絡するようであれば、その時は期間の延長もあり得るがな」
「それでいいです。……お願いします」
おばさんもおじさんも、聞ける限りの話は聞いたらしい。
それから学校にも正式に連絡があったとかなんとか。
魔法のことは完全に伏せたみたいだし、本当に手慣れてるんだろうなぁ……
「頼まれるようなことではない。……それに、すぐにその心配もなくなるだろう」
「へ、なくなる? なくなるって、どうして。っていうか何が?」
「その程度のことは自分で考えろ。一つしかない」
「まーたそういう……普通に教えてくださいよ。減るものじゃないのに」
こっちは『なくなる』って部分しか聞こえなかったのに。
さすがに悪い意味で行ったわけじゃないのは分かるけど。普通に教えてくれたっていいだろ。別に。
「……そうだな。分からないようであれば期間を延長でもするか」
「延ちょ……っ!? 待ってくださいよ。これっぽっちも関係ないじゃないですか!?」
「それが嫌なら精々頭を働かせることだ。期限を迎えるまでにな」
「さっきは冷やせって言ったくせに……」
大体いつなんだよ。期限って。何日後とかあるだろ。何か。
すぐ答えを出せって言われてるのと何も変わらないじゃん。
「すぐに気付けば済む話だ。飛び出してから一度も帰っていないだろう。分かったな? 分かったら今は少しでも休め。……またな」
「……家まで送ってくれてどうもありがとうございました」
だって、そう言うしかない。
いきなり優しい声で『またな』なんて言われたら、俺だってもう何も言えない。
走り去っていく橘さんの車を見送る以外、どうすりゃいいっていうんだ。
「……どうせなら、一緒に帰って来たかったけど」
この場所まで。
皆、凄く心配してたから。母さんだって、当分はあまり動かない方がいいのに。
「た、ただいまー……?」
なんだか、あまり行かない友達の家みたいな感じ。
一年どころか、一か月も経ってない筈なのに。
「……桐葉? あんたどうしたのよ。急に帰って来るなんて」
「美咲の容態もかなり安定してきたから今は家で休めって、向こうの人が。……ところで俺の分、ある?」
「働かざるもの食うべからず」
「分かってるって」
ちょっとびっくり。
毎晩確認の電話はかけてくれてたけど、帰るなんて言ってなかったよな。確か。……連絡しておけばよかった。
「そういえば今日の仕事は? 状況が動くまでは、とかなんとか言ってなかった?」
「職場の人が気を遣ってくれたのよ。明日も休み。近付いたらその時も空けておいてくれるって」
「ああ、それで。いい人達じゃん」
だからこんな時間に。
休みでもないのに何事かと思った。昔はそうでもなかったんだけど。
口が裂けても言えないけど、本当は母さんが働きに出ることなんてないし。
言ったら『子供が変なこと考えなくていいから』とか言われるだろうけど。
「……それからね、あんたのこともあるだろうって」
「は、俺? なんでまた。向こうの人達のお世話になりながらやってるって言ったじゃん。昨日も」
心配される要素なんて一体どこに。微塵もなかったはずだけど。
「本当はね、教えてもらってたのよ。今晩には一度あんたを帰すって。橘さんって人に」
「た、橘さんが? なんでまた……」
「なんとなく分かるわ。今のあんたを見れば。……美咲ちゃんのこと、あんたが見つけたんでしょ」
「っ、それは……」
なんで、そんなことまで。
橘さんが話した? いやでも、伏せておいた方がいいって……だからわざわざ他の人が見つけたって体にしたんじゃ……
「やっぱりね。……何年親やってると思ってるの。そんなことも分からないと思った?」
「別に、そんなことはないけど……」
ぴったり、言い当てるなんて。
「あの人達が何者なのか知らないけど、信じられると思ったなら信じなさい。……あんたのこともしっかり考えてくれてるみたいよ。ちゃんと」
「別に、疑ってなんてないけど?」
「それならいいの。それで。……じゃあこれ、お願い。お父さんもすぐに帰って来るから」
「……ひょっとして、父さんも?」
「休みは次の土曜日。ちなみに、母さんもね」
「大集合かよ」
「久し振りにね」
もしかして、その辺りも全部調整して……?




