012
(くそっ……くそっ、くそっ!!)
わからなかった。全然分からなかった。
あの白い服は着てないし。魔力の感知なんてできないし。
(よりにもよってこんなときに……!)
師匠から離れたあと。
狙うだけなら確かに最高のタイミング。
あっぱれだよ。こんちくしょう。
声も多分、師匠には届かない。さっきから車の音がうるさいから。
(いっそ叫ぶ? でも、そんなことしたら……っ)
巻き込んでしまう。気付いて来てくれた人達を。
今は車ばっかりだけど。この田舎町め。
魔法だから倒せるって師匠は言ってた。
より正確には、魔力を込めた攻撃。
だからパンチもキックも、魔力を込めてるならちゃんと効く。
ドでかい爆弾なんて用意できるわけない。
でもそのくらいじゃなきゃ他に倒す手段がない。
「ああもう、なんで気付かないんだよこういうときに限って……!」
感知能力も一級品とかほざいてたくせに!
回りを見てもどこにもいない。
マジか、マジで気付いてないのか。
だって師匠ならこんな距離、とっくに追い付いてる。
まさか倒されたなんてことはない……よな?
(ああもうこうなったら大通りから離れるしか……!)
今は通行人もいないけど、いつどこでぶつかるか分からない。
油断してたわけじゃない。と、思う。
でも正直こんなところで出くわすなんて思ってもみなかった。
この辺りはそんなに詳しくないけど、なんとか上手いこと師匠のとこに戻りさえすれば……
「先輩! 追い付けません!」
「分かってるよ! クソ、あの男が見てるのはほとんど力もないガキって話だったのに……!」
なんだとこの野郎。
って、ダメだ。今やりあっても勝てない。
相手は五人。いくらなんでも不利だ。
師匠みたいな超人がそんなにいるわけない。いてたまるか。
追い付かれそうにないからめちゃくちゃ強いってことはない。多分。
だからきっと、一対一ならなんとかなる。
(でも、無理だよなぁそんな状況……!)
あくまでそれはできればの話。
まして人。どんな野郎でも、相手は人だ。あんなこと言われたからって本当に殴れるわけがない。
「そろそろ諦めてくれませんかねー!? もう走って疲れたでしょう!?」
「ば、バカに……するな……!」
……あれ?
なんか疲れてない? 滅茶苦茶。
息切れしてるっていうか、もうほとんど体力の限界?
わりと真面目に殴り合わなくてもなんとかなるんじゃないか。これ。
(な、なんだよ。体力なさすぎだろ。こんな調子なら師匠が来なくても――)
「――お願いします、御使い様!!」
「ばっ……!?」
あの化け犬かよ!?
(どういうことだよどこから出てきたんだよ正気かよ!?)
バレたらマズいとかなんとかいう話はどこに言ったんだよ! 躊躇いなしか!
確かに全然まともじゃない。
あの連中は勿論だけど、いきなり出てきたあの犬も。
本当にどこから出てきたか分からない。気付けばあいつらの傍にいきなり現れた。
(っていうか速っ!? 一体どうなってるんだよチーターかあの化け物!)
あの連中なんか目じゃない。
速い。滅茶苦茶速い。このままじゃ普通に追いつかれる!
「――うぉあっ!?」
また二匹目か!!
なんとなくだけど、そんな気がしてたんだと思う。
伏せるタイミングも我ながら完璧だった。背中の上を黒犬が駆け抜ける。
あの夜と同じ。物陰から待ってたとばかりに飛び出してくる。
でもそこに呼び出した張本人の姿はない。まるで師匠から教えられた空中生成みたいに。
自分が指定した通りの場所に魔法を発生させる技術。
ある程度戦えるようになりたかったら必要なもの。
「あ、あの子供相当慣れてますよ!? どうするんですか!?」
「うろたえない! それに見ろ、さっきから倒せてない! 攻撃手段には乏しいってことだ!」
「大きな声で言わなくてもいいだろ……!」
ただいま絶賛修行中なんだよ悪いか。
誰もいないせいで丸聞こえ。余計に腹立つ。
でも、どうしてこんな人がどこにもいないんだ?
これだけ走ったら普通、一人くらいはどこかですれ違う筈なのに。
そりゃ、巻き込まなくて済むっていうのはあるけど……
――人払いはしておいた筈ですが……
「っ、まさかあいつの……!」
確かそんなことを言ってた。
でも師匠が分からないなんてことあるのか?
大エース様は冗談にしても、あの人が?
やっぱりなんとかして師匠に知らせて――
(……違う。そうじゃない)
師匠にばっかり頼ってたら、いざって時に何もできない。
「なんとか、一匹だけでも……!」
ひたすらに走ったおかげだと思う。
さっきのやつらも近くにいなかった。
(……大丈夫。やれる)
そのために稽古だってつけてもらった。
倒すまで何発かかるか分からないけど、今のうちにやっておけば――!
「――余計なことしなくていいっつってんだろこのとり頭」
でも、構えたときにはもうそいつの姿はどこにもなかった。
代わりに。
「し、師匠……!? 今更!?」
「言うじゃねぇかクソガキ。危ないとこだったくせによぉ」
「そうですね、誰かさんがチンタラしてましたからね!」
見張ってたんじゃないだろうな。冗談抜きでどこかから見張ってたんじゃないだろうなこの人。
不審なくらいタイミングが良かった。まさかグルとかじゃないだろうし。
「随分な言い草だな。そこに隠れてる連中にも気付かなかったくせに」
「へっ?」
今度はなんなんだ……?
そこって言われても車じゃん。中に誰も乗ってないし。
「オラ出て来いよ三下。それともその車ごと吹っ飛ばされてぇか」
「止めてくださいよ。破壊衝動抑えてください。大体、そんなのどこにも――」
「……やはり気付いていたのか」
……いたし。
気持ち悪いくらい器用に隠れてた。
さては空から見てたな師匠。卑怯者め。
「ざまぁねぇなカス共。どうだ? テメェらが追いつけるようなもんじゃなかったろ?」
「……あの、師匠? その言い方、こいつらのこと最初から気付いてたようにも聞こえるんですけど?」
「そりゃあそうだろ。なんでわざわざメニュー変えたと思ってんだ?」
はぁ、メニューを。
そういえば急に走らせたよな? そこであいつらに声かけられたよな?
って、ことは――
「………………はぁあああああっ!!?」
この野郎やりやがった! 砂糖一粒分の俺の信頼返せ!!
「だったらなんですか! あんた人のこと囮に使ったってんですか!!?」
「それがどうしたんだよやかましい。ちゃんと無事逃げ切れたろ? オマエならそのくらいできると思ってたからな」
「っわぁ師匠に信頼されて嬉しいなぁ――とでも言うと思ってるんですかこの人でなし!」
あり得ないだろ常識的に。絶対、あり得ないだろ!
なんでそんな回りくどいことしたんだよ。あのデタラメなスペックをフル活用して叩きのめせばいいだろ!?
「俺の教えたこと役に立ったろうが。ほら、感謝しやがれ」
「そいつはどうもありがとうございました悪魔野郎!」
ふざけるのも大概にしてくれよ。
言われなくたって最初から感謝してるよ。感謝してたよ。
こんなろくでもない方法使われなけりゃもっと感謝してましたよ。
「な、なんなのだこの者達は……」
「はぁ? そこの鬼と一緒にしないでくださいよ恐ろしい。かわいいかわいい教え子を餌に使うような人なのに」
「笑わせんなよ。誰がこんなクソガキと。優しい優しい大エース様に悪態ばっかりつきやがる生意気坊主だっていうのによぉ」
「は?」
「お?」
よく言いやがるよこいつ。優しいっちゃ優しいけど痛みの伴う優しさでしょうが。
それも比較的ヤバいやつ。今、もっとヤバいやつってことが分かったけど。
「ふざけないでもらえますか!? 我々は大真面目な話をしているんだ!」
「そうだよな。大真面目に人を傷つけようとしてんだよな」
「師匠。人を囮に使ったド畜生が俺の隣にいるんですけどその辺りはどうなんでしょうかね?」
「オイオイ、対等な一人として扱ってやってんだぜ? 囮も立派な作戦だ。いい実践になったろ?」
「それにしたって他にまともな方法くらいあるだろって言ってるんですよ!!」
物は言いようってか。やかましい。
「さっきから黙っていれば……! いい加減にしてくれ! 我々も――」
「何するってんだよ。他の連中ならもう全員伸びてるぜ?」
「……!?」
……マジかよ。
師匠の言う通りだった。
最初に声をかけてきたパーカーの男。そいつ以外、何故か地面に倒れてた。
あの黒犬も同じ。どこにもいない。
今度こそはって物陰を調べても、まったく。
(……無茶苦茶にも程があるわ、この人)
一体何をどうしたっていうんだ。
やっぱりあんな方法使わなくてもどうにかできただろ。絶対。




