009
――もー、しょうがないんだから。今回だけだよ?
一緒にいるのが当たり前だった。
そうしたいって思ったから、それがいいって言ってくれたから。
十年経っても昔と変わらない、所々で昔以上に同じ時間を過ごしてきた。
――お願いっ! こんなこと頼めるのきっくんしかいなくて……だめ?
昔は子供だけを家に置いておくのは不安だからって、二人で食事を摂ることなんてまずなかった。
二人で出かけることもまずなかった。大体、どっちかの親が一緒だった。
それこれも、お許しが出たのは中学に上がってから。
――次はあっちだよ、あっち! めいっぱい使わなきゃ!
その日はつい二人とも舞い上がって、時間も忘れた。
ギリギリのところで美咲が気付いてくれたけど、全力疾走しなくちゃいけなくなったのを覚えてる。
心の底から、何もかもが楽しかった。
続けばいいのに、とか、そんなことは考えもしなかった。そういうものだと信じて疑わなかった。
おかしくなり始めたのはきっと、あの日から。
関係がこじれた、なんて言えるほど酷いものじゃなかった。
少しずつ、だけど間違いなく一緒にいる時間は減っていった。
原因なんて分かりきってる。
でも、あんなものを見て、襲われて、知らないふりなんて出来なかった。
もしかしたら、また狙われるかもしれない。
ひょっとすると、周りの誰かが襲われるかもしれない。
時間が経っても、その感覚だけは拭えなかった。
鍛えてもらって、化け犬くらいならなんとかできるようになって、それでも消えてくれなかった。
家にいたのに襲われて、挙句もっと強力な化け物まで現れて。
終わりなんてまるで見えなかった。
そこまで分かってた。分かってた筈なんだ。
それなのに、結局止められなかった。
絶対にそうなってほしくなかった人が巻き込まれるのを、どうすることもできなかった。
「…………やっぱり、駄目だよな」
もしかしたらって思ったけど、聞こえてくるのは鬱陶しい機械音声だった。
朝になればいきなり電話が繋がるようになるなんて、夢みたいな話。
そんなこと、あるわけないのに。
(美咲……)
組織のケータイと違って、発信機みたいな機能もない。
あっても妨害されてるだろうけど。
一晩経っても、美咲が見つかったって連絡はなかった。
捜索は始まったみたいだけど、多分見つからない。言われなくてもそのくらい分かる。
だから今は、あいつらに関わりのありそうな場所を重点的に調べていくしか――
「ぁ……」
……今、誰かいた?
すぐに引っ込んだけど、扉の向こうに誰かいた気がする。
寝る前に閉めた筈のドアもいつの間にかほんの少しだけ開いてた。
「そこに誰かいるんですか? もしもーし?」
「だ、誰もいないよぉ?」
……いる。絶対いる。
なんなら声に聞き覚えがある。っていうか、あの人しかありえない。
「……何、してるんですか? 篝さん」
「か、篝さんならいないよぉ? 気のせいじゃなぁい?」
「肩、思いっきり見えてますよ」
「ぅっ……」
下手か。隠れるの下手過ぎか。
俺に言われたくらいでそんな露骨な反応をするから。いくらなんでも分かりやす過ぎる。
「…………ぷっ」
そんな場合じゃないのに、なんだか無性におかしくて。
気付いた時には笑いがこぼれてた。
「酷いよぉ……心配してきたのに笑うなんて……」
「すみません、つい。やっと出てきてくれたんだと思ったら抑えられなくて」
「え? あっ……隠れるもの、隠れるものぉ……」
「今更隠れなくていいですよ。最初バレバレでしたよ」
わざとやってるのか、この人。……わざとじゃないだろうなぁ。
こういう姿を見せられるとどうしても気が抜ける。勿論、いい意味で。
まあ、別に篝さんは自分のおっちょこちょいなところを見せに来たわけじゃないんだろうけど。
「お、おはよぉ……えっと、昨日は眠れたぁ?」
「休んでおかないと動けないって説教くらったんで。……でも、おかげでちょっと落ちつけた気がします」
たとえば、今俺が一人で突っ走ってもどうにもならないこととか。
後で深山にもちゃんと連絡しておかないと。
昨日は結果的にぶつ切りしちゃったし。化け物のせいで。
深山のことだから、クラスメイトにも連絡してるかもしれない。
だからその辺りには気を付けてもらった方がいい。ミイラ取りがミイラになるなんて最悪だ。
……問題は、普段のケータイに連絡が押し寄せてくることだけど。
美咲のことがあるから置いて行くこともできない。
あり得ないって分かってても、もしかしたらって思ってた。
何かの拍子に見つかるんじゃないか、って。
「篝さん、俺のこと心配してきてくれたんですよね? だったら大丈夫です。いつも通り……とは、言えないですけど、逆にやる気だけならいつもの倍以上ですから」
そう、一刻も早く見つけないと。
多分、イリアにはまだ言わない方がいい。
この休みが終わればすぐにバレるだろうけど、今はまだそっとしておきたかった。
少しずついい方向に向かってくれてた。学校だって楽しんでた。
でもそれは、美咲がいてくれたからだった。
上手く手を回してくれたのもある。
でも、それ以上に美咲のことを信頼してた。
教室でもよく話してるし、家に帰ってからもやりとりしてるのはなんとなく察してた。
……だから、もしかしたらもう気付いてるかも。
「……本当に?」
「本当です、本当。美咲――幼馴染のことを連れ去りやがったんですから。……助けたいんです。美咲のこと。お願いします」
あいつらが何をするかなんてわかったものじゃない。
本当は考えたくないけど、目を背けていい問題じゃない。
篝さんとの勉強会でそういう認識は一気に強まった。
昔から本当に、あいつらはどんなことでもやるって部分だけは変わってなかった。
もしかしたら話を盛ってる部分もあるかもしれないけど、本当にやっていてもおかしくない。
住宅街を襲う時点で正気じゃない。
あんなやつらに美咲をどうこうなんて絶対させない。
「それとも、駄目……ですかね?」
篝さんもきっと同意してくれる筈。
俺よりも戦いのことに詳しいから、許せないって気持ちもそれだけ大きくなってると思う。
「…………」
「篝さん?」
でも、篝さんの表情は浮かないものだった。
「行くのはいいんだよぉ? その気持ちは分かるもん。でも……あんまり無理はしてほしくないなぁ」
それも、美咲や他にさらわれた人がいるからっていうより……俺を見て、複雑な表情になったみたいだった。
「無理って。そりゃまあ、この前みたいなデカブツがいるかもしれないですけど……その時は何とかするしかないじゃないですか」
「そうじゃなくてねぇ? 勿論、それもあるんだけど……」
そこで一回、篝さんは言葉を区切った。
途端に視界が暗くなった。
篝さんに抱き寄せられたんだって、すぐには分からなかった。
突然そんなことをした理由も、まるで。
「かがり……さん?」
「お姉ちゃんとか、そういうのは関係ないの。ただ、桐葉くんのことが心配なんだよ。……お友達のことは、私が絶対に見つけるから」
「…………大丈夫です。本当に」
だって今は、そうするしかないんだから。




