大事なこと
王都のあらゆるところから見える円筒形の塔と石壁でできたルーバルト城。
冷たい雪や魔物からの襲撃に備えたクラッセン公爵家の砦とは違い、草木や花の彫刻が施されたここは優美で芸術性が高い。
玄関は大理石がふんだんに使われていて、真っ白な天使像がいくつも並んでいる。
ここが王妃様のお住まい……!
なんて豪華でキラキラした空間なんだろう。
「ようこそお越しくださいました。リネット・カーマイン様」
私を出迎えてくれたのは王妃様専属の侍女とメイドたち。
元・貧乏伯爵令嬢には眩しすぎる場所と人に圧倒されながらも、どうにか笑顔を取り繕う。
「……」
「どうぞこちらへ」
王妃様にお会いするまでは、私はニコッと笑うだけでいいらしい。
事前にグランディナさんから「使用人には声をかけないのが普通です」と教わった。
わかっている。わかっているんだけれど、落ち着かない。
どうにか耐えて、余裕のあるふりをして侍女のあとを歩いていく。
回廊を通り過ぎ、咲き誇る薔薇を横目に奥の部屋へ通されれば、赤い大きな扉の前に近衛騎士が二人いるのが見える。
どうやらあの部屋がお茶会の会場らしい。
「お付きの方と護衛の方は隣室でお待ちください」
侍女が扉の前で振り返り、マイラとグランディナさんを見てそう言った。
一緒にいられるのはここまでで、ここから先は私一人でがんばらなければならない。
(では、いってきます!)
私は二人に目線だけでそう伝える。
((どうかご無事で!))
二人も真剣な顔つきで私を見つめ返した。
部屋の中に入ると、銀糸で刺繍が施された赤絨毯が厳かな雰囲気で、一人きりでぽつんと広いテーブルにつけば自然と緊張感が高まっていく。
(そういえば王妃様は隣国のご出身で、25年前にこの国へ来たのよね)
政略結婚なら顔も知らない相手に嫁ぐことは当たり前だ。
私もそうだったし……でもクラッセン公爵領は国内だもの。
(異国へ嫁ぐのは心細くなかったかしら?)
ふとそんなことを思う。
私だったら異国まで行けたかな?
それこそマイラと一緒に逃げたかも。
(王妃様は並々ならぬ思いでこの国へ嫁いできた。一人息子のエリック殿下のことを守りたいと思うのは当然で……それこそアルフレイド様に嫌がらせをしてでも)
だからって何してもいいってわけじゃないけれど。
でも……。
(愛情深い方だからこそ、侯爵様にそそのかされた?)
想像すると何だか可哀そうに思えてきた。
(いけない。お姉様っぽい感じでいかなきゃ)
同情している場合じゃない。
お姉様ならきっと『他人のことなんて知らないわよ~!』と笑うだろうな。
他人に興味なし!イケメン、お金持ち、貢いでくれる人が好きだから。
「こちらをどうぞ」
「!」
メイドが淹れてくれた冷たいハーブティー。私はそれを一口飲んで気持ちを落ち着かせようとする。
おいしい。さすが王家の茶葉だ。
ほどよい渋みが好きかも……?
結婚するまで紅茶なんてほとんど飲めなかったけれど、私もだんだん味がわかるようになってきた気がする!
私はもう一口ハーブティーを飲み、おとなしく座って王妃様を待った。
窓から見える美しい花々を眺めていたら、扉をノックする音が聞こえてくる。
──王妃様が到着なさいました。
ついに!私はカップを置いて立ち上がり、「はい!」と返事をする。
ちょっと勢いがよすぎたから聞こえていないといいな。
扉の方を見つめていると、ギィ……という音と共に扉が開き、上品な緑色のドレスを纏った金髪の女性が姿を現した。
この方が王妃様……!
40歳には見えない若々しさで、クールな目元が素敵だ。
首筋や腕は華奢で、いかにも高貴なマダムといった印象だった。
エリック殿下とはあまり似ていらっしゃらないけれど、ロイヤルオーラはやっぱり眩しい!王妃様は私を見て、軽く微笑んでから言った。
「よく来てくれたわね。私が王妃、クラウディアよ」
「本日はお招きくださり光栄です。リネット・カーマインです」
心臓の音がどきどきと速く鳴る。でも、できるだけ優雅に見えるようにカーテシーをした。
「会いたかったわ。ぜひ一度お茶をしたいと思っていたの」
王妃様はそう言うと、隣にいたご令嬢に目線を向ける。
「紹介するわ。こちら、ペトラ・ブランシュ侯爵令嬢よ。あなたの一つ上の十九歳で、エリックとも幼なじみなの」
「はじめまして。ペトラとお呼びください」
ペトラ嬢はそう言って笑みを浮かべる。
首元までしっかりボタンを留めたアイボリーのドレス姿は気品があり、美しい藍色の髪は肩より少し長くすっきりと切りそろえられている。
「……素敵」
あまりにもきれいな藍色の髪に驚き、思わず声が漏れた。
まるで王国軍の騎士が纏うブレストプレートみたいな深い藍色……!
パレードで見て、一目で虜になったあの色そのものでびっくりした。
「何か?」
「いえ、お美しい方ですね」
不思議そうに私を見るペトラ嬢に対し、にこりと笑ってごまかす。
「あっ、ペトラ様。私のこともリネットとお呼びください」
「ええ、リネット様。本日は一緒に楽しみましょう」
よかった。ペトラ嬢は微笑み返してくれた。
「歓迎するわ、リネット。さあ、座って」
私の向かい側に王妃様とペトラ嬢が着席し、三人のお茶会が始まった。
テーブルにはすぐさまスイーツが並べられ、温かい紅茶も用意される。
わあ!すごい!
バターもチーズも、ジャムも生クリームもたくさんある。スコーンやパイ、ケーキも贅沢に用意され、部屋は甘い香りでいっぱいになった。
「さあ、どうぞたくさん召し上がって」
「はい」
遠慮なくケーキを口に運ぶと、そのクリームの滑らかさと上品な甘さに驚く。
なにこれ!?こんなにおいしいクリームは初めてだわ!
信じられない……ふわっふわでとろっとろ!
王妃様のお茶会ってこんなにおいしいスイーツが食べられるんだ。
感動のあまり言葉を失った。
「久しぶりの王都はどう?」
王妃様が優しく尋ねる。
「懐かしいというほどではないかしら?」
「実は今日初めてタウンハウスから出まして」
お茶会の準備で必死でした!
とは言えなくて、うふふふと笑ってごまかす。
「ふぅん……アルフレイドは観劇さえも許してくれないの?それは困ったわね」
王妃様は目を細め、私に同情しているように見える。
「馬車の旅は退屈だったでしょう?王都で羽を伸ばしてはいかが?」
ペトラ嬢もそう言った。
これではアルフレイド様の心が狭いと思われる?
私がもともと出不精なだけなのに!
二人に対し、私は笑顔で否定する。
「いえ、アルフレイド様は私を大切にしてくれています」
「本当に?」
「え?ええ!もちろん」
「たとえば?」
たとえば!?
王妃様の問いかけに、私は一拍置いてから答える。
「嫁いですぐに『ドレスも宝石もいくらでも買っていい』と言われましたし、何は自由ない暮らしをさせてもらっています」
クローゼットどころか衣装部屋もいっぱいで、書庫の本も読み放題だ。
「それに……アルフレイド様のお知り合いから結婚祝いもいただきました」
実は武器屋のご主人から、ボーガンの代わりにガントレットをもらったのよね!大きいから実用性はゼロだけれど部屋に飾って毎日眺めてる!
「──そう。アルフレイドはあなたを気に入ったのね」
王妃様は私の言葉の真偽を確かめるように、そう言って小さく頷いた。
どうにか信じてもらえた?
ほっとした瞬間、王妃様はふっと笑って視線を手元に落として言った。
「あなたには急な縁談で何もない辺境へ嫁いでもらったから、不自由しているのではと心配していたの」
「……ありがとうございま、す?」
今、ちょっと引っかかった。
『何もない辺境』だなんて、アルフレイド様に失礼じゃない?
王妃様はティーカップに一つ角砂糖を入れて、ゆっくりとティースプーンでかき混ぜていて私の困惑には気づいていない。
やっぱり王妃様からはアルフレイド様への敵意を感じる。
ペトラ嬢は黙ってケーキを食べていて、どう思っているのかはわからなかった。
ああ、王妃様もあの侯爵様と同じでクラッセン領の魅力をご存じないんだ。
「何もないかどうかは──自分次第では、と」
気づいたら言葉が漏れていた。
「私はそうは思いません」
いいところはたくさんある。水も空気もおいしいし、砦も砲台もあるし、第一アルフレイド様という素敵な人がいるのだ。
私にとっては、むしろありすぎるくらいだわ。
本当は大声で自慢したいところだけれど、余裕がある風に見えるように控えめに微笑んでそう言った。
すると王妃様は意味深な笑みに変わる。
「あら……そうね、あなたがいるものね?」
いえ、違いますが?
予想外の言葉に固まってしまう。
「自分さえいればその地の価値が上がると?ふふっ、おもしろい子ね」
そういう意味ではありません!
まったく異なる解釈をされ、私は言葉を失ってしまう。
しかもペトラ嬢までが笑顔で王妃様に便乗する。
「閣下は幸せですね。さすが王妃様の見出した女性です」
ここからどうすればいいの?
焦って否定したら悪女っぽくないし、とりあえず微笑んでおく。
「ほんの冗談です~」
フリートーク、無理。
私に社交はまだ早かった。
焦っていることに気づかれたくなくて、私は皿に取ったクリームたっぷりのチーズケーキをもぐもぐと頬張る。
メイドが新しく用意してくれた温かい紅茶はあっさりしていて、スイーツとよく合った。
うん、ちょっと元気になったわ。
気を取り直して王妃様に話しかける。
「王妃様には大変感謝しております。アルフレイド様との縁を結んでいただきまして、本当にありがとうございました」
「いいのよ。あなたにしかアルフレイドの妻は務まらないと思ったから選んだまで。どうかしら、うまくやっていけそう?」
「はい、もちろん。アルフレイド様は私に夢中なんです」
言った!
はっきりと宣言できた!!
達成感に満ちた私は、ふふふ……と王妃様を見つめて微笑む。
「まさか本当に──なんて 」
「え?」
今なんと?
王妃様は扇を広げ、笑みを浮かべている。小さな声で何か言ったようだけれど、うまく聞き取れなかった。
「アルフレイドに愛されていると言うのなら、何か大事なことを教わったとか……?あるんじゃない?」
「大事なこと……?」
「名実ともに妻であれば何か見聞きすることも、ねぇ?」
王妃様は一体何を知りたがっているのだろう?
遠回しに質問されていることはわかるけれど、その内容はわからない。
大事なこと?
何か見聞きしたかしら?
う~ん……王妃様もペトラ嬢もじっとこちらを見て私の答えを待っている。
何か、何か言わなきゃ。
私ははっと閃く。
「──竜には三つ目の翼がありました」
「「??」」
王妃様もペトラ嬢も、少し眉根を寄せて驚いた様子を見せた。
そうよね、驚きますよね……!
二人の反応に手ごたえを感じた私はにやりと笑った。




