悪女になろう
「本当に王妃の茶会へ行くのか?」
王都に着いた翌日。
朝食の席で、アルフレイド様は心配そうな顔でそう尋ねた。
「はい。王妃様からのお誘いは断れないでしょう?」
「しかし──」
「それに、私は王妃様のおかげでアルフレイド様の妻になれたんです。この機会に『素敵なご縁をありがとうございます』とお伝えしようと思います」
王妃様は”アルフレイド様への嫌がらせ”でこの結婚をまとめた。
でも、それは可愛い一人息子の将来を心配して……らしい。ならば、しっかり伝えてこればいい。
「それから、アルフレイド様と私は公爵領で生涯暮らしますってはっきり言えば、安心してもらえるかもしれません」
私たち夫婦の本気を知ってもらう!
「敵じゃないですよアピールをしてきます!」
「……あの王妃が信じるだろうか」
アルフレイド様の表情は晴れない。
「やはり俺が一緒に」
「女性同士の茶会に夫がついて行くのはマナー違反です」
ついて行こうとしてくれたアルフレイド様に、ダナンさんが困り顔で注意する。
「王妃様の本心はともかく、表向きはアルフレイド様の好みの女性を紹介した優しい王妃様、ですよ?こちらが警戒心を剥き出しの態度を取れば、公爵家の評判に関わります」
「くっ……俺の発言が……いや、でもあれがなければリネットはここにいない……」
苦い顔をするアルフレイド様だけれど、ダナンさんは私を見つめて言った。
「とはいえ、王妃様の目を欺くにはちょっと小細工が必要ですね」
「?」
小細工とは?
控えていたマイラと目を見合わせ、首を傾げる。
グランディナさんは「ああ~なるほど」と何やら納得の様子だった。
「奥様、ちょっと衣装部屋へ」
「わかりました」
私は席を立ち、グランディナさんやマイラと共に部屋を出る。
そして二階の衣装部屋へ向かうとグランディナさんがクローゼットの衣装の海から探し出してくれたドレスに着替えた。
「これってお披露目の……?最初に作っていたドレスよね」
薄紫と白のグラデーションが美しい、露出多めのドレスだ。本当ならお披露目で着るはずだったんだけれど、デザイナーの皆さんが「やっぱり奥様には別のデザインがよろしいかと」と言って途中で変更になったから、まだ一度も着ていない。
「はい、念のために持ってきていました」
マイラが裾を整えてくれて、メイクもおとなっぽく、髪はドレスに合うように顔の右側でまとめてリボンで結んだ。
「なるほど?」
鏡の前で自分の姿を見れば、そこにはちょっとだけ露出は控えめになったお姉様が立っていた。
「アルフレイド様好みの恋多き女!」
久しぶりの悪女スタイルになった私は、アルフレイド様のところへと戻った。
「リネット!?」
アルフレイド様は驚いて目を見開いて立ち上がり、はずみでガタッと椅子が鳴る。
ダナンさんは満足げに微笑んでいて、拍手で迎えてくれた。
「さすがお綺麗です。それならアルフレイド様を篭絡して王妃様の期待に応えた悪女に見えますね~。その姿で視線を落とし、微笑みながら『公爵様は私に夢中です』と言えば完璧です」
言えるかな!?
悪女っぽい言動はしばらく必要なかったから不安だけれど……。
深呼吸をして気持ちを切り替えた。
「公爵様は私に夢中です」
できた!
「素敵なご縁をありがとうございます」
こんな感じでどうかしら!?
ダナンさんや皆の反応も好感触で、久しぶりの悪女でもそれっぽくできているみたい。
ただ、アルフレイド様だけは真剣な顔で私の全身に視線を巡らせていた。
「あの……?」
どこか変なのかな?
不安げにアルフレイド様を見つめれば、彼はちょっと言いにくそうに口を開く。
「肩が」
「?」
「いや、その、また風邪を引くかもしれないから……ジャケットとか」
アルフレイド様が私を心配してくれている!
前より露出は控えめとはいえ、肩や背中が開いているのを気にしてくれていたんだ。
「王都は暑いので平気では?」
グランディナさんがさらりと言う。
「第一、お茶会なんて美貌と財力のマウント合戦なのでこれくらい当然!見た目の華やかさは先制攻撃です!」
「でも」
「リネット様のかわいさが王妃様に知られたら、きっといじめられますよ!悪女ドレスは攻撃かつ防御です!」
「ますます行かせるのが不安だ……!やっぱり俺も」
「ダメですって」
私が出席を決めたから、アルフレイド様が心配してくれている。
困らせたいわけじゃなかったのに、なんだか申し訳なくなってきた。
でも、公爵夫人として務めを果たさなきゃ……!
私はアルフレイド様の手を取り、笑顔で告げる。
「大丈夫です。今度は風邪も引きませんし、ちゃんと王妃様とお話してきます」
お茶会に行って、帰ってくるくらいはできないと。
お披露目のためにマナーも学びなおしたから、きっとちゃんとできるはず。
それに、私たちが仲良くしてるのは本当だし、この格好はともかく私が嘘をつく必要なんて……。
「ふふっ、『公爵様は私に夢中です』だなんてちょっと恥ずかしいですけれど」
いくらなんでも自分でそんなことを言うのはおかしくてちょっと笑ってしまった。
そんな私を見て、アルフレイド様はぎゅっと手を握り返して力強く宣言する。
「リネット。自信を持って王妃に言ってくれ。俺は君に夢中だ!」
「!」
まさか真剣にそんな風に言ってもらえると思わなくて、驚くのと同時に顔が赤く染まる。
「アルフレイド様……!」
見つめ合っていると、ダナンさんの呆れたような声が聞こえてきた。
「王都って暑いですね。休憩しません?」
しまった。まわりに皆がいたことを忘れていた。
私たちは慌てて手を離す。
「アイスティーが飲みたいわ。冷製パスタも、アンチョビと鶏肉大盛りで」
グランディナさんまでがそう言って、ダナンさんと共に部屋を出て行こうとする。
「えーっと、では私も一緒に……」
マイラまで!?
気を遣って二人きりにしようとしてくれている!?
でもこの状況で、二人で居続けるのは恥ずかしすぎて無理よ!
「仕事が!ある!」
アルフレイド様も突然大声でそう言い、私も同じく頷きながら「はい!」と大きな声で返事をする。
「私もお茶会の準備が」
「ああ、無理せずがんばってほしい。では!」
先に部屋を出ようとしていたダナンさんたちを追い越し、アルフレイド様はすごい速さで走っていった。




