妻の本領発揮?
お姉様の捜索はアルフレイド様にお任せすることになった。
ダナンさんによれば、ヤニクさんは姉に捨てられた現実を受け入れられていないようだったけれど、「名前も偽られていたのだから本気の恋だったとは思えない」とばっさり告げればおとなしく男爵家に戻っていったらしい。
姉がすみません……と私は心の中で謝った。
そして、クラッセン公爵領を出て七日。
私たちは少し遅れて王都へ到着した。
アルフレイド様や騎馬隊に続き、私の乗る馬車もゆっくりと城門をくぐる。
──公爵様よ!
──きゃあああ!
──なんて素敵なの……!
アルフレイド様を一目見ようと、沿道には人だかりができていた。
私は馬車の中から少しだけカーテンを開け、その隙間から見える人々の賑わいに驚く。
国王陛下の生誕祭はまだ少し先なのにすでに街はお祭りムードで、『王国一の美形』『目が合ったら恋に落ちる』『声を聞いたら妊娠する伝説の性豪』などなど……というアルフレイド様の噂を聞きつけた人たちは大いに盛り上がっていた。
アルフレイド様はどんなに多くの視線を注がれようと表情一つ変えず前を向いたままで、そんな姿がまた女性たちの心を捉えるみたい。
「まるでパレードね」
想像以上にアルフレイド様は大人気だった。
私だって生まれてからずっと王都に住んでいたのに、こんな状況は初めて見る。
呆気に取られていると、向かい側に座っているマイラが苦笑いで言った。
「いつもはこっそり王都に入っているそうですが、今回は王国行事なので公爵閣下がここを通ると通達されていると……」
出発前、アルフレイド様からは「リネットは絶対に馬車から出ないでくれ」と何度も念を押された。こんな風になることを予想していたからだろう。
今、私が姿を見せればきっと見世物になるに違いない。
お披露目のときはご令嬢たちの嫉妬をうまくかわせたけれど、あれはダナンさんからのアドバイスもあってしっかり事前準備ができていたからで。
大勢の人に一方的に見られるのは怖い。
しかもアルフレイド様の妻は『悪女』なのだ。
過去の新聞を見せてもらったら、華やかな噂の多いカーマイン伯爵家のご令嬢って紹介されていたし……。
私は、馬車の中に隠れます!
カーテンを閉め、マイラに向き直る。
「なんだか王都が知らない街みたい。イールデンの方が落ち着くわ」
「私もです」
こんなに人がいたんだ、とそっちにもびっくりしていた。
あまり街中を出歩くことはなかったけれど、こんなにも賑やかな光景は初めてだ。
「そういえばタウンハウスってどんなお邸なのかしら?アルフレイド様は『こじんまりした邸宅だ』っておっしゃっていたけれど」
本当にそうかしら?と私は首をかしげる。
カーマイン伯爵家と公爵家のタウンハウスは、同じ貴族街にある。
でも丘の上は特別区と呼ばれ、貴族の中でもごく一部の上流階級しか住めない。
「うちは貴族街のはずれだったからなあ」
言わずもがな、クラッセン公爵家は最上級の家格である。
絶対に『こじんまり』はしていないと思う。
そもそも騎士や使用人たちも泊まれるだけの規模なんだし、絶対に広い。
覚悟しておかなきゃ────と思っていたらやっぱり広かった。
「ここがクラッセン公爵家のタウンハウスだ」
「!?」
アルフレイド様に手を引かれて馬車から下りた私は、目の前にあったお邸を見て息を吞む。
白いレンガ造りの建物は家というより宮殿といった大きさで、カーマイン家とはまるで違う。
「ええっと……確かにイールデンの砦よりは小さいですけれど十分に広いですよ!?」
「そうか?」
丘の上にこんなにも立派な邸宅があったんだ。覚悟していたけれど、やはりカーマイン伯爵家とは全然違う……!
「ここは父が国王陛下から賜った邸で、築三十年くらいかな。あまり使っていないが常に手入れはされていて、内装は去年一新したばかりだ。庭園は昔のままだが」
「緑がたくさんあって素敵ですね」
邸宅の正面には大きな庭園があり、青々と茂る木々を見ていると心が和む。
「少し休憩したら見て回るといい。敷地内なら自由に移動してくれて構わない」
「はい!」
「部屋から出るときはグランディナを連れて歩いてくれ」
アルフレイド様はそう言うと、そばに控えていたグランディナさんに目線を向ける。
どうやら王都にいる間はグランディナさんが私の護衛をしてくれるらしい。
「グランディナは──何ていうか、色々強いから」
色々とは?
才色兼備の女性騎士で皆に一目置かれる実力、しかも伯爵令嬢なのに明るくて話しやすい人だからとってもありがたいけれど、まだほかにもある……?
グランディナさんは「よろしくお願いします」と言って私に笑いかけてくれた。
「奥様のことは命に代えてもお守りします」
「!」
あまりの素敵さに胸がきゅんとなる。
やっぱりすごくかっこいいわ……!私もこんな風になりたい!
しっかりトレーニングに励まきゃ、と思った。
「私の方こそよろしくお願いします」
グランディナさんと見つめ合っていると、アルフレイド様がぽつりと呟く。
「俺がずっとそばにいられれば……」
その声音がものすごく残念そうで、本気でそう思ってくれているのだとわかる。
アルフレイド様も私と一緒にいたいと思ってくださるんだ。
嬉しくて自然に口角が上がる。
「こちらでもお忙しいんですよね?」
「ああ、そうだな」
「でも、もしもちょっとでも時間があれば私を呼んでくださると嬉しいです。一緒にいたいので……」
「──っ!!」
本当に少しでいいの、ちょっとでも一緒に過ごしたい。
その気持ちを素直に伝えたら、今まで見上げていたアルフレイド様が突然がくんと片膝をついて視界から消えた。
「アルフレイド様!?」
「すまない、筋力が維持できなかった」
「なぜ!?」
長旅のせい!?
ずっと馬で移動していたからお疲れなのかも?
ただ、ダナンさんもグランディナさんもうっすら微笑みながら見守っているだけだし、そんなに酷い状態ではない……?
「あ、あの、私がお支えし……」
「いや、大丈夫だ。リネットに負担をかけるまでもない」
すっと立ち上がったアルフレイド様は真顔でそう言い切る。
これって本当に平気なの?
我慢しているとかじゃない?
そういえばおじいさまが「騎士は弱音を吐かないものだ」って言っていたっけ。
アルフレイド様も私には「つらい」とか「疲れた」とか言えないのかも?
でも、それって何だか寂しい。
妻だから本音を聞かせて欲しかった。
「リネット?」
考え込んでいると、アルフレイド様が不思議そうに見つめる。
私はつい小さな声で言ってしまった。
「アルフレイド様には私に甘えてもらいたい、です」
負担とか気にしないで、どんどん頼って欲しいのに。
ああ、やっぱり剣の腕や体力が必要ね。アルフレイド様が遠慮なく私を頼れるように!
がんばろう、と改めて意気込む。
「アルフレイド様~?生きてます?」
玄関前で話し込んでいたからか、ダナンさんが困った顔でアルフレイド様に声をかけた。
「…………帰るか、砦へ。王都は危険だ、リネットがかわいい」
「帰りませんよ!!ってゆーか、そのためのグランディナさんですから!」
ダナンさんは問答無用でアルフレイド様を邸内に連れて行こうとする。
私もわかるようになってきたわ。多分、相当に書類仕事が溜まっているんだ。
「さあ、お部屋へご案内します」
「ありがとうございます」
グランディナさんがくすりと笑いながら、私にそっと手を出し出してくれる。
私はその手を取り、もう片方の手でドレスの裾を軽く持ちながら邸内へと入っていった。
タウンハウスで私に与えられた部屋は二階の奥にあり、シンプルな内装だった。
でも用意された家具やカーテンはどれも上等な物で、さすがは公爵家の邸宅である。
「さっそく奥様へお茶会や舞踏会の招待状が届いています」
「そんなに!?」
キエナが持ってきてくれたのは、大量の招待状だった。
私はそれを見てぎょっと目を見開く。
「王都でも大注目ですね。さすが奥様、人気者です」
人気ではない。悪目立ちしているだけだと思われた。
「みんな噂の悪女に興味津々なの……?」
どうしよう。
王都で”リネット”として社交をしていたのは全部お姉様だ。
私は一度たりとも出かけたことがない。
戸惑う私に対し、お茶を用意してくれたマイラとルイザがフォローをしてくれる。
「前公爵夫人も社交はほとんどしていなかったそうです。リネット様が気乗りしないのであれば、欠席でお返事をいたしますよ?」
「無理して出かける必要はないです。長旅でしたし」
今回の目的はあくまで国王陛下の生誕祭。
そのお祝いさえすれば貴族としての責務は果たせるらしい。
「う~ん、でもいきなり生誕祭の舞踏会に出席するのも緊張するわ。気軽なお茶会とかがあればいいんだけれど」
果たしてどれが気軽に参加できる会なのか?
悩む私に、キエナが一枚の封筒を取って見せる。
「王妃様からもお茶会の誘いが来てますね」
全然気軽じゃない!
そしてそれは断れないお誘いだわ!!
手紙を確認してみると、
『公爵領での暮らしについて楽しい話を期待しています』と書かれていた。
これってもうお茶会に参加する前提の文言よね?
日付は3日後。
「アルフレイド様は奥様に無理強いしませんよね?たとえ相手が王妃様でも「断れ」と言いそうです」
「私もそう思うけれど、私は王妃様に選ばれた結婚相手なんだし、王都に来たら挨拶くらいしておくのが筋よね?」
「それは」
「そうですね」
「マナーではあります…」
みんな同じように困った顔で、頭を悩ませながらそう言った。
王妃様に会うのはちょっと怖い。
でも、実際に会ってどんな方なのか確かめたいという気持ちも実はある──。
「このお誘い、受けます!」
私は顔を上げ、マイラたちにそう告げた。
「アルフレイド様の妻としてきちんと社交をしてみせるわ!騎士は敵前逃亡しないのよ!」
「奥様は騎士じゃないですよ?」
キエナがきょとんとした顔をする。
うん、それはわかってるんだけれど戦いに挑む感じでいきたかったの……。
私たちは、3日後のお茶会に向けて急いで準備を進めることにした。




