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07.魔王結婚の噂

 翌日。

 そのニュースは瞬く間に学園中に広まっていた。


「あの生徒会長が、結婚したらしい。」


 それを聞いたある者は己の耳を疑い病院に行こうと決意し、ある者はまだ見ぬ花嫁に同情した。

 学園は「魔王結婚」の話題で持ちきりだった。


「え!魔王が!?」

「女性に興味があったのか!」

「いやそもそも人間に興味があったのか!」


そう言う男子生徒もいた。信じられない、ガセではないか、そういった雰囲気であった。


「結婚!?見てるだけが限界のあの美形の奥さん!?」

「どんな美女も袖にしてきた魔王が!?男が好きだと噂の魔王が!?」


 そんな話をする女子生徒もいた。


 けれど、皆一様にこう思うのだった。


ーー奥さん、大丈夫かな。


◆◆◆


 ルーク生徒会長が結婚したという噂は広まったものの、そのお相手が誰かは、全く情報が流れてこなかった。そのため生徒たちは様々な憶測を生んでいた。


 魔王にお似合いの悪魔のような女。

 逆に魔王によって堕落されられた天使のような美女。

 いっそ男。


などなど。バラエティに富んだ花嫁像が噂されていた。


「なんて噂になっておるぞ。すごいのう、花嫁さま。」

「えー?知らないですよ?」


ラビは楽しそうに尻尾を揺らしながら、噂の魔王の花嫁に話しかけた。

 魔王の花嫁ことシルフィーは、我関せずでケロッとしていた。とても自分のこととは思えないあっけからんとした態度にラビはむくれた。


「シルフィー、噂で持ちきりなのに知らんのか?」

「はい。私、ほとんど図書室にいますから。」


授業以外は図書室に引きこもっているシルフィーは、学園の噂話を聞く機会もないのだ。しかもシルフィー自身もそれで良いと思ってしまっている。ラビはさすがに危機感を覚えた。


「シルフィーは引きこもりすぎじゃ!もっと人と関われ!」

「うーん……。」


 しかしシルフィーはあまり乗り気ではない。

 誰かと関わろうとすると、どうしてもカリナとヒューズが思い出されるのだ。

 信じていたはずの婚約者。

 仲良しだと思い込んでいた友人。

 もとより人付き合いが苦手なシルフィーが心を許した数少ない人間から、一気に裏切られたのだ。

 その傷は、決して浅くはない。


「まだちょっといいです……。」


シルフィーは俯いて、本で顔を隠した。誰かと関わると、また裏切られてしまうかもしれない。そう感じてしまうのだ。


「シルフィー……。」


ラビはシルフィーに寄り添い、優しく頭を撫でた。ふわふわのラビの手で頭を撫でられると、ちょっぴりくすぐったく感じる。


「俺はシルフィーにもっと人を知ってほしいと思うとる。カリナやヒューズみたいな人間ばっかりじゃないんじゃぞ。」

「そうですよね。」


 シルフィーは本から顔を上げて笑顔を見せた。

 しかし、その笑顔は今にも泣き出しそうであった。そんなシルフィーの笑顔に、ラビは心が痛んだ。


「シルフィー。」


 ラビはシルフィーにかける言葉を見つけられず、優しくシルフィーに抱きついた。

 この静かで穏やかな図書室で、シルフィーの傷が一日も早く癒えてくれますように。

 ラビはそう願うしかできなかった。


 シルフィーはラビに抱きつかれ、もふもふとしたラビの毛並みに癒されていた。この穏やかで優しい時間がずっと続いてほしいと思ってしまうほどに、心地よい。


 けれど、その時間はルークの訪れによって幕を閉じた。


「やあ!シルフィー!お待たせ!」


音もなくひょっこりと顔を出したルークは、満面の笑みでシルフィーに駆け寄ってきた。そしてそのままラビごとぎゅっと抱きしめた。


「ルーク!?」

「シルフィー!会いたかったよ。寂しかった!」

「ぎゃー!潰れる!潰れておる!」

「ラビさんはもふもふですね。クッションかと思いました。」


 あまりに突然のことで、シルフィーは驚き、軽いパニックになっていた。

 イケメンがものすごく近いところにあるのだ。もうそれだけで免疫の少ないシルフィーは頭がいっぱいだった。

 そして被害者ラビはシルフィーとルークの間に挟まれて、ぎゅっぎゅっと押しつぶされていた。ルークのあふれる愛の強さに、ラビは吐き気がしたのだった。

 シルフィーが意識を失いかけたラビを見て、慌ててルークから距離を取る。ルークは不満そうに口をへの字に曲げたが、渋々といった様子でシルフィーから離れた。


「ラビさん、大丈夫?」

「死ぬかと思った。ルークの愛は重いのう。」

「ははは。まだまだですけど?」


ラビはゾッとした。そして、シルフィーを守るように、寄り添った。


「えっと……。ルークはなんでここに?」

「酷いなあ旦那様に向かって。」

「え……?あ。ごめん。」


ルークが悲しそうに、けれど楽しそうにそう言った。かりそめの夫婦関係であるはずだが、人が見ていないところでもこんな事をするのが普通なのだろうかとシルフィーは首を傾げた。

 そしてルークはシルフィーが持っていた本をひょいっと軽々と取り上げた。


「こんな力仕事を俺の可愛い奥さんにだけさせるわけにはいかないよ。」

「???」


言われ慣れない言葉に、シルフィーは理解が追いつかない。


ーー可愛い???誰が??


楽しそうに見つめてくるルークを、シルフィーはおかしな人を見るかのような目で見ていた。

 シルフィーの知るルークは、可愛くて従順な子だった。そしてちょっぴり泣き虫なので、いつも優しくあやしていた記憶がある。

 ここまでくっつき虫ではなかったし、甘い言葉をスラスラと言ってしまうような色男でもなかった。


「いや。ルーク、お前はこっちの整理をしてもらうぞ!」

「ちっ。」


ラビが威嚇するようにそう告げると、忌々しそうにルークが睨みつけた。

 そして膨大な量の図書を見渡して、ため息をついた。


「というか、何で魔法で片付けないんですか?魔法を使えばすぐ終わりますよね。」

「それは駄目じゃな。」


ルークの質問にラビは即答した。ルークは少し目を丸くしてラビを見た。


「ここは国でも随一の蔵書数を誇るフェアリアル学園の図書室。この中には『魔導書(グリモワール)』もあるんじゃ。下手に魔法を使えば妙な事が起こる可能性もある。」


魔導書(グリモワール)

 それは、高い魔力を持つ優れた魔法使いが書き記した書物である。書いた魔法使いの魔力を引き継いで、その書物にも高い魔力が宿っているという。

 その魔導書に魔法を使ってしまうと、書物が反発して魔力を暴走させてしまう可能性もあるのだ。


 ルークは頷いた。


「成程。それは確かに魔法を使うわけにはいきませんね。」


魔導書(グリモワール)は普通の本に紛れてしまっている。何かのきっかけがなければ魔力が働く事もないのだ。魔法の勉強が好きなシルフィーも一度でいいからお目にかかりたいと願っているがまだ見たことはない。


「けどそんな危ない本があるなら、なおのことシルフィーひとりにはさせておけませんね!」

「安心しろ。シルフィーはお前より魔法が上手い。」

「……わかってますよ。」


 ルークが食い下がったが、ラビが一蹴した。

 シルフィーは、ハットン伯爵家の令嬢として、学園でも常にトップの成績を維持したる。それだけではなく、国内でもトップクラスの魔法使いなのだ。

 例えルークが魔王と恐れられる才能溢れる公爵子息であっても、シルフィーには及ばない。

 それがわかっているから、歯痒い気持ちになる。

 ルークにはシルフィーが必要なのに、シルフィーにはルークなんていなくても生きていけると言われているようなものだ。

 だが、ようやく手に入れたシルフィーを手放すなんて、ルークは出来ない。

 何としても繋ぎ止めておきたいのに。

 そんな悔しそうなルークに、シルフィーは苦笑するしかなかった。


「私はこれしか取り柄がないから。」


シルフィーの言葉に反論しようとして、ルークは口をつぐんだ。不満そうにしていたが、結局ラビの言う通りに別の場所の片付けを始めることにした。


 ラビはシルフィーから少し離れた棚の片付けを頼んだ。確かに棚が高くてシルフィーには少し難しそうな場所である。

 ルークは渋々と片付けを始めた。

 そんなルークをまじまじと見つめ、ラビは感心したように漏らした。


「お主、かなりゾッコンだったんじゃな。」

「……ええ。そうですよ。」


 契約結婚だって、ルークの言い訳でしかない。

 ずっと、シルフィーと一緒にいたかった。

 ずっとずっと、ルークはシルフィーのことが好きだった。

 けれどいつの間にか別の男と婚約してしまって、会う機会も減っていった。

 会いたくて仕方なかった。

 最初は刷り込みのようなもので、次第にシルフィーへの気持ちも薄れていくと思っていた。

 けど、違った。


「少しでも近くにいたいんですよ。悪いですか。」

「いやいや。魔王の年相応の姿が見れて満足じゃ。」


 ラビはニヤニヤと楽しそうに笑った。それに苛立ちを感じたが、ルークはその隙をついて、走り出した。


「そういう事で俺はシルフィーのところに行きます!」

「あ!こら!」


ルークは一目散にシルフィーの方へと向かって行く。


「シルフィー!」

「わ!!ルーク!?」


そしてそのまま、シルフィーに抱きついたのだった。

ルークのそんな姿を見て、ラビはため息をついた。


ーーはあ。シルフィーは変な人間にしか縁がないのかなぁ。




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