06.魔王
ーールーク=イエガー
才色兼備、眉目秀麗、容姿端麗の三拍子を揃えた注目の新入生。公爵子息という地位の高さに加えて、ずば抜けた魔法の才能を持つと入学前から有名であった。さらに整った顔立ちをしているため女性からの人気も高い。若くして父であるイエガー公爵を手伝っている事もあり将来を有望視される少年である。
そのため婚約の申込みやお見合い話が絶えないのだが、ルーク自身がそれらを全て断っている。
自分の美貌に自信のあるご令嬢が何人もアタックするも、侮蔑の目で見られて一言も交わすことなく終わったという話を至るところで耳にする。年上も同い年も年下も取りつく島もなかったと皆が口を揃えて話していた。
そんな噂があっても、ルークの美貌と魔力の高さと地位の高さから、いまだに見合い話が絶えず舞い込んでくる。
そんなルークが今年の春からこのフェアリアル学園に入学した。
わずか数日で生徒会長の座についたにも関わらず、見事な手腕で学園中の生徒たちを納得させて、うまくまとめ上げている。
それはルークが手段を選ばず、時に力でねじ伏せ、時に策略を巡らせ相手を陥れ、全て自分の思いのままにしているから出来ているのだという噂がある。しかしそんな話も、生徒たちはルークの武勇伝のように語っていて『魔王』と呼んでいるだった。
ルークは生徒たちに恐れられている一方で、相談や悩み事にも親身に聞いてくれるので人望もあつい。
だがその分仕事も多い。
図書室を出たルークは生徒たちが下校して静かになった廊下で、生徒会のやる事を思い返していた。
「あ。ルーク生徒会長!探したぞ!」
ルークが向かう先から一人の男子生徒が小走りでやって来る。
「ゼノ。」
ゼノと呼ばれた男子生徒は、赤毛に少しタレ目の可愛らしい見た目をしていた。だが目の下にクマが出来ていて、見るからに疲れている。
「全く。どこに行ってたんだよ。」
「ああ。ちょっとな。」
そう言ってルークは後ろを振り返った。ルークの後ろは、一本道で、突き当たりに図書室しかない。
ゼノは首を傾げた。
「図書室?まだ開いてないよな?」
「その催促に行ったんだ。」
「ああ。そう言えば要望が出てたな。」
「まだしばらく図書の整理に時間がかかるそうだから、俺も手伝うことにしたよ。」
「え!?いや、あの、でも。まだ、仕事たくさん……。」
「疎かにするつもりはないから安心して。」
ゼノは悲壮感あふれる表情でルークを見た。
ただでさえ雑務の多い生徒会だが、新年度は新入生の世話やクラブ活動の事務手続き等、生徒会は忙しい時期なのである。ゼノの様子から、今生徒会は相当仕事が溜まっているようである。だがゼノはルークに逆らう事が出来ず、ただただ呆然としていた。
ルークはさらにゼノに追い討ちをかけるように、書類を一枚差し出した。
「それと、ちょっとこれ、調べてくれないかな。」
「これって……?」
恐る恐る受け取って書類を読むが、ただの一人の生徒の履歴書のようで、何もおかしなところは見つけられない。
「不正してると思うから。」
「ええ!?」
ゼノはもう一度書類を隅から隅まで読んでみた。ただでさえ新年度は忙しいのに、またややこしい事が出てきたものである。
しかし、ルークは無駄なことはしない。それを知っているゼノは、この人物が不正をしているのは確かな事実なのだと思った。
「じゃあ、ちょっと行ってくるよ。」
ルークは手をひらひらさせて、ゼノを通り過ぎていく。これから生徒会の仕事をしてもらえると思っていたゼノはぎょっとした。
「はあ!?どこに!?」
ルークは振り返り、ゼノに微笑みかけた。
魔王。
そう言われても納得するほどの腹黒い笑顔に、ゼノは背筋が凍る思いがした。人を何人か闇に葬ってきたと言われても、きっと今なら信じてしまう。
「いつものところさ。血の気の多い連中には少し血を抜いてあげなきゃね」
ゼノはため息をついた。
この学園は国中の魔力を持つ者たちが身分を問わず通うことが義務付けられている。そのため身分の高い者から低い者まで様々な身分の子供たちが集まっているのだが、その事もあって、ガラの悪い連中も少なからず学園にはいる。幸運にも魔力を持って生まれ夢を持って学園に入学したものの、他の人よりも魔力が少なくて学園では落ちこぼれと扱われてしまっている者だっている。
そういう者たちは、魔力をかさにきて、周囲に迷惑をかけることもあるのだ。
「……手加減してあげてくれよ。」
「手を抜くつもりはないよ。」
ルークの様子にゼノはため息をついた。そしてゼノはもう一度書類に目を落とした。多忙な生徒会の仕事をこなし、さらに今まで隠れていた不正をあぶり出し、加えて不良の統制までやろうとしているのだ。
「はあ……。さすが魔王。」
ゼノはため息をついて、頭をかいた。
この生徒を調べあげなければ、次は自分がどんな目にあうか分かったものではない。
そうならないためにも、徹夜の一日や二日、大したことはないのだ。
◆◆◆
この学園には魔法に関する図書や植物等、魔法について全ての情報が集まってくる。国内では研究機関も兼ねた学園なのである。そのため、かなりの広さがあり様々な建物が学園の敷地内に集まっている。
そうなると、おのずと人目につかない場所もできるものである。
学園でなかなか芽が出ずやさぐれた者たちはそういう場所に集まりやすい。しかしここ数日、そんな不良達がボコボコにされる事が続いていたのだ。
人が寄り付かない廃屋のような倉庫の中に、数人の生徒がたむろしていた。服をだらしなく着崩して見るからにガラの悪い生徒たちはげびた笑い声をあげて、地べたに座り込んで話している。
そんな生徒たちのもとに、一人の生徒が息を切らして駆け込んできた。血相を変えてやってきた様子に、緊張感が走る。
「はっ……はぁ!はぁ!……奴が……魔王が来ました!」
「来たか……魔王!」
不良たちはごくりと唾を飲み込んだ。
この事件の被害者である不良達は、目を覚ましてから皆口を揃えて「魔王様がきた」と言う。さらに彼らは「これからは魔王様の下で真っ当に勉学に励む」と言ってグループを去って行くのだ。
はじめのうちは「何言っているんだ」「腑抜け者め」と皆馬鹿にしていた。しかしそれが新年度が始まってからずっと続いているのだ。
この学園で「魔王」と言えば新しく生徒会長となったルークが真っ先に思い出される。さらに事件はあの生徒会長に変わってから始まっている。そうとなると、さすがに不良達も生徒会長であるルークを警戒し身構えるものである。
息を呑んで待ち構えていた不良たちの前に、静かにルークが姿を現した。まるで散歩でもしているかのような自然さに、不良達はさらに緊張が走る。
「やあ。」
飄々とした態度で不良の溜まり場に現れたのは、その生徒会長その人であった。
予想はしていたが、不良達にも緊張感が走る。
「やっぱり、生徒会長様が魔王かよ。」
「魔王、か。そう言われてるみたいだね。」
ジリジリと様子を伺う不良達にも囲まれても、ルークは全く動じていない。
「何が狙いだ。」
「この学園が平和であることが俺の狙いだよ。」
ルークの答えに、不良達は顔をひきつらせた。
「俺達落ちこぼれの気持ちなんて、生徒会長様には分からないだろうな。学園の平和なんて、俺達にとっちゃ地獄なんだよ!」
「別に俺は君たちの平和なんて望んでない。」
ルークはにっこりと笑った。それはまさに魔王と呼ぶべき黒い笑顔であった。
ーー俺は、シルフィーが安心して魔法の勉強に集中できる平和さえあればいい。
ルークの笑顔は狂気的にも見えてしまう。そんなルークの笑顔を見て、恐怖に耐えきれなかった不良の一人が殴りかかってきた。
しかし、ルークは襲ってきた不良を軽くかわして、腕を掴み、地面にねじ伏せた。不良は「うわぁっ」と苦しそうな悲鳴を上げている。そんな不良を、ルークは楽しそうに笑って見つめていた。
そしてそのまま魔法をかけて、不良を気絶させた。
手際がよく素早い対応に、不良達は息を呑んだ。
ルークのあまりにも手慣れた様子に、いくつも場数を踏んできたんだろうとわかる。
逆らってはいけない。
本能がそう告げる。
「さあおいで。」
息一つ乱さず微笑む姿は、魔王と称するに相応しかった。
「死なない程度に地獄を見せてあげる。」




