42.実在した魔王の花嫁
ラビと共に生徒会室を後にしたハットンは、楽しげに帰路についていた。しかし、ラビは心配そうな表情をしている。
「ハットン、良いのか。」
ハットンはキョトンとした表情をしたのだが、「ああ」と頷いた。
「シルフィーの事かい?俺だって父親だからね。シルフィーの事を大切にしてくれる男性と結婚してほしいんだよ。」
優しく笑うハットンは、娘の幸せを願う父親の表情をしていた。それを見たラビは何も言えず、この学園でシルフィーを見守るしかないと思うのだった。
「シルフィー、誰を選ぶんだろうねえ。」
まるで小説の続きを待つ読者のような楽しそうな表情でハットンはつぶやいたのだった。
◆◆◆
歓迎舞踏会の翌日。
学園は再び魔王の花嫁の噂で持ちきりになっていた。
「魔王の花嫁、実在したな。」
「え。カリナ嬢じゃないの?」
「カリナ嬢はデマよ。めちゃくちゃ美人な人と踊ってたの!もう信じられないくらい優しい笑顔の魔王だったんだから!」
「え!想像出来ない!」
「だよな。でも本当あの人綺麗だったなあ。」
おめかししたシルフィーは、シルフィーと認識されておらず、魔王の花嫁の噂はさらなる謎をよんでいた。
誰もが納得する美人な生徒に、誰も文句は言えなかった。正体は分からないものの、あんな美人ならルークにお似合いである。
しかもルークが見た事も無い優しい笑顔になるほどベタ惚れなのである。
学園生徒一同、魔王をひそかに見守ろうと心に誓ったのであった。
けれど、やっぱりそんな噂、シルフィーの耳には全く届いていなかった。
ぽかぽか陽気の中、シルフィーはのんびりと図書室で本を読んでいた。
「やっぱり魔王の花嫁、美人だった、と噂じゃぞ。シルフィー。」
「え?何ですか、それ。」
本に夢中なシルフィーは、ラビから声をかけられても素っ気ない態度で返した。
「お主のことじゃよ。」
「私ですか?」
キョトンとした表情でシルフィーはようやく本から顔を上げた。
「もうちょっと感心を持った方が良いぞ。」
「うーん、この本読み終わったら考えます。」
ラビは肩を落とした。
ハットン伯爵が、シルフィーの婚約者はシルフィーが決めると明言したのだ。これからシルフィーに言い寄る輩が増えることは間違いない。おそらくルークがあの手この手で妨害して、これまで以上にシルフィーにアプローチかけてくるだろう。
なのに当の本人であるシルフィーが色恋よりも本優先なのだ。
ーールークやクリスティーナと出会って少しは前向きになったと思ったのだがのぉ。
人はそうそう変わるものではないようである。
楽しそうに本に熱中するシルフィーを、ラビは呆れた表情で見つめた。
「シルフィー、やっぱりここにいた。」
もう聞き慣れてしまった声がした。シルフィーは本から顔を上げて、声のする方を向いた。
「ルーク。」
「昨日は楽しかったよ、シルフィー。」
優しいルークの笑顔に、シルフィーはほんのりと頬を染めた。ラビが話しかけても素っ気なかったシルフィーだが、ルークが来ると本を置いて話をしている。そんなあからさまなシルフィーの態度に、ラビは呆れた表情になった。
「そうだ、シルフィー。提出された論文、かなり評判いいらしいよ。」
「そ、そうなの?」
「うん。先生たちが絶賛してたよ。研究室を与えるに相応しいってね。」
シルフィーはぱっと表情を明るくした。
「なんじゃ。シルフィー、論文出しておったのか。」
「はい。ラビさんが貸してくれた魔導書で分かった事をまとめてみたんです。」
「さすがシルフィーだね。」
「もう、ルークったら。まだ決まったわけじゃないでしょ。」
シルフィーは心の中では喜んでいた。
学園の生徒の憧れである研究室も手に入れることができるかもしれないのだ。
ルークはソワソワとしたシルフィーを優しく見つめているのだった。




