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41.ハットン魔法伯爵

 新入生歓迎舞踏会は、騒動はあったものの、無事終わりを迎えた。

 大仕事を終えた生徒会役員たちは地獄から解放されて、今は一人も生徒会室にはいなかった。そんな生徒会室の扉を、舞踏会を終えたルークが開いた。


「お疲れ様、ルーク君。」


ふと後ろから声をかけられて、ルークは振り返った。


「相変わらず気配が全く感じられませんね、ハットン伯爵。」

「うちの秘術だからね。」

「貴方に似て、シルフィーも気配を感じ取りにくいんですよね。」

「シルフィーはハットン家でも魔法の実力は随一だからね。あの子が本気出したら、多分俺でも見つけるのは手こずるよ。」


 ルークは入学当初の頃を思い出した。

 学園に入学してすぐ、ルークはシルフィーを血眼になって探した。けれど、当時婚約破棄されたばかりのシルフィーは全力で姿を隠していたので、とうとうルークは見つけ出せなかった。

 勿論、図書室にだって何度と足を運んで、探したのだ。けれど、見つけられなかった。


ーーあの時、見つけられたのは本当に幸運だった。


国内でも一目置かれるハットン魔法伯爵のお墨付きとなれば見つけられなかったのもしょうがない。


「ルーク君のおかげで、グリッド嬢の研究室から魔導書も見つけ出せたし。ラビさんも手伝ってくれたしね。」

「全く。ハットンも来たなら連絡したらいいものを。ひょっこり現れおって。」


ハットン伯爵の足元からラビが顔を出した。


「こっちは魔導書専門司書でお主が来るとは思っておらんかったぞ。」

「新しい魔導書が見つかったって言われたら気になっちゃうじゃないか。それに俺ならこの学園に潜入しても気付かれないから、騒ぎにならないだろ?」

「全く!」


魔導書が見つかり、ラビから魔導書専門司書が来るとは聞いていたが、まさかそれが魔法伯爵として名高いシルフィーの父親が来るとはラビもルークも思っていなかった。

 けれどそんなこと気にも留めていないハットン伯爵は飄々とした態度で、ラビとルークの反応を楽しむように笑っている。


「ラビさん、いいじゃないか。魔導書は無事取り戻せたし。」

「はあ。」


ラビほ深い深いため息をついた。


「いやあ、でも本当見つかってよかったよ。」


ラビはハットン伯爵の言葉に耳をピクンと動かした。


「魔導書、ラビさんの魔法解けかかってる。グリッド嬢は思い込みとか妄想とかが激しい人みたいだから、魔導書に取り込まれやすかっただろうしね。」

「グリッド嬢が『石に刺さった剣』の魔法を発動させたら、どうなっていたんでしょうね。」


ルークは苦笑いした。ハットン伯爵はケラケラと笑い飛ばした。


「いやあ、あれだけ思い込みが激しい令嬢なら、さぞ自分勝手な物ができたでしょうね。」

「グリッド嬢の思い通りになる力を秘めた物なんか選ばれた方もたまったもんじゃないのお。」


想像するだけでラビはげんなりした。


「彼女は目移りもすごいから、選ばれた人は案外いっぱいいたかもしれないよ。」

「やめてくれ、ハットン。」

「はっはっは。」


ハットン伯爵は笑っているが、ラビもルークもそれどころではない。


「さて。じゃあ処理しちゃおうか。」


けれどどこまでもマイペースなハットン伯爵は魔導書の処理に取り掛かり始めた。

 ハットン伯爵が指で魔導書の表紙をなぞると、青白い線が出来る。そうして丸い円を描き、その円の中に幾何学的な模様を描いていく。そうして魔法陣を完成させた。

 以前ラビが施したものよりもより複雑な模様の魔法陣を難なく描きあげたハットン伯爵は、手のひらを押し当てた。

 魔導書は光の球体に包まれた。すると魔導書からいくつかの文字がするすると浮かび上がり、球体の中を漂い始めた。


「『封・制御』」


その文字一つ一つに触れて、そう唱えていく。魔法をかけられた文字は、シャボン玉が弾けるようにぱっと消えていく。

 ハットン伯爵が、最後の一文字に魔法をかけ終わると、魔導書を包んでいた球体は次第に小さくなっていく。そうして光が消え去るとハットン伯爵は魔導書を手に取って角度を変えて確認していく。


「さすがハットンじゃな。」

「ありがとう、ラビさん。魔導書、問題ないと思いますよ。」


ハットンから魔導書を渡されたラビはハットンと同じように魔導書を確かめた。


「うむ。大丈夫そうじゃな。」


そして満足そうに頷いた。


「じゃあ、俺の仕事はこれで終わったね。」

「ありがとう、ハットン。助かった。」

「いやいや。ルーク君の力添えもあったからだよ。ねえ、ルーク君」


ハットンがにこやかにルークに話を振った。突然話を振られたルークは苦笑するしかなかった。


「さて、俺に何か話があるんじゃないのかな。」

「……気付いていましたか。」

「まあね。テネブライ家から連絡あったからね。ヒューズは跡継ぎとして教育不足だったが、次男ならばシルフィーの婚約者に相応しいからこのまま婚約しないか、て。その婚約話をシルフィーにしようとしたらなんか色々な噂があったから面白くなって、つい学園内をうろうろしちゃったよ。」


ルークが魔王と呼ばれている事も、その魔王に花嫁が出来た事も、その花嫁がシルフィーである事も、ハットン伯爵にはお見通しであった。


「ヒューズ君、いい人だったのになあ。けど、ルーク君には好都合だったみたいだね。」

「ええ。不謹慎ですが、とても嬉しかったですよ。」

「それでシルフィーと偽装結婚しているわけね。」

「契約結婚ですよ。期間限定のね。」


ハットンに何もかも見透かされているルークは非常に居心地が悪かった。だが、ここで引くわけにはいかない。シルフィーを手に入れるために、ここは絶対にひいてはいけない場面なのだ。

 ルークはハットンと向き合い、しっかりと目を合わせた。


「いいんじゃないかな。」

「え。」


けれど、ハットンはあっけからんとしていた。あまりの軽い反応に、ルークは目を丸くした。


「我がハットン家は国内のほとんどの貴族が縁を結びたがっているから、正直婚姻を決めるのに苦労しているんだよね。俺と妻の結婚も色々あったし。だからさ、最後は本人の気持ち次第だと思うんだ。」

「ハットン伯爵。」


確かにハットン家といえば、代々優秀な魔法使いを輩出する家系でありながらも、奥手な人物が多く社交界にほとんど顔を出さない。おかげで貴族たちもなかなか親交を深められずにいるのだ。

 親交を深められるのは、高位の貴族か魔法に長けた一部の人だけ。

 その事もあり、シルフィーの婚約話は後を絶たない。テネブライ家の婚約破棄の話で今のハットン家は見合い写真が驚くほど送られてくる状況なのだ。

 そこでハットンはシルフィーに選ばせようとしているのだ。


「シルフィーがルーク君を好きになれば結婚していいと思うし、別に好きな人が出来たならその人と結婚すればいいと思う。まあ、シルフィーの心を掴んだ人と結婚できるようにしよう、て思ってるよ。だから、契約結婚も一つの手段じゃないかな。」

「あ、ありがとうございます!」


怒られるか断られると思っていたルークは心から喜んだ。


「テネブライ家にもそう伝えるから。これからが大変かもしれないね。」


確かにこの話を聞けば、テネブライ家からシルフィーに近付く者がやってくるだろう。それどころか、もしかしたらテネブライ家以外も近付いてくるかもしれない。

 そんなことさせない。


「今度は絶対手放しませんから。」


ルークは決意を固めた表情でハットンに答えた。そんなルークの様子に、ハットンは満足げに微笑んだ。


「うん。頑張ってね。」




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