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39.嵐が去った後

 先程までの天国のような時間が嘘のように、カリナは怒り狂っていた。


「あり得ないわ!」


 会場に響くその声に、自然とみんな視線を向けた。シルフィー=ハットンもみんなが向く方向へと視線を向けた。


「シルフィー。」


すると自分よりも背が高く美しい男性に視界を遮られてしまった。シルフィーの名前を呼ぶ声がとろけるほど甘くて、思わずシルフィーは頬が熱くなるのを感じた。


「ルーク。なんか、カリナの声が聞こえた気がするんだけど……?」


シルフィーは何とかして様子を見ようと体を動かしてみるが、ルークに抱き寄せられてしまい、結局見えなかった。


「ルーク?」


何故そんなことをされるのか分からず、シルフィーが上を向くと、ルークの優しい笑顔が間近にあった。その魅力的な笑顔に耐えきれなくて、シルフィーは顔を赤くして俯いた。


「そうだ。あっちに美味しいスイーツがあったんだよ。」

「そうなの?」


ルークに腰を抱かれたまま、シルフィーはスイーツの方へと誘われる。もう恥ずかしすぎて居た堪れない気持ちでいっぱいである。

 そんなシルフィーの様子をルークは楽しそうに見つめていた。

 そして、鋭い視線で遠ざかる騒ぎに視線を向けた。


 騒ぎの中心になっていたのは、シルフィーの友人であるカリナであった。


「カリナ=グリッド伯爵令嬢。貴方が我が国の宝である本を盗み出した事はわかっている。」

「ちょっと触らないで!私を離しなさいよ!」

「罪を犯した者を離す事などできない。」

「私は盗んでなんかないわ!!」


カリナは両手を拘束され、警備員に引っ張られていく。そんな中でもカリナは大声で無罪を主張している。振り払おうと必死になって動いたため、カリナの髪はぐしゃぐしゃに振り乱れている。

 この世の全てを憎んでいるかのようなカリナの鬼の形相に、周囲は動揺してざわめいていた。


「……そうよ。あの女!シルフィー=ハットンのせいよ!あの女が私に罪を着せようとしているんだわ!あの女はどこ!?」


先程自分が盗んだと言っておきながら、それはシルフィーが仕組んだものだと怒鳴り散らすカリナの姿に、衛兵たちはため息が漏れた。


「全てシルフィーのせいよ!」


 金切り声ばかりが会場に響く。

 そして、仕切りにシルフィーのせいだと叫ぶ。

 それを一番不快に思ったのは、ルークであった。嬉しそうにシルフィーのそばに寄り添っていたはずのルークは、カリナの声に静かに怒っていた。

 周囲の人々はルークの怒りを敏感に感じ取り、恐怖で口をつぐんだ。

 急に静まり返った会場に、いよいよシルフィーは首を傾げた。


ーーん?何かあったのかな……?


 気のせいだろうか。シルフィーとルークに周囲の視線が集まってきているような気もするのだ。様子を伺いたくて動こうとするシルフィーに、再び覆いかぶさるようにルークが立ち塞がる。


「戯言を言うな!今すぐその女を連れていけ!この場から追い出すんだ!早くしないと俺たちの命もないものと思え!」


カリナの言動に警備員一同蒼白になっていた。お化けでも見たかのような表情である。

 それもそのはず。

 ルークの怒りの視線を受けてしまったのだから。

 まるですぐにその女をどうにかしろ、と怒られているようである。しかし、あまりに鋭い魔王のような視線に、体がこわばってしまっていた。

 その中でいち早く正気に戻った警備員の言葉で、残りの警備員が一斉に動いて、見事なまでの手際の良さでカリナを追い出していった。最後までカリナは叫び続けていたが、もはや彼女の声はこの会場の誰の感情にも響く事はなかった。


「なんだ……グリッド嬢は魔王の花嫁じゃなかったんだな。」

「あの方、勘違いしちゃったのね。」

「あら。グリッド嬢は盗んだ罪で捕らわれていませんでした?」

「そう言えば。この国の宝を盗んだって。」

「グリッド家と言えば成り上がりの伯爵家。何か不正でもしたんじゃないか。」

「まあ。怖い。」


 ようやく嵐が去ったところで、生徒たちはそんな話をしていた。


「でもさ。結局魔王の花嫁って誰だったんだろうな。」


 そんな話に花咲き始めた頃。

 穏やかな雰囲気が流れ始めた会場に、結局シルフィーは何が起こっていたのか全く分からないままであった。

 不思議そうに首を傾げているシルフィーをルークが優しく抱きしめた。


「シルフィーは何も心配しなくていいんだよ。」

「何も心配はしてな…んっ。」


 優しく包み込むように抱きしめられて、そして周りには見えないように口を塞がれた。

 軽く唇が触れるだけで離れた柔らかな感触に、シルフィーは顔を真っ赤にさせた。

 そんなシルフィーの反応に、ルークは満足そうに笑った。


「シルフィーは俺だけを見てて。」


甘くすがるようなルークの言葉に、シルフィーはため息をついた。

 

 友人カリナに婚約者を奪われて、婚約破棄されたから、もう二度と恋愛なんて出来ないと思っていた。ルークとは幼馴染みで、互いに利害が一致したから、かりそめの婚約を結んだだけ。

 そのはずだったのに。


ーーかりそめなのに何でこんなに甘いの!?


 熱があるんじゃないかと思うほど体が熱くなる。けれどルークはシルフィーを離してはくれなかった。




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