34.勇者
「甲斐性なしのボンクラ魔王はどこですの!」
「クリスティーナ!落ち着いて!命を大事にしてくれ!」
これは、クリスティーナが勇者と噂されるようになったとある事件。
魔王がカリナを舞踏会に誘ったと噂が広がったある放課後のことだった。
突然鬼気迫る令嬢が生徒会室に乗り込んできた。
生徒会メンバーは関わりたくないと遠目になりゆきを見守っていた。そんな中で、勇気ある一人の男子生徒が令嬢に声をかけた。
「あれ?クリスティーナ嬢。どうしたんスか?」
クリスティーナは近寄ってきたゼノの胸ぐらを掴んだ。
「貴方、ヘタレ生徒会長が何処にいるかご存知かしら。」
口調は丁寧でも態度は絶対人に物を尋ねる態度ではない。
「ヘタレ……?」
とてもルークを形容する言葉には思えない。ゼノは首を傾げた。
「恋人を舞踏会にも誘えない野郎なんてヘタレで充分ですわ!」
「あ。ごもっともですね。」
クリスティーナの言葉で心当たりのあるゼノも頷くしかなかった。しかも今はカリナとの噂で持ちきりときたものだ。
「クリスティーナ!落ち着くんだ!」
「落ち着いていますわ。騎士道精神を重んじるバーバル家の一員として見過ごす事が出来ないと判断してここに来ていますのよ!」
なんとかして止めようとするアランを、クリスティーナは一蹴する。
代々優秀な騎士を輩出するバーバル伯爵家の令嬢であるクリスティーナも、家の名に恥じぬように騎士道精神を学んでいた。普段は品のある令嬢として振る舞っているものの、本来のクリスティーナは勇ましい令嬢なのだ。
「クリスティーナ嬢、騒がしいですよ。生徒会は今舞踏会の準備に追われていましてね。話なら生徒会長室へどうぞ。」
怒鳴り声を聞きつけて、ルークが姿を現した。ルークが来たことでクリスティーナはゼノから手を引いた。
「あらルーク生徒会長。こんな所にいらっしゃいましたの。恋人を舞踏会に誘いもせずに?」
「……今忙しくて手が離せないので。」
「ほほほ。それではシルフィー様に愛想尽かされても文句は言えませんわね。」
「は?」
「あの噂話、シルフィー様の耳にも届いていますのよ。」
「え。」
「シルフィー様、ひどく落ち込んでいましたわ。」
クリスティーナはルークにゆっくりと近づいていく。
「悲しませないとおっしゃっていましたのに嘘つきですね。」
「……。」
ルークも言い返せない。
「ヒューズ様の一件ですっかり男性不信になっているようですし、今回のことでルーク様の事も見切りつけたでしょうね。」
「は?」
「あら。何故シルフィー様が信じてくださるという自信がありますの?」
ルークは少し心が揺らいだ。
確かにヒューズとカリナの件でシルフィーは人間不信になっている。クリスティーナという同性の友達を得て、少しずつ心を開いてきている。そしてルークのおかげもあって少しずつシルフィーは変わろうとしていた。
それを、ルークが壊そうとしている。
それだけはあってはならない。
シルフィーを手に入れるためにここまでやって来たのに、これでは元の木阿弥である。
「貴方がヘタレで甲斐性なしだから招いたタネでしてよ?」
そしてクリスティーナは容赦なく追い討ちをかけてくる。しかし的確すぎて反論出来ない。
「シルフィー様の事、伝説に残るくらいカッコよく舞踏会に誘ってくださるんでしょうね。楽しみですわ。」
クリスティーナは不敵に微笑んだ。
「次、悲しませたらシルフィー様に近付けさせませんから。」
そしてそれだけを言い残してクリスティーナは去って行った。
誰もが恐れる魔王・ルークに言いたい事を全て言って去っていくクリスティーナの姿は生徒会メンバーには勇者そのものに見えた。
「ルーク様。すみません、クリスティーナは少し気が立っていまして。」
「アラン。いや。彼女の言う通りだ。自分の不甲斐なさに嫌気がさすよ。」
「ルーク様。」
ルークはぎゅっと強く拳を握りしめた。
「シルフィー……。」




