33.変わりたい
ここ数日、学園中は大騒ぎだった。
一時期話題になった魔王の花嫁が判明したのだ。
ルーク生徒会長、通称魔王が、とある女子生徒を歓迎舞踏会のパートナーに誘ったのがこの噂のきっかけだった。
その女子生徒というのが、カリナだった。
「カリナ=グリッド伯爵令嬢?」
「え。あの令嬢?」
「じゃあヒューズ様から乗り換えたってこと?」
「悪魔みたいな女性説が正解か。」
そんな話題で持ちきりだった。
図書室に引きこもってばかりだったシルフィーも、ここ最近クリスティーナとのおしゃべりのために教室にいる時間が長くなった。そのため、おのずと噂話も耳に入るようになった。
「え。ルークがカリナと一緒にパーティーに出る?」
シルフィーはその噂を信じられなかった。だってつい最近まであんなに仲が良かったのに、かりそめの夫婦なのに、どうしてカリナと。
シルフィーは目の前が真っ暗になった。
信じられなかった。
信じたくなかった。
そして、ヒューズの姿が脳裏をよぎる。
信じていたヒューズにだって、あっさりと裏切られてしまった。
ーーああ。やっぱり。どうせかりそめだもんね。
本物の婚約者さえ繋ぎ止められない自分には、本当に魅力がないのだろう。
『俺が好きなのはシルフィーだよ』
『シルフィーは俺の奥さんでしょ』
ルークがシルフィーにくれた沢山の言葉が、思い出される。シルフィーにはそれが嘘だとは思えなかった。けれど、どうしてもヒューズの事が思い出されてしまって胸がざわつくのだ。
婚約破棄された時、仕方ないと諦め切れたヒューズと違い、ルークの事はなかなか踏ん切りがつかないのだ。
シルフィーはどうして良いのか分からなくなっていた。
「シルフィー様。」
クリスティーナから声をかけられて、シルフィーはようやく意識を取り戻した。
「クリスティーナ様……。」
いつの間にか図書室の中の事務室にいた。
クリスティーナに寄り添われて、シルフィーは目の前に置かれたお茶に手を伸ばした。
「驚きましたわ。廊下で急に立ち止まってしまわれるんですから。」
「す、すみません。ルークの噂話を聞いてしまったら考え事に夢中になってしまって。」
「噂でしかありませんわ。」
クリスティーナはキッパリと言い切った。
「噂話は人の娯楽。真実とは違いますの。シルフィー様はルーク様の妻として真実を見てあげて下さいませ。」
クリスティーナの言う通りだ。噂話に振り回されてはいけない。だが真実とはなんだろう、と考えるとシルフィーはまた落ち込んでしまう。
「でもルークに誘われていないのは真実です。」
クリスティーナは深い深いため息をついた。そばで成り行きを見守っていたラビもため息をついている。
「私、似合わないおしゃれなんかして滑稽ですね。」
シルフィーは苦笑するしかなかった。
「シルフィー様、おめかしって女性の特権ですのよ。」
「女性の特権、ですか?」
「ええ。化粧をすればどんな自分にだってなれますの。美しくなるのも、可愛くなるのも、そして目立たなくするのも、全部おしゃれ一つでできますの。」
クリスティーナの言葉に、シルフィーは前を向いた。真っ直ぐにシルフィーを見つめるクリスティーナはとても綺麗だ。出会った時に、真っ直ぐなクリスティーナに憧れた。
恋人のアランを心配しながらも、凛とした態度を決して崩さずシルフィーを庇ってくれた姿が、シルフィーに勇気をくれたのだ。
「シルフィー様、ルーク様のためじゃなくて、シルフィー様のためにオシャレしましょう。」
「私?」
「はい。そうですわ。」
シルフィーはクリスティーナの手を握りしめた。
「クリスティーナ様、私に力を貸してください。」
変わりたい。
シルフィーは心からそう思えた。




