31.再び
「それから、図書室をそろそろ開けようと思うんじゃ。」
「あ。そうですよね。」
図書室はシルフィーと親しい人たちだけが使う場所ではない。生徒会にも要望が出ていたのだし、いつまでもこのままではいけない。
開けたくない。
シルフィーは素直にそう思った。
だが、そういうわけにもいかない。
「確かに整理もほとんど終わっていますしね。いつ開けるんですか。」
「歓迎舞踏会が終わったら開けようと思うんじゃ。どうせ今は舞踏会のことでみんな頭がいっぱいじゃろうからな。」
「歓迎舞踏会……。」
シルフィーは少し気持ちが落ち込んだ。
なんせまだルークから誘われていないのだ。
もし参加するとなると一人参加することになる。クリスティーナはアランと一緒に参加するそうだし、このままでは本当にひとりぼっちで参加することになってしまう。
シルフィーはもう参加する気持ちが薄れてきてしまっていた。
「シルフィー!」
「きゃ!」
気持ちがどんどん沈んでいたシルフィーをルークが後ろから抱きしめた。不意をつかれたシルフィーは目を丸くした。
「ルーク!」
「会いたかったよ!シルフィー!何だか久しぶりだね。」
後ろを振り向くと、ルークの整った顔がすぐそこにあった。嬉しそうに擦り寄るルークとは裏腹にシルフィーは顔を真っ赤にした。
「う、うん。」
「最近生徒会の方が忙しくって会えてなかったもんね。」
「もうすぐ歓迎舞踏会、だったよね。」
ルークはため息をついてシルフィーの隣の席に座った。
「そ。もうほとんど準備も終わってるんだけどね。」
「そっか。お疲れ様。」
ルークはラビが出してくれたお茶を一口飲んだ。
「シルフィーも準備は進んでる?」
「え?」
「舞踏会。ほら女性は色々準備が必要でしょ?」
「あ。そうだね。まあ……クリスティーナ様が色々教えてくれてるから。ほとんど終わってるよ。」
「……そっか。」
何故かルークは歯切れが悪い。シルフィーの答えに少しショックを受けているような気もする。シルフィーは首を傾げて、ルークの様子を伺った。
「ルーク、何か疲れてるね。」
「え?ああ、うん。ちょっと付き纏われていてね。」
「え。それってス、ストーカー?」
「そうだね。似たようなものだよ。」
「……ごめんね。私、契約妻なのに役割果たせてないね。」
シルフィーはしょんぼりした。
「そんな事ないよ!シルフィーのおかげで本当楽になったんだよ。」
「そうなの?」
「そうだよ。シルフィーにはずっと俺の奥さんでいてほしいよ。」
まただ。
また、真剣なルークの視線に捕らわれる。
シルフィーはふいと視線を逸らした。
するとルークから優しく頭を撫でられた。その手があまりにも優しくて、シルフィーは笑みをこぼした。
「こほん。」
そんな二人の間に割って入ってきたラビは、何とも言えない表情をしていた。わざとらしい咳をして、じっとりと二人を見ている。
シルフィーはバツが悪くなって、慌てて帰る支度をし始めた。
「わ、私!今日は早く帰らなきゃいけなかった!」
「え。そうなんだ。何かあるの?」
「うん。久しぶりにお父様が帰ってくるの。いつもは職場に篭りっきりなのに。」
「そっか。それは早く帰らなきゃね。」
シルフィーは顔を赤くしたまま嬉しそうな笑顔を浮かべて図書室を出て行った。嬉しそうな様子のシルフィーを、ルークは優しい笑顔で見送ることしかできなかった。
結局今回もルークは歓迎舞踏会にシルフィーを誘えなかった。
「甲斐性なしめ。」
「言わないでください。」
ラビは呆れ果てた。だがラビの想像以上に落ち込んでいたルークを見て、何も言えなくなってしまった。
魔王と恐れられるルークが、恋する男性らしく一喜一憂している。ラビもさすがにそんなルークを揶揄う気にはなれなかった。
ルークは大きくため息をついた。
「世の中の男性たちはどうやってパーティーに誘ってるんですかね。」
ルークはぐしゃぐしゃと頭を掻きむしった。
「あんなにクサい台詞が言えるのに、何でパーティーに誘うのが出来んのか、そっちの方が不思議でならんがな。」
そんなやさぐれたルークの様子に、ラビは大きくため息をついたのだった。
◆◆◆
シルフィーを舞踏会に誘う事が出来なかったルークは、どんよりした気持ちで図書室を後にした。
あまりに気落ちしていたため、待ち伏せしていたカリナの存在に気付かなかった。
「ルーク様ぁ!」
甘えた声で呼びかけて、カリナはルークに抱きついた。ルークの機嫌はさらに低下していく。
「ああ、グリッド伯爵令嬢ですか。」
冷ややかな声で突き放すが、カリナは諦めなかった。
「つれないわぁ。」
そう言ってルークに上目遣いで甘える。ルークはうんざりした表情で、カリナの手を振り払った。
「今、忙しいので。」
「えぇ?いいのぉ?そんなことしててぇ。」
自信満々なカリナの様子に、ルークはピタリと動きを止めた。
「それ、どういう事ですか。」
ルークがカリナを睨みつけた。だがカリナは不敵な笑みを浮かべたままだった。
「探しているんでしょお?『石に刺さった剣』。」
ルークは無表情のまま、カリナと向き合った。
「何故それを?」
「さぁ?なんででしょう?」
ルークの問いにカリナは首を傾げてとぼけて見せた。
「ふふ。ルーク様、気になるぅ?」
「ええ。気になります。」
「じゃあ、お願い聞いてほしいなぁ。」
嗚呼、忌々しい。
ルークは内心深い深いため息をついたのだった。




