30.図々しい
生まれてからずっと人目を避けて生活をしてきたシルフィーは、最近落ち着かない気持ちであった。教室の中、おどおどした様子で周囲を気にするが、誰も自分を見ていないことを確認すると、胸を撫で下ろした。
「シルフィー様、どうされましたか?」
シルフィーと一緒に教室の中でおしゃべりしていたクリスティーナはおどおどしたシルフィーの様子に首を傾げた。
「それが。最近、視線を感じるんです。」
「それはシルフィー様が可愛くなったからですわ。」
クリスティーナは即答した。
確かにシルフィーは可愛くなった。
今までは野暮ったい上に魔法で認識阻害しているので全く注目されてこなかった。なのにここ最近、シルフィーは声をかけられることが増えていた。話の内容は他愛のないものなのだが、今までなかった経験なので、シルフィーは困惑していた。
「え。それはないんじゃないですか?」
だがシルフィーは自覚がなかった。クリスティーナの見立てで化粧してオシャレもして授業に出るようになった。
クリスティーナの笑顔をシルフィーは不思議そうに見ていた。
「あらぁ。シルフィー。」
そして、もう一人。
カリナも最近シルフィーに声かけする事が多くなっていた。
「カリナ」
シルフィーは嫌そうに顔を歪めた。
「シルフィー、今日もぉおめかししてるのねぇ。かわいい〜。」
まるで友達のように自然と声をかけて、クリスティーナとシルフィーの中に割って入ってくる。クリスティーナは表情には出さなかったが、カリナがやって来ると途端に口数が少なくなって、カリナへの返事が雑になるのだ。
「これぇクリスティーナが化粧したのぉ?」
「ええ。」
「いいなぁ。私にもしてほしいなぁ。」
「あら、カリナ=グリッド伯爵令嬢様は充分オシャレ好きなんだと思っていましたわ。」
「えぇ〜。クリスティーナには及ばないわぁ。」
どんなにクリスティーナが素っ気ない態度を取ってもカリナは友達のフリをやめなかった。その根性と精神を、シルフィーは純粋に尊敬した。
「シルフィーが羨ましいなぁ。」
じっとシルフィーを見つめる視線が、狙われているようで居心地が悪い。
「でもぉ、シルフィー何で突然おめかしし始めたのぉ?」
「え。」
シルフィーはルークの事を思い出した。けれど顔を赤くするだけで、カリナの質問には答えなかった。
「あ。それ、誰かのためなのねぇ。」
カリナの言葉にシルフィーは俯くしかなかった。
その時、チャイムが鳴った。シルフィーは少し安心した。
これ以上質問されていたらカリナに余計な事を言ってしまっていた気がする。シルフィーは逃げるように自分の席へと戻っていった。
その途中、カリナに袖を引っ張られた。
「ねえシルフィー。」
コソコソと小さな声で話しかけられたシルフィーはさっと顔を青くした。カリナは何でも見透かしたような不敵な笑みを浮かべていた。
「それ、ルーク様のためでしょお?」
シルフィーは思わず顔を真っ赤にした。その正直なシルフィーの反応に、カリナはクスクスと笑った。
「ふふ。やっぱり。でも残念ねえ。ルークは私のものよぉ。」
「え。」
カリナはシルフィーから手を離して席に戻って行った。あまりにも確信したような言い方にシルフィーは耳を疑った。「ルークは私のもの」と言い切ったカリナの後ろ姿に、シルフィーは得体の知れない不安が襲う。ベタベタとルークにくっつくカリナの姿を想像すると、胸の奥からモヤモヤしていく。
そしてそんなカリナに微笑みかけるルークを想像すると、胸が締め付けられる気持ちになるのだ。
もし。
もし二人が上手くいって、ヒューズの時のようになってしまったら、と想像すると感情がすっぽりと抜け落ちていく気持ちになる。
だが、そうなってもシルフィーに文句は言えない。
だってシルフィーとルークは夫婦と言ってもそれは契約という紙切れだけで繋がった関係、所詮かりそめの夫婦なのだ。
どんなにオシャレして可愛くなっても、それに変わりはない。
ーー私、何してるんだろう。
◆◆◆
ぼんやりたした意識の中、シルフィーはいつの間にか図書室にいた。そしてラビが出してくれたお茶を飲んで、少し気持ちを落ち着けたところだった。
「あー……シルフィー。」
何か言いにくそうにしているラビに、シルフィーは首を傾げた。
「シルフィーに渡していた魔導書じゃがな、ちょっと早いが司書に預けることにした。」
「え。」
「すまんのお。」
ほとんど読めなかった魔導書。
だがもともとそういう約束だったのでシルフィーも文句は言えない。
「いえ。仕方ありませんよ。」
「本当にすまん。」
「その、魔導書専門の司書官さんはまだいらっしゃるんですか?」
ラビはビクッと体を跳ねされた。
「う、うむ。おそらくまだ学園の中をうろうろしておると思うぞ。」
「じゃあお会い出来るかもしれませんね。」
「ははは。そうじゃな。」
どうも落ち着かないラビの様子に、シルフィーは首を傾げつつも何も尋ねなかった。
なんせ頭の中はルークのことでいっぱいだったのだ。




