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29.紛失

 シルフィーはラビと一緒に黙々と本の整理をしていた。チラチラとこちらの様子を伺うラビの視線を感じるが、シルフィーは気付かないフリをした。

 まださっきの出来事が頭から離れないのだ。

 何度も何度もルークの真剣な眼差しが思い出されて、顔が熱くなる。


「シルフィー。」

「ひゃい!!な、何ですか?ラビさん。」


声をかけられ、シルフィーは思わず変な返事をしてしまった。恥ずかしすぎて目を合わせることが出来ない。

 そんねシルフィーの様子を、ラビはあたたかく見つめた。


「いや。シルフィーも明るくなったと思ってのお。」

「そ、そうですか?」

「うむ。ルークのおかげじゃなぁ。」

「へっ!?」


ラビはにっこりと微笑んだまま、それ以上は言わなかった。全てを見透かされているような気持ちになったシルフィーはますます顔が熱くなっていった。


「シルフィー様!」

「ひゃあ!」


ラビに注目していたシルフィーは、再び変な声を上げた。後ろを振り向くとそこにはクリスティーナが心配そうな表情で駆け寄ってくる。


「クリスティーナ様。」


 クリスティーナは、シルフィーの無事を確認して胸を撫で下ろし、優しくシルフィーの手を握った。

 そのクリスティーナの手があまりにも優しくて、シルフィーは自然と安心感を得た。


「大丈夫でしたか?」


シルフィーは頷こうとして、またルークの顔を思い出してしまった。


「は、はい。」


クリスティーナは不思議そうに首を傾げた。


「シルフィー様?」

「は、はい。」

「顔が赤いですわ。」

「そそそそ、そんな!!」


シルフィーは両手で顔を覆い、すっかり俯いてしまった。

 それは恋する乙女そのもので、ルークのと間に何かあったことは明白であった。


「ふふふふふ。シルフィー様、可愛い。」

「からかわないで下さい〜っ!」


立っているのも必死な様子のシルフィーを、クリスティーナは楽しげに見つめていた。


「クリスティーナ、シルフィー嬢はいたか?」

「アラン様。」


アランがゆっくりと近付いてくる。シルフィーは慌てて身なりを整えて、顔をぺちぺちと叩いて気持ちを切り替えた。


「お久しぶりです、シルフィー嬢。」

「ええ、そうですね。」


せっかく声をかけてくれたのに、なかなか気の利いた返事が出来ず、シルフィーは内心焦った。何か会話が続くような声かけをしなければと思い、頭を回転させる。

 その時だった。


「シルフィー。」


 びくっとシルフィーの体が大きく跳ねた。

 誰かなんて、確認しなくても分かる。

 せっかく平静を装ったのに、みるみる顔が赤くなるのが分かる。


「ルーク。」


アランの後ろからルークがあらわれた。シルフィーは目を合わせることが出来ず、視線を泳がせた。

 けれど、ルークは何も言わなかった。

 それを不思議に思ったシルフィーは、ゆっくりとルークの方へと視線を向けた。

 ルークは何を言っていいのか分からず、シルフィーと同じように顔を赤くして視線を泳がせていた。

 いつも冷静で頼りになるルークの珍しい姿に、シルフィーは目を丸くした。


ーールーク、昔と変わらないなあ。


幼い頃、シルフィーと遊んでいたルークが、時たま見せていた恥ずかしがっている表情は、昔のままだった。その表情を見るたびにお姉さんとして声をかけてあげていたことを思い出す。

 けれど、シルフィーは昔のように声をかけることは出来なかった。ただクスクスと笑ってルークを見つめる。

 そんのシルフィーに気付いたルークは、罰が悪そうに頭をかいた。

 二人の間に言葉はない。

 けれども、いつの間にかこの場には二人だけしかいなかった。

 二人だけの優しい雰囲気がその場に流れていた。


 そんな二人の様子を、少し離れた物陰から覗いている人たちがいた。静かにしてくれていればいいものを、コソコソと話す声がしっかりと聞こえてくる。


「もどかしいですわ。」

「ダメだよ、クリスティーナ。野暮だよ。」

「でもアラン。気になりませんこと?」

「めちゃくちゃ気になるのぉ。」


その話し声にシルフィーもルークも何とも言えない表情をしていた。互いにそんな何とも言えない表情を見て、つい笑みをこぼした。


「シルフィー、みんなのところ、行こっか?」

「そ、そうだね。」


二人とも恥ずかしそうに頬を染めていた。

 そして何とも言えない表情のまま、二人はこっそり覗き込んでいる人たちの方へと近寄っていった。

 クリスティーナとアランはちょっと気まずそうな顔をしていたが、ラビはけろっとしていた。


「なんじゃ。何も起こらんかったのぉ。」


つまらない、と言いだけなラビを、シルフィーもルークもただ黙って睨みつけるしか出来なかった。



◆◆◆



 シルフィーやクリスティーナ、アランが帰った後、ラビは密かに慌てていた。


「ない……!」


そんな中ルークだけはまだ図書室に残っていた。


「どうしたんですか。」

「ルーク。まだ残っておったのか。」

「ええ。図書室もそろそろ開けてもらわないといけませんから。」

「う……。そ、そうじゃな。まあほとんど片付いたし、本当に開ける日を決めんとな。」

「そうしていただけると助かります。それより、何がないんですか?」


ラビは少し言いにくそうに顔を歪めた。


「魔導書がなくなっておる。」

「え。」


ラビは深いため息をついた。


「この事務室に人がいなくなったあの時じゃろうな。」

「……。」


あの時、シルフィーで頭がいっぱいだったルークも、深いため息をついた。


「こちらも探してみます。」

「す、すまない。助かる。まだ制御魔法が効いているはずだから何も起こらんとは思うじゃが。」

「魔導書専門の司書官はどうなっているんですか?」

「ああ。それならもう連絡しておる。」


ラビはゆらりと尻尾を揺らした。


「もしかしたら、もう来ているかもしれんがな。」




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