28.文句は言えない
アランとルークが図書室の事務室に戻ると、そこにはクリスティーナしかいなかった。クリスティーナはなかなか戻ってこない皆にソワソワしていて、二人が戻ってくるとすぐに駆け寄ってきた。
「アラン様。ルーク様。何かあったようですが、大丈夫でしたか?」
「ああ。あの男、逃げていったみたいだし。」
「あの男……。」
クリスティーナは事務室から慌ただしく出て行く一人の男性を思い出した。
「あの方、ヒューズ様、ですよね。」
アランは「ヒューズ」という名前に目を丸くした。なんせその名前は一時期話題になったシルフィーと婚約破棄した男性の名前なのだから。アランは真偽を確かめるようにルークの方を見た。
視線を集めたルークは、ゆっくりと頷いた。
「ええ。彼はシルフィーの元婚約者のヒューズです。」
「なっ!どうして彼がここに?」
「もしかして……シルフィー様に会いにいらっしゃったんですか?」
ルークはまたゆっくりと頷いた。
「シルフィーに復縁を迫っていたようです。」
「は?」
「まあ!」
「ちょ、ちょっと待って。噂では、ヒューズ=テネブライの方からシルフィー様に婚約破棄を申し出たと聞いている。なのに何故、今さら彼から復縁なんか。」
アランは理解できないという表情をしていた。それにはルークも同感だった。
「ヒューズ先輩のことは昔から知っていますが、流されやすいと言いますか。シルフィーとの婚約だって親が決めた事でしたので、シルフィーに対して恋愛感情はなかったと思うんです。そこを誰かに唆されて流されるまま婚約破棄したんでしょう。」
「ああ。その誰かがカリナ様なんですね。」
クリスティーナの答えに、ルークは頷いた。
シルフィーの婚約破棄の時、当然ヒューズの恋人として現れたカリナのことも一緒に噂になった。
そして教室でのシルフィーとカリナのやり取りのことを考えると、クリスティーナは容易に想像できた。
「カリナ嬢もクセの強い令嬢ですからね。そのカリナ嬢と何か揉めて、シルフィーに近付いて来たんだと思います。本当にシルフィーと復縁したかったのかは、ヒューズ先輩も途中から混乱していましたから分かりませんが。」
ルークは深いため息をついた。なかなか忙しい時に面倒事が舞い込んできたものだから、ため息だって吐きたくなる。しかも、忙しいだけならまだしも、今のルークはどうやってシルフィーを舞踏会に誘うかどうかで頭がいっぱいなのだ。ヒューズの事なんか構ってられない。ヒューズがカリナと一悶着あったとしても、ルークには関係ないと言ってしまいたい。
「あの、それでシルフィー様は今どちらに?」
クリスティーナの質問に、ルークはピタリと動きを止めた。
「……。多分図書室のどこかにラビさんと一緒に。」
流れるような自然な動きでルークはクリスティーナから視線を逸らしたが、クリスティーナはそんなルークのささやかな異変を見逃さなかった。
「ルーク様、何かありましたわね。」
クリスティーナの指摘にルークは何も言えなかった。ただ黙ってやり過ごそうとしている。
シルフィーと仲良くなってから、クリスティーナはシルフィーに対して過保護になっている気がする。そんな過保護を炸裂しているクリスティーナは、ルークを鋭く睨みつけた。
「いくらルーク様でも、シルフィー様を泣かせたら、私、許しませんわ。」
「お、おい!クリスティーナ。」
好戦的な態度のクリスティーナに、一番焦ったのはアランだった。恋人が男前でカッコ良すぎるのも困る。
けれどクリスティーナは止めようとするアランも鋭く睨みつけた。
「アラン様。これは譲ってはいけない女の友情なんですの。」
「あ。はい。」
ただでさえ恋人には弱いアランだが、今はその恋人の気迫に押されてしまった。
鋭く睨みつけられ、アランは小さく縮こまった。そして、静々と一歩後ろに下がった。
「クリスティーナ嬢、約束するよ。」
「何をですの?」
「シルフィーを泣かせない、とは約束できない。けど、シルフィーを悲しませることは絶対にしない。」
クリスティーナは不満そうに顔を歪めたが、大きくため息をついた。そしてアランは優しくクリスティーナの肩に手を置いた。
「クリスティーナ、シルフィー様を探しに行こうか。」
「そうですわね。」
アランの顔を見て、クリスティーナは渋々と頷いた。そして椅子から立ち上がり、アランに引かれて事務室を出て行こうとして、立ち止まった。
「そうだルーク様。早くシルフィー様を舞踏会に誘いませんと、ヒューズ様にとられても何も文句は言えませんわよ。」
クリスティーナはクスリと笑った。
その勝ち誇った表情に、ルークはムッとしたがぐうの音も出ない。
誰に言われなくてもシルフィーを幸せにするのは自分でありたい。
そのために出来ることは何でもする。
ーーその為にまずはアイツを何とかしないとな。
ルークは図書室の事務室の扉をゆっくりと閉めた。




