26.ヒューズ襲来
「シルフィーごめん。俺、ようやく気付いたんだ。俺にはシルフィーが丁度いいんだって。」
へらっと笑うヒューズに、シルフィーは寒気を覚えた。
「……なにそれ。」
虚な瞳でこちらを見つめるヒューズから一歩後退る。シルフィーの知っているヒューズとは全く違っていた。
「ヒューズ、貴方……カリナと何かあったの?」
「……っ。ち、違うよ。」
「嘘。私だって一応婚約者だったのよ?嘘くらいわかるわ。」
昔から優しくて、日和見なところがある人だった。でもそれがシルフィーには可愛らしく思えていた。それも今となっては昔の話である。今更よりを戻そうなんて言われても、嫌悪感しかない。
ヒューズの言う通りになるもんか。
そんな気持ちだった。
「なあ、シルフィー……っ!お願いだ。やり直すチャンスをくれ!」
ヒューズは突然、シルフィーの腕を掴んだ。驚いたシルフィーは顔を青くした。
「きゃっ。ちょ……ヒューズ!離して!」
「シルフィー!シルフィー!」
なんとかして手を離してもらおうとシルフィーはもがいた。ヒューズはシルフィーがもがけばもがく程力強く腕を握った。
怖い……。
ヒューズはシルフィーを呼びながらシルフィーなんて見ていない。
何かに囚われたようなヒューズの様子に、シルフィーはぞっとした。
「ヒューズ先輩。」
その時だった。
聞き覚えのある声に、ヒューズはビクッと体を震わせた。
「ルーク……!」
シルフィーは目頭がじんわりと熱くなった。
「……っ!?」
ヒューズはゆっくりと後ろを振り向いた。
そこには、ルークがいた。
人を殺しそうなほど鋭いルークの視線にヒューズは縮こまっていた。そして、ルークはものすごい表情のままヒューズの腕を掴んだ。
手を掴まれたヒューズは痛みに顔を歪めた。
「その手を離してもらえますか。」
冷たいルークの声にヒューズは息を呑んだ。
「ルーク……。なんでここに……。」
「シルフィーは俺の妻なんです。当然でしょう?」
「は……?妻?」
ヒューズは動揺した。
つい最近まで婚約者だったシルフィーが、ルークと結婚していたのだ。正直信じられなかった。
「はは……なんの冗談だよ。」
「冗談なんかじゃありませんよ。」
「は。」
「ヒューズ先輩には感謝してますよ。」
「な、なん……だって?」
「ヒューズ先輩が婚約破棄してくれたおかげで、俺はシルフィーと結婚することができたんですからね。」
ヒューズはひゅっと喉を鳴らした。顔は真っ青で、フルフルと震えている。
「な……な……。」
ヒューズは思いっきりルークの腕を振り払った。
「なんなんだ。なんなんだ。なんなんだ。なんなんだよおぉーー!!」
そして半狂乱になってルークに襲い掛かっていった。シルフィーは思わずルークへと駆け寄った。
ルークの後ろには本棚があり、その中の本は煩雑に収納されている。このままヒューズに押されてしまうと、本棚にぶつかり、本がルーク上から降ってきてしまう。
「ルーク危ない!」
シルフィーがルークを庇おうとルークを引き寄せた。突然シルフィーから引っ張られたルークは目を丸くした。
そして、ルークと入れ替わる形でシルフィーはヒューズに押し倒されてしまった。
押し倒してしまったヒューズも、庇ってもらったルークも、本棚にぶつかるシルフィーを顔を青くして見ていた。
シルフィーが本棚にぶつかった衝撃で、本棚からバサバサと本が落ちてきた。
シルフィーは痛みを覚悟して、ぎゅっと目を瞑った。
「っ!シルフィー!!」
ルークは体制を整えると、すぐさまシルフィーに駆け寄った。そして、ルークほ覆いかぶさるようにシルフィーを抱きしめた。
そのおかげでシルフィーは全く痛くない。
目をパチクリさせながら、力強く抱きしめられて動くことも出来ない。
「あ…あ……。」
ヒューズは言葉にならない声を出し、後退った。
「悪くない悪くないんだ。俺は悪くないんだあぁーー!!」
そう叫んでヒューズはこの場から逃げ出した。
ヒューズが逃げる背中を見ながら、シルフィーは苦虫を噛み潰したように表情を歪めた。
ーーヒューズ……。
シルフィーは何も言えなかった。
カリナに振り回されたのは、シルフィーだけではなかったのだ。だからと言ってシルフィーはヒューズを同情する気持ちにはなれなかった。
だから、シルフィーは逃げるヒューズを見守るしかできなかった。
しかし、突然シルフィーはルークからガシッと肩を掴まれた。ものすごい力で掴まれているので肩が痛い。
「ル……ルーク?」
ルークは俯いたままで表情が見えない。ルークらしくない様子にシルフィーは首を傾げた。
「危ないのはシルフィーだ!!」
ルークは勢いよく顔を上げて、ものすごい剣幕で怒鳴った。シルフィーはあまりの気迫に気圧され、じんわり目頭が熱くなった。
しかし次の瞬間優しく、そして強く抱きしめられた。
ルークの優しい抱擁にシルフィーは顔まで熱くなった。
「無茶するな。」
「っごめんなさい。」
シルフィーはポロポロ涙を流しながらルークを抱きしめた。
「許さないよ。」
シルフィーの耳元でルークがささやいた。ルークの言葉にシルフィーはズキンと胸を痛めて、また涙を流した。
「罰として一生俺に守られてて。」
ルークは優しくシルフィーの涙を拭った。
「ルーク……。」
シルフィーとルークは見つめあった。先程までのルークが嘘のように優しい。
ヒューズに怒り散らしたルーク。
シルフィーを手に入れられたのはヒューズのおかげと皮肉を言うルーク。
シルフィーを庇ってくれたルーク。
シルフィーを本気で心配して怒ってくれたルーク。
そして。
優しく強く抱きしめてくれるルーク。
ルークの瞳に、どんどんと引き込まれていく。彼の視線が、シルフィーを捉えて離さないのだ。
このままこの時間が続けばいいのに。
シルフィーはそう思っていた。
「おい。すごい音がしたぞ?大丈夫か?」
ラビがヒューズの叫び声や本が崩れる音、ルークの怒鳴り声を聞きつけてやってきた。
ラビはルークとシルフィーの様子を見て、首を傾げた。
顔を真っ赤にしたシルフィー。
本に埋もれたルーク。
「……ん?これは、お邪魔だったのかのう?」
「お邪魔じゃありませんよ!?」
突き飛ばされてルークは頭をぶつけ痛そうに悶えている。シルフィーは顔を真っ赤にしてそれどころではない。いつになく必死なシルフィーの様子に、ラビは気圧された。
「そ、そうか?」
「そうです!」
頭を抱えてルークが本から体を起こした。するとシルフィーは慌ててラビの方へと寄っていった。
「ラビさん!ここはルークがするそうです!!あっちに行きましょう!」
「う、うむ??」
ラビの背中を押しながら、シルフィーはその場を逃げるように去っていった。
残されたルークはシルフィーとラビの後ろ姿を見て、ため息をついた。




