24.カリナの思惑
図書室への立ち入りを禁止されたカリナは、ラビの魔法によって、安易に図書室に入れなくなっていた。そのため、ルークともなかなか話せない。
このままでは一向にルークに振り向いてもらえない。
カリナは不満いっぱいに図書室の入り口を睨みつけた。
ーーどうしようかしら。
この入り口で張り込んでいても先には進まない。カリナは少しでも様子が見たくて、図書室の中が見える窓の外に行くことにした。
外から見える図書室内には、シルフィーがいた。何か一冊の本を手に取り、嬉しそうに読み耽っている。
ーーシルフィー。
カリナは心の中で嘲笑った。相変わらず引きこもりで野暮ったい彼女に、優越感を覚えた。
しかし、それも少しの間だけだった。
シルフィーに物凄い勢いでルークが抱きついてきたのだ。驚いて体制を崩すシルフィーをしっかりと支えて、まるで犬のようにスリスリと抱きしめている。幸せいっぱいなルークの表情に、カリナは愕然とした。
ーー何であんな女がルーク様と仲良くしてるの?
あまりの事で、言葉が出ない。
「もう、ルーク。びっくりするじゃない。」
「昔もこうやって抱きついてたじゃないか。」
「あー……ふふ。そういえばそうだったね。懐かしいな。」
二人の会話から旧知の中なのだとわかる。
ーー嗚呼。だから、ね。
カリナはほっと胸を撫で下ろした。ルークのあの態度は友人に対するものなのだ。カリナはそう結論付けた。
「あ。どう?その本。」
「うん。ラビさんが処理してるから魔力はほとんど感じないけど、ところどころの文字が特に魔力が強くてね。もしかしたら文字に反応して魔法が発動してるのかな、て。」
「へえ。さすがシルフィーだね。」
ルークは一向に離れようとせず、シルフィーを抱きしめ続けている。
ーーあれは……本?
二人の会話に、カリナは首を傾げた。
ーーふぅん。あの本、シルフィーが研究してるんだぁ。
そしてニヤリとほくそ笑んだ。
ゆっくりとその場を離れ、カリナは自分の研究室へと向かった。
◆◆◆
研究室で、カリナは腑に落ちない表情をしていた。
妻を想い優しく微笑むルークには付け入る隙がない様子だった。確かにルークが結婚したという噂は聞いたことがある。あれだけ学園中の噂になれば、知らない人などいないだろう。しかし、そのルークの妻が誰かはついぞわからなかった。だからカリナは勝手にルークは政略結婚でそこに感情はないから付け入る隙は充分にあると思い込んでいた。
けれどそれは違った。
ルークは妻を想っている。かなり入れ込んでいる様子でもあった。
そして、その熱い視線の先にはシルフィーがいた。
ルークの噂の奥様が、シルフィー?
そんな事、あり得ない。
だってあのシルフィーだ。
ならばまだカリナの方がお似合いだ。
カリナは首を横に振った。
なんとなく腑に落ちないが、シルフィーがルークの奥様なんて、そんな事ありえないと結論つけた。
「カ、カリナ!!」
必死な声が研究室中に響いた。その声に鬱陶しさを感じながら、カリナは気怠げに返事をした。
「あらぁ。ヒューズ。」
そこにはヒューズがいた。
数日前に「さよならしましょ」と告げたはずなのに、何故ここに来ているのか。カリナはため息をついた。
「あのさ。」
ヒューズはカリナの前に跪いた。そして手をとって真剣な眼差しを向ける。
「カリナ。俺と一緒に舞踏会に」
「ねぇヒューズぅ。」
ヒューズの言葉を遮ってカリナが話し始めた。ヒューズはカリナに遮られて、ビクッと震えた。
カリナが困ったような笑顔を見せた。
「私たち、もうさよならしたでしょ?」
「カ、カリナ!」
ヒューズはカリナの手をぎゅっと強く握った。
「俺はまだ別れるなんて言ってない!」
「ダメよぉ、ヒューズ。」
カリナはヒューズの手の上に自分の手を重ねた。
「私、あなたのこと愛してないのぉ。」
「カリナ……どうして……。あ、あんなに愛し合ってたじゃないか!!」
「あなたへの気持ち、冷めちゃったぁ。」
「なんで!!何か悪いところがあれば直すから!」
「ヒューズ。」
カリナは優しく諭すように彼の名前を呼んだ。
「ヒューズの悪いところなんて、ないわぁ。でもそういう悪いところが一個もないところが、ダメなのぉ。つまんなくってぇ。私の愛を取り戻したいなら、悪い男になってきてぇ。」
「わ、悪い男……?」
「例えばぁ……」
カリナはヒューズの必死な表情を見て、不敵に微笑んだ。自分にすがりつくヒューズが滑稽で堪らない。その時、ふとシルフィーの顔が思い浮かんだ。
「シルフィーが今読んでる本があるんだけどぉ。」
「シルフィーの本?」
「あれってぇ、何かあるみたいなのぉ。このままじゃ私。シルフィーにこの研究室を取られちゃうかもぉ。そう思うと、私……。」
そう言って、カリナは瞳を潤ませた。そんなカリナの潤んだ瞳に、ヒューズはドキッとした。
「だから、ね?おねがい。」
カリナは甘く囁いた。
その声に、ヒューズはじっと耳を傾けていたのだった。




