22.舞踏会準備
その日、ルークはあからさまに落ち込んで図書室にやって来た。あまりにあからさま過ぎて、ラビは声をかけるのもやめて、知らぬふりをしていた。
しかし、シルフィーは声をかけないわけにはいかない。
シルフィーに声をかけて欲しそうにしているルークは、まるでご主人様にお預けされている子犬のようで、シルフィーはつい笑みをこぼした。
「ルーク、どうしたの?」
「シルフィー、俺……これからちょっと生徒会の仕事で忙しくなりそうなんだ。」
「そっか。大変だね。」
「だからね、あんまり図書室に来れない……。」
「そっか……。」
シルフィーは少し気分が落ち込んだ。自分が想像していた以上の落ち込みに、シルフィー自身も驚いた。
「もうすぐ歓迎舞踏会だから、その準備があるんだ。」
「歓迎舞踏会……?」
シルフィーは首を傾げた。この学園に通って一年。シルフィーは舞踏会に参加した記憶がない。だが、確かカリナが春頃に舞踏会があると嬉々としていたような気がする。
ーー……そういえばそんなものがあってたかも。
シルフィーは学園に入学してすぐに勉強に精を出して研究に励んでいたので、舞踏会なんて気にしていなかった。
シルフィーが記憶を辿っていると、ふと上から影が落ちた。上を向くとルークがすぐそばで立っていた。
「あのさ、シルフィー……。」
ルークが珍しく顔を赤くして、シルフィーを熱く見つめている。シルフィーはそんな珍しいルークをまじまじと見つめて次のことばを待った。
「ルーク?なに?」
ルークはシルフィーの手を取り、じっと見つめた。
ルークが意を決したように口を開いた。
「待て!勝手に入るでない!」
しかし間が悪いことにラビの怒鳴り声が響いた。その怒声にシルフィーもルークも反射的にそちらの方に視線を向けた。
何事かと目をパチクリさせていると、パタパタという足音が近付いてくる。
「ルーク様ぁ、いらっしゃるんでしょぉ?」
その声に、シルフィーは身をこわばらせた。そしてルークは忌々しそうに声のする方を見た。
「ルーク様ぁ!」
やはり。
やって来たのはカリナであった。
ルークはカリナから隠すようにシルフィーの前に出た。
「これは……カリナ嬢。」
「探しましたわぁ。」
「何か御用ですか?」
「つれないですわぁ。」
「全ての生徒に平等にするのが生徒会長の務めですから。」
「そんなぁ。私はぁ、生徒会長さんと話してるんじゃなくてぇ、ルーク様と話してるんですよぉ。」
カリナはルークに媚を売っているが、ルークはいつもと変わらず淡々と返事をしている。
「そうですか。ですが、私は話したくありません。」
「えぇ。何でですかぁ。」
ルークはちらりとシルフィーを見た。
「私の可愛い妻が嫉妬してしまうので。」
ルークの優しい視線にシルフィーは顔が熱くなっていく。
「え。」
カリナは素っ頓狂な声を上げた。
「は……。え?シルフィー?」
カリナは今まで見たこともないような戸惑いの表情をしていた。ようやくシルフィーを認識したカリナは動揺していた。
「え。つ、妻って……。」
「ええ。私には妻がいますから。」
ルークとシルフィーを交互に見て、カリナは何かを閃いたように笑顔になった。
「あ、ああ!そう!そういうことねぇ!私ったら!ルーク様の奥様がシルフィーだと思っちゃったぁ。」
「こら!!そこの女子生徒!!勝手に入るなと言っておるだろうが!」
ラビがようやく追いついてやってきた。ラビに見つかったカリナは肩を窄めてため息をついた。
カリナはシルフィーを見て鼻で笑った。
「これで二回目じゃろ!いい加減にせぃ!」
「はぁい。」
カリナがちらりとシルフィーへ視線を移した。
「シルフィーがルーク様の妻だなんて、ルーク様に失礼でしたわぁ。」
シルフィーは胸を痛めた。
そう。
カリナの言う通りだ。
カリナは可愛い。
ルークと並んでいると絵になる。
けれど、シルフィーがルークの横にいても気付かれることもない。
ーー私も可愛くもならなくちゃ。
ルークの後ろで、シルフィーはぎゅっと拳を握りしめた。




