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20.恋愛と友情

 日が沈み始め、図書室が赤く染まっている。窓の外には、和気あいあいと話しながら歩く生徒の姿を多く見かける。その光景にシルフィーはもうすぐ下校時刻だと気付いた。

 シルフィーは自分の手の中の魔導書グリモワールに視線を落として、嬉しそうに笑った。今日の整理を早く終わらせて、この本を読みたい気持ちでいっぱいだ。


ーーそう言えば……。


 昔も誰かにこうやって本を貸し借りしていた記憶がある。

 それはヒューズだったか、それとも別の人だったか。


「シルフィー!整理を始めるぞ!早くこーい!」


 記憶を探っていると、ラビの声が聞こえてきた。

 シルフィーは慌てて鞄のそばに魔導書グリモワールを置いて、ラビ達のもとに戻っていった。


 三人はそれぞれ手分けして図書の整理を行っていた。シルフィーは人目につかない奥の方を担当していた。ルークがかなり渋ったが、ラビから怒られてシルフィーとは別の場所を整理させられていた。

 シルフィーが担当している場所は、研究室を与えられるような勉強熱心な一握りの生徒が利用するような専門的な図書ばかり置いてあった。


ーーこの辺りは専門的な学問書ばっかりだな。


分厚くて生徒たちにはなかなかにハードルが高い見た目をしている。まだまだ多くの図書が平積みされていてごちゃごちゃしている。

 シルフィーはため息をついて、一番手前にあった本に手を伸ばした。

 その時だった。


「シルフィー。」


 甘えた声で名前を呼ばれ、全身に鳥肌が立った。

 恐る恐る振り返ると、会いたくなかった人物がそこには立っていた。


「カリナ……。どうしてここに……。」


 手足が震える。

 もう二度と会いたくないと思っていた人物。

 だが、この前よりも怖くはない。

 シルフィーは大きく深呼吸して、気持ちを落ち着かせた。クリスティーナから庇ってもらった時のことを思い出し、勇気を出してカリナと向き合った。


「別にぃ。私の研究のために図書室に来ただけよぉ。」


そう言いながら、カリナは平積みされていた一冊の本を手に取る。一緒にいて、カリナが本を読む姿なんて、初めて見たかもしれない。


「図書室はまだ開いてないわ。ラビさんの許可は取ったの?」

「あらぁ。そうだったのねぇ。」


そして本を投げるように乱暴に置いた。


「許可は取ってないわぁ。」

「……じゃあ残念だけど、出て行ってくれない?」

「えぇ。つれないわねぇ、シルフィーったら。」


カリナはゆっくりとシルフィーに近寄ってきた。そして耳打ちするように話しかけてきた。


「ねえ。ヒューズなんだけどぉ、シルフィーに返してあげるぅ。」

「え?」


シルフィーは耳を疑った。


「カリナ、あなた……何言ってるの?」

「私ねぇ、シルフィーと仲直りしたいのぉ。だからヒューズとは別れようと思うのぉ。」


 シルフィーはゾッとした。

 カリナが何を言っているのか、とても理解できない。平然とそんな提案をしてくるカリナには、本当に恐怖を感じる。


「シルフィー、どぅしたのぉ?」


カリナはキョトンとした表情で首を傾げて見せた。


「どうしたも何も……ヒューズのこと、好きなんじゃなかったの?」

「ふふっ。私はぁ、恋愛よりも友情の方が大切だなぁ、て思っただけよぉ。」


 うそつき。

 シルフィーはそう思った。

 本当に友情が大切なら、シルフィーからヒューズを奪う前に気付くタイミングはいくらだってあったはずだ。


「ねぇ、なかなおりしましょ?」


 カリナは、シルフィーに擦り寄るように手を握って可愛らしく上目遣いをしてくる。

 気持ち悪い、と思った。

 コロコロと態度を変えて、シルフィーにまで可愛こぶってくるカリナに言葉にできない嫌悪感が溢れてくる。

 断りたい。

 追い返したい。

 目の前から消えてほしい。

 関わりたくない。

 色んな感情が溢れてくるのに、言葉にする勇気はない。

 カリナはシルフィーの気持ちなんて気にせず、手をぎゅっと握りしめてくる。まるで、逃がさないと言われているようで、シルフィーはまたさらに身の毛がよだつ思いだった。


「シルフィー!こっちの整理終わったよ!」


 その時だった。


 シルフィーのカリナの間に流れる不穏な空気に不似合いな明るいルークの声が響いた。

 ルークはいつものようにシルフィーに抱きつこうとしていたが、別の人がいるのに気付き、ぴたりと動きを止めた。

 嫌そうに表情を歪めたシルフィーと、シルフィーの手を握るカリナ。

 二人の様子を見たルークは、ふっと表情を消した。


「え……?うそ嘘。ルーク生徒会長?」


ルークの姿にカリナは驚いていた。シルフィーから手を離し、頬をほんのりと赤く染めて、おどおどしている。

 それはまるで、恋する乙女のような素振りであった。


「あのぉ、初めましてぇ。」

「ああ。初めまして、カリナ=グリッド様。」

「私の名前……。」

「勿論、存じております。生徒会長ですから。」

「まあ、嬉しいですわぁ。」


見事なまでの変わり身である。カリナの視界には最早シルフィーなんて写っていない。


「ところで何をしていたのですか?」

「研究に必要な資料を探しに来たらぁ、まだ開いてないってシルフィーに注意されちゃったんですぅ。研究にどうしても必要なの、てシルフィーにお願いしてたところなのぉ。」


息をするように嘘つく姿に、シルフィーは言葉も出ない。


「そうだったんですね。」

「ねぇ、ルーク生徒会長。どうしてもダメですかぁ?」


するりとルークに腕を絡ませて、おねだりする。その様子に、シルフィーはチクリと胸が痛んだ。

 ルークに触れて欲しくない。

 媚びた態度をルークにしないで欲しい。

 シルフィーはむすっとした表情で様子を伺っていた。


「ダメですね。一人の生徒を贔屓する事はできませんから。」


 ルークは表情を変えずに、あっさりと答えた。自然な動きでカリナの腕から手を抜いて、距離を取る。

 カリナはなんとか居残ろうと口を開きかけたが、ルークのきっぱりした態度に肩を落とした。


「今日は帰りますぅ。」


カリナはシルフィーの方をみて、不敵な笑みを浮かべた。


「じゃねぇ、シルフィー。またね(・・・)ぇ。」


帰り際にルークに熱い視線を送りながら、カリナは嵐のように去って行ったのだった。




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