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19.魔王の復讐計画

 アランとの用事を済ませたルークは、豪華な生徒会長室で書類に目を通していた。

 ルーク一人で過ごすこの部屋は普段通り静かで、パラリと書類をめくる音が響く。最近はシルフィーにつきまとって図書室に入り浸っていたルークだが、シルフィーが帰った後は生徒会長としての仕事をしていた。この時期、生徒会の仕事は多忙を極めていたので、ルークは隙を見つけては仕事をこなしていたのである。

 もう日も暮れて、星が散らばり始めた空を窓から見上げていた。アランという恋愛相談相手を見つけ、これからどうしようかと思案する。

 そんな時、会長室の扉がノックされた。


「失礼しまーす。」


明るいゼノの声が、静かな部屋に響いた。ノックの返事も聞かずに生徒会長室の扉を開けて入ってくるゼノに、ルークはクスリと笑った。

 生徒会長室にあまり人が寄り付かないというのに、このゼノは全く気にしていない。ルークもゼノのことを待っていたようで、右手を差し出した。


「ゼノ。」

「ああ。言われていた資料、揃ったぜ。」

「早かったね。」


 遅かったら色々言うだろ。

 そう思ったものの、ゼノは口にはしなかった。そして何も言わずにルークに資料を渡した。言われなければ気付かなかったが、調べてみるといとも簡単にいろいろな証拠が出てきた。

 言い逃れようのない証拠を集め、あとは生徒会長権限で鉄槌を下すだけ。

 ゼノが揃えた書類を、ルークは満足げに見つめた。


「へえ。いいじゃないか。」

「ありがとうございまーす。」


 ゼノも誇らしげに笑った。

 ルークは書類を見ながら、ニヤニヤと何かを考えていた。その笑顔はシルフィーに見せるような優しさなど一欠片もない。


「あとはいつやるか、かな。」

「え。すぐにしないのか?」


すぐにでもかたをつけると思っていたゼノは驚いた。しかしルークはにっこりと笑うだけ。


「それじゃまだまだだよ。」


ただ鉄槌を下すだけでは物足りないのか、ルークの笑顔は底が見えず、思わず身震いしてしまう。


「シルフィーを苦しめた罰は、それだけじゃ足りない。もう二度とそんな気を起こさないような形でやりたいな」


 魔王と恐れられるルークの奥方であるシルフィー。

 人見知りで引っ込み思案な彼女は、ルークの心をとらえて離さない。かの有名なハットン魔法伯爵のご令嬢でルークと昔からの知り合いだったからと言って、ルークがここまで執心するのが、ゼノは不思議だった。

 だが友人としてルークにも人間らしい一面があることはとても嬉しく感じる。


ーーシルフィー嬢には申し訳ないけど、このままルークと上手くいってくれれば、いいな。


 でなければ、ルークが本当に魔王になってしまいそうなのだ。

 ゼノは非力で引っ込み思案なシルフィーに期待するしかできなかった。




◆◆◆




 優秀な生徒に与えられる研究室は、学園の教師達の個室と同じフロアに用意されていた。もとより研究室を与えられる生徒は片手で足りるくらいしかいない。優秀な研究成果を上げ続けなければ、研究室は取り上げられてしまうのだ。

 そんな研究室の一室を与えられたカリナは荒れに荒れていた。


「何よ!!」


 カリナは焦っていた。

 シルフィーの研究結果を横取りしていたからこそ、カリナはこの研究室を手に入れることができたのだ。しかし、そのシルフィーとは新年度になってからほとんど会えていない。シルフィーがハットン家の秘術を使って全力で避けているのだから当然だ。そして避けるのだって、カリナが原因なのだから自業自得なのだが、カリナは全部シルフィーのせいだと思っていた。

 早くシルフィーの研究を手に入れなければ、この研究室を取り上げられてしまう。

 そのシルフィーをようやく先日見かけたというのに、クリスティーナから遮られて上手くいかなった。


「なんなのよ!!」


 悔しい。

 シルフィーだけなら、あの場は上手くいったはずなのだ。クリスティーナの邪魔さえ入らなければ。

 そう思うと、本当に忌々しい。

 カリナ一人で優秀な成績をおさめるなんて、到底無理な話だ。なんせテストだって平均レベルで、何かに突出した分野があるわけでも無い。全部シルフィーのおこぼれなのだから。


 洒落っ気は全くなくて、勉強だけの野暮ったいシルフィー。そんな彼女が研究室をもらえるなんて、狡いと思ったのだ。

 シルフィーより自分の方が優れているのに、シルフィーにあって自分にないものがある事が許せなかった。


 だから研究室を横取りした。

 そして婚約者も奪った。


 カリナはため息をついた。シルフィーから奪ったヒューズは、この国の七公爵家の一角であるファーブラ公爵子息である。ルークと同じ公爵家の子息であるものの、ヒューズにはそれくらいしか取り柄がなかった。見た目も普通、勉強もそこそこ、魔力が特別高いわけでもない。


ーーヒューズを奪ったのは早まったかしらぁ。


同じ七公爵家の子息ならば、ルークを狙った方がうんと自慢になる。


 カリナは深呼吸した。


ーーもう、ヒューズはいらないなぁ。


 地位だけなヒューズなんて、カリナにはふさわしくない。


ーー私にはもっと……。地位だけじゃなくて、頭も良くて魔力も高くて、そしてもっともおっと、カッコよくなきゃ……。そうねえ。ルーク様のような方こそ、私に似合うわよねぇ。


 カリナはにやりと笑った。

 どうやってルークを落とそうかとにやにや笑いながら考える。

 そんな時、研究室の扉がノックされ、扉が開いた。

 ひょっこりと顔を見せたのは、ヒューズであった。ヒューズはいつも通り、優しそうな笑顔を見せて研究室に入ってくる。


「カリナ、調子はどうだい?」

「ヒューズ。」

「最近、ちょっと思い詰めてるんじゃないか?少しは休みも必要だよ。」


 優しい優しいヒューズ。

 シルフィーにお似合いの穏やかで牧歌的な人物だ。貴族社会の腹黒さを感じさせない雰囲気はさぞかしシルフィーと合った事だろう。

 カリナから見ても穏やかに談笑する二人はとてもお似合いだった。

 嗚呼、愚かなヒューズ。

 何故、カリナを選んでしまったのか。

 シルフィーはそれだけで満足しても、カリナは優しいだけの穏やか男じゃ満足しない。


「ねえ、ヒューズ。」

「なんだい?」


にっこりと微笑むヒューズは、カリナに何の疑いも持っていないようである。


「私最近ね、別の人にすごくドキドキするのぉ。」


カリナは天気の話をするかのように言い出した。ほんの数ヶ月前にシルフィーと婚約破棄して選んだカリナにまさかそんな事を言われるとは、ヒューズは思いもしていなかった。


「え?」


あんなに「愛している」と頬を染めて迫ってきたのに、今その熱い視線はヒューズには向いていない。

うっとりした表情で、遠くを見つめている。


「これってぇ、きっと恋、だと思うのぉ。」

「カ、カリナ!?」


ヒューズは焦った。


「ごめんなさぁい。」


カリナは悪びれもせずにっこりと妖艶に微笑んだ。


「ヒューズ、さよならしましょぉ。」




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