16.憧れ
アランの試合はこれから始まるところだった。
会場ではすでに何組かの試合が終わっていて、喜ぶ者もいれば悔しがる者もいた。その様子がこれから試合を控えている者たちにさらに緊張感を与えていた。
そんな中、アランは一見非常に落ち着いて見えた。むしろ向かいに控えている対戦相手の方が緊張しているように見える。どうやら新入生のようだ。
審判の合図でアランは剣を構えた。そこにはあの剣があった。
「あ……!あの剣は……。」
誰もが重くて持ち上げられなかった剣。アランはクリスティーナがくれた剣を持って挑んでいた。重くて誰にも扱えなかった剣は、アランの手にしっくり馴染んでいるように見える。
「アラン様……っ!」
クリスティーナの目にはじんわりと涙が滲んでいる。そんなクリスティーナに、シルフィーは心がほっこりとした。
そしてアランから感じる凄まじい魔力がどうしても気になってしまう。
ーーすごい魔力。
魔法に長けたシルフィーは、アランの持つ剣の魔力量に驚いていた。クリスティーナやアランの魔力よりも多いその魔剣。想像以上の魔力を込めることが出来るのは、あの魔導書『石に刺さった剣』のおかげなのだろう。
ーーもっと知りたい……。
ラビから話を聞いた時から興味はあった。けれど魔導書の凄まじさを目の当たりにしてしまったら、魔法好きとしては見逃せない。
何としてもクリスティーナから『石に刺さった剣』を返却してもらい、研究したい。
そんなことで頭がいっぱいだった。
シルフィーが魔導書に夢中になっていると「わあぁ!」という歓声が起きた。
はっとしてアランの方を見ると、アランが剣を掲げて笑っていた。その様子からアランが勝ったのだとわかった。シルフィーも自然と笑顔になり、クリスティーナの方を見た。
「すごいです、すごいですよ!クリスティーナ様!」
クリスティーナも目に涙を溜めている。
「はい……っ!はい!アラン様はすごいです。」
一戦目はアランが一撃で勝った。相手が新入生であったとは言え、あっという間の展開に周囲は湧きあがった。
けれど、まだ一勝。
決して油断は出来ない。
それでもクリスティーナは喜びに溢れていた。ただじっとアランを見つめている。その視線に気付いたのか、アランもこちらの方を向いた。
遠すぎて二人の言葉は届かない。
言葉はなくても見つめ合う二人は通じ合っている。
見つめ合う二人は離れていても二人の世界に入り込んでいた。
そんな二人の様子に、シルフィーはきゅんと胸を高鳴らせた。
ーー素敵だな。
シルフィーは二人を暖かく見守っているのだった。
◆◆◆
「順調みたいだね。」
「ルーク。」
試合は順調に進み、2戦終わったところでアランは全勝していた。休憩中のアランをクリスティーナは必死に見守っていた。
そんないじらしい姿に、つい笑みが溢れる。
シルフィーはクリスティーナを見守っていた。
すると、挨拶回りが終わったらしいルークが戻ってきた。当然のようにシルフィーにぴったりとくっついて横に座った。
「あの剣、かなり強い魔法がかかってるね?」
アランの剣を見て、ルークが首を傾げた。
「うん。すごい魔剣になってる。魔導書のせいだと思うけど。」
それはシルフィーも気になっていた。
魔力を物に込める時、普通は術者の魔力以上は込めることが出来ない。なのにあの剣にはクリスティーナの魔力以上の力がこもっている。シルフィーでもあそこまでの魔剣を作るのは難しいだろう。これが『石に刺さった剣』の力なのだとしたら、とてつもない事である。
「じゃあ魔導書はクリスティーナ嬢の想いに反応してるって事かもしれないね。」
ルークの言葉に、シルフィーも頷いた。
想いに反応して物凄い魔力がこもっているのだとしたら、あの魔剣の強さはまさにクリスティーナの想いが詰まったロマンチックな剣である。
アランが勝ち進むのだって、納得してしまう。
「素敵だね。」
互いに想い合うクリスティーナとアラン。
そんな二人の姿を見て、シルフィーはクスリと笑った。
「シルフィー?」
そんなシルフィーにルークは首を傾げた。
優しい笑顔のシルフィーに、ほんのりと頬を染めて見惚れてしまっている。
「アラン様を想うクリスティーナ様も、クリスティーナ様を想いアラン様も。なんか憧れるなぁ、て。」
目を輝かせて優しく二人を見守るシルフィーは、とても可愛らしいが、ルークはいささか不満であった。
「俺じゃ不満?」
「え?」
「俺だって、誰よりもシルフィーを想ってるよ?」
ルークはむっと顔をしかめて拗ねた。子供っぽいその様子に、シルフィーはきゅんと胸をときめかせた。
「ありがとう、ルーク。」
そう言ってルークを頭を優しく撫でてあげる。すると、ルークはくすぐったそうに笑った。
ーーこれは本当にかりそめ夫婦の会話なのかな?
そう思うほど甘いやりとりに、シルフィーは恥ずかしくなった。だけど、この時間は終わってほしくない。
今はただ、嬉しそうなルークの笑顔を見ているだけで満たされていった。




