15.魔王の花嫁
模擬戦当日。
クリスティーナに誘われて、シルフィーは模擬戦の会場に来ていた。
騎士クラブにはかなりの人が在籍しているようで、一日かけて模擬戦が行われるようである。見学席では多くのクラブメイトが大声で声援を送っていた。ちらほらと女性の姿も見えるが、ほとんどは男性であった。しかも鍛え抜かれた体格をしたムキムキの男性である。
そのため、女性が一人で見学に行くとかなり浮いてしまう。
シルフィーはクリスティーナに頼まれて、模擬戦の会場に来ていた。
「シルフィー様、今日は付いてきていただいて、ありがとうございます。」
「いえ……わ、私も誘ってもらえて嬉しいです。」
人混みも苦手なシルフィーは少し落ち着かない気持ちだったが、クリスティーナと一緒ならば、と思えた。
それともう一人。
シルフィーについてきた人物がいた。
「あの、シルフィー様。後ろにいらっしゃるのは……生徒会長様ではありませんか?」
「あ。はい。」
言わずもがなルークである。
シルフィーにぴったりと寄り添い、愛おしそうにシルフィーを見つめている。意外な人物に、クリスティーナは戸惑いを隠せなかった。
「はじめまして、クリスティーナ嬢。ルーク=イエガーと言います。」
「お噂はかねがね。私はクリスティーナ=バーバルと申します。」
「今日はシルフィーから女性二人で見学に行くと伺ったものですから、余計なお世話でしょうが、付き添いさせてください。」
「いえ。ありがたいですわ。」
クリスティーナはチラリとシルフィーに視線を移した。恋人のように甘い態度のルークと、それを平然と受け入れているシルフィー。シルフィーも少し恥ずかしそうだが、嫌がっているようには見えない。
仲睦まじい二人だが、シルフィーとルークの接点が検討もつかない。
「お、お二人は仲が良かったのですね。」
「あ、あのですね!クリスティーナ様。ルークとは幼馴染みなんです!」
「そ、そうだったんですのね。………………意外ですわ。」
とてもそうは見えない。
しかし二人の様子から知り合いで仲が良いのはよく伝わった。
「シルフィー、俺は少し挨拶して回ってくるよ。大人しく席に着いて待っててね。」
「ルーク、過保護すぎるよ。私の保護者みたい。」
「違うよ。俺はシルフィーの守護者だよ。」
「?守護者?どういうこと?」
そして甘い。
けれど悲しいくらいシルフィーには伝わっていない。
ルークも苦笑しつつ、名残惜しそうにこの場を離れていった。そんなルークを見送り、見えなくなったあたりで、クリスティーナは口を開いた。
「シルフィー様?」
「どうしました?」
「あの……えっと……何と申しますか……その。」
触れてはいけない気がする。
けれど、このまま聞かないのも何だかむず痒い。
「本当にただの幼馴染みなんですか?」
「ひぇ!そ、そそ、そうですよ!?」
シルフィーは顔を真っ赤にしている。
「そ、それから……、」
「それから?」
シルフィーはきゅっと目をつぶって、話してくれた。
「私の、その、だ、だだ旦那様…………なのです。」
「まあ。そうでしたの。」
魔王の花嫁。
学園中で様々な噂が飛び交っている中、結局謎に包まれたままだった存在。それがシルフィーだとはクリスティーナは思いもしなかった。動揺せずに平静を装って答えられた自分をクリスティーナは褒めてほしいと思った。
今も顔を真っ赤にしておどおどしているシルフィーはとても可愛らしいが、是非とも魔王との馴れ初めなどを詳しく教えてほしい。
聞いても良いものか迷っていると、シルフィーが先に口を開いた。
「ほ、ほら!早く応援に行きましょう!」
「そうですわね。」
結局聞きそびれてしまった。
シルフィーとルークの様子から、シルフィーが脅されていると言うわけではないだろう。それがわかるだけでも、とりあえずは良いか、とクリスティーナは思った。
ーー魔王と言われるルーク様もあんな風に笑うんですね。
無表情で冷静に人々に接するルークは、ロボットのような機械的な印象も受けてしまう。だから優しく愛おしそうに見つめる姿が想像できなかった。
逃げるように慌てて会場に向かうシルフィーの後ろ姿を見つめながら、満更でもないシルフィーの様子と、それを楽しんでいるルークの笑顔を思い出した。
クリスティーナは優しく微笑んで、シルフィーの後を追った。
模擬戦の会場はさすがに熱気と緊張感に包まれていた。
見学の席に座り、じっと会場の様子を見渡す。会場では同時に何組もの試合が行われていた。シルフィーとクリスティーナはその中からアランの姿を必死に探した。
「あ。アラン様いました!」
シルフィーはアランを見つけるとその方向を指を刺して、クリスティーナに知らせた。
「……。」
「クリスティーナ様?」
クリスティーナは唇をきゅっと噛み締めて、手を震わせていた。黙り込んで俯く様子はクリスティーナらしくない。シルフィーは急に不安になった。
「シルフィー様、どうしましょう。」
顔を上げてると、クリスティーナは今にも泣き出しそうな表情をしていた。
「緊張しますわ。」
クリスティーナは、それでもアランをじっと見つめている。
「クリスティーナ様……。」
必死にアランを見つめるクリスティーナの姿はなんとも意地らしくて、可愛らしかった。
「クリスティーナ様、可愛いです。」
「え!?どうしましたの!?突然!!」
シルフィーはついポロリと声に出してしまった。クリスティーナは顔を赤くして慌て始めた。突然脈絡もなく「可愛い」と言われ、さすがのクリスティーナも驚いてしまった。
しかし、そんな姿がまたさらに可愛い。
「いえ。恋するクリスティーナ様は本当に可愛いな、て。ふふ。」
クスクスと笑うシルフィーに、クリスティーナも何も言えない。ただただ恥ずかしくて、両手を頬を包み込んだ。
「シルフィー様の言葉は本当に素直で恥ずかしいですわ」
あの魔王の笑顔を引き出すシルフィー。
魔王が惹かれるのも、クリスティーナにはなんとなくわかる気がした。




