14.前日
クリスティーナの恋人は、フェアリアル学園の四年生アラン=テネブライという伯爵家の三男である。クリスティーナが代々勇敢な騎士を輩出する伯爵家の一人娘であるため、結婚後はアランが婿入りしてバーバル家を継ぐ事になる。そのためアランは騎士クラブに入り、騎士を目指して切磋琢磨していた。騎士クラブの中では優しく真面目な人物だと評判である。
そんなアランの学園卒業まであと二年。アランは必死に鍛錬に励んでおり、クリスティーナもそれを見守っていた。
そのアランは、夕暮れ時の薄暗い訓練場で一人剣を振っていた。
明日に控えた模擬戦に向けて最後の調整を行っていたのだ。何度剣を振っても不安は拭えない。焦る気持ちばかりが積もっていって、アランは苦虫を噛み潰したような表情をしていた。
頭をよぎるのはクリスティーナの顔である。
「もっと頑張らないと。」
クリスティーナと結婚するためにも。
アランの必死な様子から、クリスティーナに対する真剣な気持ちは充分伝わってくる。
すでに日がほとんど沈んでいて、空は暗くなり始めている。朱色と紺色が混じった空に、一番星がキラキラと輝いて、夜の訪れを知らせてくれる。
学園は生徒たちがほとんど帰っていて、しんと静まり返っている。そんな中で、アランが剣を振りかざす音はひどく大きく聞こえていた。
夢中に剣を握るアランだったが、穏やかで落ち着いた声に呼ばれ、動きを止めた。
「アラン様。」
アランには聞き慣れたクリスティーナの声であった。
「クリスティーナ!」
クリスティーナを見て、はっと自分の身なりを確認した。服は乱れ、汗だくになっている姿に、アランは顔を赤くした。汗を拭い、少し身なりを整える。
そんなルークにクリスティーナは駆け寄った。朱色の空のせいだろうか、クリスティーナの頬はほんのりと赤く見えた。
さらにクリスティーナの金色の瞳は一番星にも負けないくらいキラキラと輝いている。その瞳に見守られていたのかと思うと、アランは急に恥ずかしくなってさらに顔を赤くした。
「お疲れ様です、アラン様。あの、明日……私、応援しておりますわ。」
「ありがとうクリスティーナ。」
そしてクリスティーナは騎士クラブの奥の部屋へと視線を移した。そこには重すぎて扱えない剣が置いてあるのだ。
「あの剣。結局使えないのですか?」
「すまない。せっかくクリスティーナがくれた剣だったのに。」
「アラン様、あの剣……。」
クリスティーナは俯いた。少しモジモジとして恥ずかしそうにしている。
「実は、その……。お守りを……付けていますの。アラン様が無事合格しますように、と。だから、その、あの……。」
アランは目を丸くした。
まさか自分のためにお守りを用意してくれていたとは思ってもいなかった。自分をこんなにも応援して見守ってくれるいじらしいクリスティーナの様子に、アランは胸がいっぱいになった。
そして、クリスティーナをぎゅっと優しく抱きしめた。
「ありがとう、クリスティーナ。絶対クリスティーナの気持ちに応えてみせる!」
「はい……はいっ!」
アランの優しい抱擁に、クリスティーナは幸せでいっぱいになっていく。この時間が続いてほしいと、心から思った。
クリスティーナもアランを抱きしめ返した。
そうしてしばらくの間、二人は強く抱きしめあったのだった。
◆◆◆
クリスティーナはほとんど暗くなった廊下を歩いていた。アランと過ごした短い時間がとても幸せでほんのりと頬が熱い。
アランと一緒に帰りたかった。
だが、明日を控えたアランの迷惑になってはいけない。クリスティーナは一足先に帰ることにしたのだ。彼女にはただただ祈るしか出来ないのだった。
「クリスティーナ様。」
「あら。シルフィー様。」
ほとんど学生が帰った学園に、シルフィーが残っていたことにクリスティーナは目を丸くした。そしていそいそと表情を取り繕った。
「明日、アラン様の試験の日ですね。」
「ええ。」
もしかして昼間に相談したことで、シルフィーは気をつかってくれているのだろうかと、クリスティーナは笑みをこぼした。
「私、婚約破棄されたんですけど。」
「え、ええ。」
突然のシルフィーの話題に目をパチクリさせた。シルフィーの婚約破棄は、学園では有名な話で、皆あまり口にはしないが、知らない人の方が少ない。
当然、クリスティーナも知っていた。
「だから恋人を信じろってなかなか言えないんですが、私、クリスティーナ様の気持ちなら届くって信じてます。私はクリスティーナ様のアラン様を想う気持ちを信じてます!」
シルフィーの気持ちがまっすぐクリスティーナの心に刺さった。
「シルフィー様、ありがとうございます。」
嗚呼、なんて可愛らしい令嬢なのだろう。
二人は互いに微笑み合い、明日への祈りを捧げたのだった。




