13.資格を持つ者
授業が始まってもシルフィーは、先程のクリスティーナの姿にひっそりと興奮していた。
凛として穏やかな笑顔を絶やさず、相手を思いやって行動できるクリスティーナ。あの堂々とした態度は、シルフィーには出来ない。同じ歳なのに、シルフィーにないものをたくさん持つクリスティーナが、「これからも仲良くしたい」と言ってくれた。それは単なる社交辞令かもしれない。
けれど、例え社交辞令だとしても、シルフィーはとても嬉しかった。
そんなクリスティーナが魔導書を持っている。事件に魔導書が関係していることは確かだが、クリスティーナが恋人を貶めようとしているとは考えられなかった。
それに、クリスティーナの恋人のことを語る表情は恋する乙女そのものだった。模擬戦を控える恋人を想い、心配し、けれど祈るしか出来ないクリスティーナの表情が忘れられない。
ーーあれ?
シルフィーはふと、ヒューズのことを思い出した。
自分はクリスティーナのようにヒューズを想ったことがあるのだろうか、と思い出してみるが、シルフィーにそんな記憶はどこにもなかった。
ーー私、ヒューズのこと、好きだったのかしら?
一緒に魔法について話して、他愛のない会話をするのが幸せだと思っていた。こうやって年月を重ね、ヒューズと二人で穏やかに人生を過ごすのだと信じていた。
そういう気持ちが、恋心なのだと思っていた。
だが、ヒューズにそんな熱い気持ちを持った記憶がないのだ。
シルフィーはそっとクリスティーナへと視線を移した。
ーーもしあの気持ちが恋じゃなかったら、本当の恋ってどんなものなんだろう?
授業で教えてくれれば、どんなに楽だろう。
そんな事をぼんやり考えていたのだった。
◆◆◆
授業が終わった後、シルフィーは空気のように教室から消えた。クリスティーナとはもっと話してみたかったが、カリナがいる教室ではどうにも落ち着かない。
そうしてシルフィーは再び図書室へと引きこもった。図書室に帰ると、ラビやルーク、そしてゼノが待ってくれていた。
「お。シルフィー戻ってきたな。どうじゃった?」
シルフィーは胸を張って威張って見せた。
「『石に刺さった剣』、ばっちりクリスティーナ様から聞き取って調べてきましたよ。」
「よくやったぞ、シルフィー!」
ラビはぴょんとはねてシルフィーに抱きついた。もふもふの毛並みがとても心地よくて、シルフィーへ幸せな気持ちになった。
ゼノも目をキラキラ輝かせて興奮している。
「シルフィー嬢、ありがとう!」
ゼノの興奮は抱きつきそうな勢いであった。しかしそれを遮るようにルークがいち早くシルフィーに近寄っていった。
「シルフィー、頑張ったね。」
ルークは優しくシルフィーの頭をポンポンと撫でた。とろけるほどに甘い笑顔に、シルフィーは顔が熱くなる。
「えへへ。」
気恥ずかしくて、嬉しくて、照れる気持ちが漏れてしまった。ルークがなでてくれた場所を自分でも撫でて、満足そうに笑う。
「シルフィー、早速教えてくれ!」
もふん、とラビがシルフィーの腕を叩いた。
「は、はい!えっと『石に刺さった剣』は少年が王様になるまでの英雄譚です。」
『石に刺さった剣』
昔々あるところにとアーサーいう名の少年がいた。アーサーは魔法使いのマリンと恋に落ちた。だが家族からマリンとの結婚を反対されていた。そこでアーサーはマリンと幸せになるために国を出る。その途中、マリンの導きによって王となる素質を持つ者にしか抜けない魔剣のある洞窟へとやってきた。
そして、アーサーのその魔剣を見事、抜いてみせたのだ。
その後、アーサーとマリンは力を合わせて数々の苦難を乗り越えて、国を興す。アーサーとマリンは末永く幸せに暮らし、その二人のおかげで国は平和で豊かな国になったのであった。
それが、『石に刺さった剣』の物語であった。
「それと、『石に刺さった剣』からは確かに魔力を感じました。初めて見ますが、あれは普通の本ではないです。」
「じゃあクリスティーナ嬢が持つその本が魔導書で間違いないわけだね。」
「ふむ。そうすると騎士クラブの重すぎる剣は魔剣ということになるのう。」
「え!?じゃあ王様の素質を持つやつが剣を抜けるってこと?王子様連れてくるしかないんスかね。」
ゼノは頭を抱えた。そんな人物、とてもじゃないが見つけられない。ましてこの国の王子様に頼むわけにもいかない。まさに八方塞がりであった。
ラビはチラリとルークを見た。
「もしかしたらルークは抜けるんじゃないのかのう。」
「え?……ああ!魔王様だからっスよね!」
ゼノが楽しそうにそう言ったが、ルークの耳には入っていなかった。何かを考えこんでいて、ラビとゼノの戯言なんて気にしていないのだ。
「もしかしたら……もっと別の条件かもそれませんよ。」
「ルーク、どういう事?」
シルフィーは首を傾げた。
「いや……。クリスティーナ嬢が借りてから魔導書が発動したとなると、クリスティーナ嬢の何かに反応してるんじゃないのかな。そうなるとクリスティーナ嬢は王様の素質があるかどうかなんて求めちゃいないだろうから、もっと別の条件があると思うんだ。」
「ふむ。ルークの言う通りじゃな。」
「ええ?じゃあそれって何なんスか?」
ゼノはさらに頭を抱えた。ラビやルークも考えこんでいる。
シルフィーはクリスティーナの祈るような姿が思い出された。
彼女が望んでいる事、求めている人物なんて、一人しか思いつかなかった。
「クリスティーナ様は、恋してると思います。」
ポツリとこぼしたシルフィーに、みんなの視線が集まった。
「クリスティーナ様と話した時、恋人のことを話してくださったんです。その恋人の話をする時、クリスティーナ様はすごく嬉しそうでした。でも……。」
クリスティーナの恋人を想う姿は、優しさで満ち溢れていた。本当な大切な人を想っているのだと、伝わってきたのだ。
「クリスティーナ様は恋人が心配でたまらないんだと思うんです。」
ゼノは腕を組んだ。どうすればいいのか、検討もつかないという顔をしている。
「じゃあ恋人が無事であることが望みってことか?」
一方、ラビとルークは顔を見合わせた。
「それじゃな。」
「ええ。間違いないでしょうね。」
そして二人で納得しあっている。
「え?どういう事?」
「クリスティーナ嬢は恋人のことで頭がいっぱいなんだろ。」
「つまり魔剣を抜けるのはその恋人ということじゃ。」
魔導書はクリスティーナの気持ちに反応している。
物語の中で、魔剣が王の素質を使い手に求めたように、クリスティーナの求めるモノを魔導書が作り出しているのだとしたら、それはただ一人。
クリスティーナが愛する恋人しかいないのだった。




