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10.作戦

 「ありましたよ。」


 シルフィーが一枚の紙を持って戻ってきた。

 ラビも必死に後ろからついて来ているが、足が短くてどうしても遅い。そんなラビもの歩みにシルフィーが合わせようとゆっくり歩いていたが、それでもラビは駆け足で必死について行っていた。


「今は貸出している本が少ないからな。騎士クラブの者はこの中にいるか?」

「んーと。」


ゼノはシルフィーから紙を受け取り、名前を確認していく。


「あれ?いないなあ?」


 首を傾げて、何度も貸出簿を見返している。

 しかしやはり見当たらないようである。

 ゼノの様子に、ラビも腕を組んで頭を捻った。


「違うのか……?」

「いや待って。」

「ルーク?」


ゼノから紙を取り上げて、ルークが眉間に皺を寄せた。


「この令嬢」


そして一人の令嬢の名前を指差してゼノに見せた。その名前を見て、ゼノは顔をしかめた。


「クリスティーナ=バーバルさんか。」


女性の名前に、シルフィーは首を傾げた。騎士クラブとは関係なさそうな彼女に何の心当たりがあるのだろう。

 ラビはクリスティーナが借りた本を確認した。


「うーん。この本……。『石に刺さった剣(エクスカリバー)』か。」

「ルーク。この方、何かあるの?」

「このバーバル伯爵令嬢は、騎士クラブの部員に恋人がいるんだよ。」

「クリスティーナ=バーバル様の、恋人が騎士クラブに?」


シルフィーが首を傾げると、ゼノが頷いた。

 シルフィーはさっと顔を青くした。


「それって……もしかしたら魔導書(グリモワール)を使って恋人を困らせてるってことですか?」


 ルークとゼノは顔を見合わせて、苦笑した。

 シルフィーは動揺で手が震え始めた。

 婚約者が苦しむことをしようとするなんて、どんな理由があるのだろう。クリスティーナは婚約破棄したくて嫌がらせをしているのだろうか。

 ぐるぐると回る頭で、シルフィーはめまいを覚えた。


「いや、まだこの本を魔導書(グリモワール)だと断定するのは早い。まずはバーバル嬢が借りた本を調べないといかんのう。」

「ラビさんの言う通りだ。彼女の持つ本が魔導書(グリモワール)というのはあくまで憶測だから、決めつけるのは早い。」


 ルークの言葉に、シルフィーは少し胸を撫で下ろした。

 婚約者から裏切られるなんて辛い思いをするのは、自分だけで充分だ。


「でも『石に刺さった剣(エクスカリバー)』って題名だけじゃ、何もわかんねえスね。」

「そうじゃな。剣にまつわる魔法じゃろう、というのはわかるんじゃが……。」


 確か伝説の剣の伝承小説だったと思うが、詳しい内容はわからない。

 皆で頭を悩ませていると、ルークが口を開いた。


「この事件、早く解決した方がいいですね。」

「ああ。そうじゃの。」


 ルークの言葉にラビも頷いた。

 深刻そうなルークの表情に、ゼノとシルフィーは首を傾げた。


魔導書(グリモワール)だと広く知られると必ず悪用する者が現れるものじゃ。そうなる前になるべく内密にこの事件は解決したい。」


 そう。

 まずは魔導書(グリモワール)をどうにかしなければならない。


「じゃあまずはバーバル嬢の借りた本を知らないといけませんね。なんとかしてクリスティーナ様の本を回収するか、せめてその本が本に魔導書(グリモワール)かどうか確認できないですかね。」


 シルフィーが腕を組んで悩んでいると、ルークがじっと見つめてきた。いつもの熱い視線とはまた違う視線に、シルフィーは少し戸惑った。


「ど、どうしたの?ルーク。」

「シルフィー。」

「?」

「クリスティーナ=バーバル伯爵令嬢は二年生なんだけど。」


 シルフィーは目をパチクリさせた。全く知らなかった。ほとんど引きこもって人と関わらないので、クラスメイトの名前も顔もほぼ全員知らない。


「確かシルフィーと同じクラスだよ。」


 何故シルフィーよりもルークの方が詳しいのだろうか。シルフィーは自分が少し惨めな気持ちになった。

 そして少し遅れて、嫌な予感を感じた。

 シルフィーは、ゆっくりとラビへと視線を移した。するとラビはルークと同じような目でこちらを見ている。見なかったことにして、そっとゼノへと視線を移した。

 そして、見なければよかったと後悔した。

 ゼノは期待に満ちた目で、シルフィーを見ていた。そのキラキラと輝く瞳で見つめられると、なんでも許してしまいそうになる。


「シルフィー、クリスティーナさんに探りをいれてくれないか?」


 ルークの甘えるような視線を送ってくる。

 シルフィーには拒むことなんて出来ない。目をぎゅっとつぶってルークから顔を背けた。すると、あの純真無垢なゼノと目が合ってしまった。


「頼むよ!ハットン嬢!騎士クラブのためにも!」


さらに追い討ちで、ラビがもふもふのしっぽをシルフィーの腕に擦り寄らせてゴロゴロと甘えて喉を鳴らした。


「シルフィー、俺からも頼む。やってくれんかのお。」


 ずるい。

 だが知らない人に話しかけて、さらに探りを入れるなんて高度な技、シルフィーには出来る自信なんて皆無であった。


「もし協力してくれたら、図書室にシルフィーの部屋を作るよう検討しよう。」

「やります。」


 ラビの最後のひと押しで、シルフィーは頷いた。

 むしろやる気に満ちている。一回頑張ったら、いろんな言い訳しなくても、この図書室に引きこもれるわけである。

 やるしかない、とシルフィーは思った。

 そんなやる気に満ちたシルフィーを見守りながら、ルークはこっそりとラビに話しかけた。


「いいんですか?ラビさん。」

「ん?検討するだけなら別にいいだろ。」


 ラビは、ケロッとそう言い切った。

 まるで考えるだけで部屋を作るつもりは皆無のようである。


「……。ラビさん、シルフィーは泣き喚きますよ、きっと。」

「はは。その時は図書室から追い出すさ。」


 ラビは不敵な笑みを浮かべた。その笑顔は、魔王も引くくらい腹黒い笑顔であった。


「図書室では静かにしないといけないからのお。」


 知恵の妖精・ラビ。

 魔王ルーク同様、可愛らしいこの猫型妖精もまた、腹に一物ある妖精なのであった。




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