前向き思考
季節は幾度も巡り、俺、東条龍弥は三歳になった。
あのスマホ検索事件以来、俺はこの歪な世界の現実を受け入れることに決めた。
男が希少? 絶滅危惧種?
結構なことじゃないか。
前世ではモテない一般男性として一生を終えた俺だ。
それが今世では、生まれた瞬間から国家プロジェクト級のVIP扱い。
黙っていても女性が群がってくる状況、これをハーレムと呼ばずして何と呼ぶ。
『男として生まれただけで勝ち組』
そんな不純な動機でもなければ、この過保護すぎる環境で自我を保つことなんてできなかっただろう。
ただ、一つ失敗したことがある。
「ねえ母さん、今日の夕飯の献立だけど栄養バランスを考えて野菜多めにしてくれないかな」
うっかり口を滑らせたのは二歳の誕生日直後だった。
その時の母さんの顔といったら。
目玉が飛び出るんじゃないかと思うほど驚愕し、持っていたコーヒーカップを取り落としたのだ。
桜さんに至っては、一瞬にして臨戦態勢に入り、部屋に盗聴器が仕掛けられていないか探し始める始末。
「天才児……! うちの子は天才だわ!」
と、狂喜乱舞する母さんと、
「不審者の声を真似た可能性も……」
と、ブツブツ呟く桜さんを見て、俺は悟った。
やりすぎは禁物だ。
それ以来、俺は「ママ、おやさいたべたいなー」くらいの、年相応(より少し賢いくらい)の演技を徹底している。
そして今日。
ついにその日がやってきた。
「龍弥、本当に行くの? やっぱりママとずっとお家にいようよぉ」
「母さん……もう5回目だよ……」
玄関先で母さんが俺のリュックを掴んで離さない。
今日から俺は『聖マリアンナ幼稚園』に通うことになったのだ。
俺としては、箱入り息子のまま一生を終えるのかと危惧していただけに、外の世界に出られるのは朗報だった。
どうやらこの世界では、希少な男性であろうとも義務教育課程による社会性の育成が法律で義務付けられているらしい。
「男はただの種馬ではない、社会の一員である」という政府の方針なのだろうか。意外とまともだ。
「ママ、だいじょうぶだよ。ボク、おともだちたくさんつくりたいの」
俺は精一杯の幼児スマイルで母を説得する。
この笑顔一つで、母さんは腰砕けになるのだからチョロいもんだ。
「うぅ……龍弥がこんなに立派なことを言うなんて……! でも心配だわ、外には危険がいっぱいなのよ? 悪い虫がついたらどうするの!」
悪い虫って、男のことじゃなくて女のことだろうな、この世界の場合。
「ご安心ください、奥様」
ビシッとしたスーツ姿の桜さんが、俺の隣に並び立つ。
いつものメイド服ではない。今日はカチッとしたパンツスーツに身を包み、インカムを装着している。
まるでSPだ。いや、事実上のSPなのだが。
「私が龍弥様から片時も離れません。トイレの中まで同行する所存です」
「えっ、トイレも?」
俺は思わず聞き返してしまった。
さすがに幼稚園のトイレまでついてこられるのは勘弁してほしい。
「当然です。排泄中は無防備になりますから。それに、幼稚園のトイレは個室とはいえ、何が起きるか分かりませんので」
桜さんは真顔だ。冗談を言っている雰囲気は微塵もない。
俺は軽く眩暈を覚えた。
まあいい、まずは外に出ることが先決だ。
「彩ちゃんがついててくれるなら、少しは安心ね……。いい? 彩ちゃん、龍弥に指一本でも触れようとする不届き者がいたら、その場で制圧していいから」
「了解いたしました。実弾の使用許可も申請済みです」
「じつだん!?」
俺は思わず大声を出してしまった。
「あ、あのね! みんなとなかよくしたいから、てっぽうはダメだよ!」
「……龍弥様がおっしゃるなら。では、ゴム弾にしておきます」
「そういう問題じゃなくて……」
前途多難だ。
俺の幼稚園デビューは、血と硝煙の匂いがしそうで怖い。
それでも、俺は小さなスニーカーに足を突っ込み、一歩を踏み出した。
外には相変わらずの装甲車が待機している。
だが今日は違う。
この車に乗って向かう先には、同年代の子供たちがいるはずだ。
クラスメイトは全員女子だろう。
幼稚園児相手にハーレムも何もないが、少なくともこの閉塞した家から出られる開放感に、俺の足取りは軽かった。




