古典漫画ブーム
季節が巡り、俺たちの関係は「ライバル」という枠組みを超え、もっと親密で温かなものへと変化していた。
今や休み時間になると、俺の席の周りには自然と静と西園寺さんが集まってくる。
殺伐とした勝負事は鳴りを潜め、代わりに他愛のないお喋りや遊びが中心になっていた。
静と西園寺さんの相性も意外に良く、おっとりした静と、強気な西園寺さんは、まるで姉妹か漫才コンビのように噛み合っていた。
「ねえ、たつやくん。一緒に漫画読まない?」
「ああいいぞ」
俺たちはタブレットを囲んで、不朽の名作バトル漫画を読んでいた。
静は漫画という媒体にすっかり魅了されていた。
活字だけの本とは違う、絵と擬音によるダイナミックな表現が、静かな内面に眠っていた情熱に火をつけたらしい。
最近では、キャラクターになりきった「ごっこ遊び」も俺たちのブームだ。
「じゃあ、わたしはフリーザね」
「えっ、静ちゃんが悪役やるの?」
「うん。……『わたしの戦闘力は53万です』」
静が無表情のまま、低い声を出してセリフを読み上げる。
そのギャップが可愛すぎて、俺は危うく萌え死ぬところだった。
「くっ……強い! 勝てない!」と俺がオーバーリアクションで吹き飛ぶと、静は嬉しそうにクスクスと笑う。
そんな俺たちの輪に、意外な人物が加わってきた。
「……何ですの、それ。タブレットに表示されてる絵ばかりで文字が少ない……漫画、ですの?」
西園寺さんが興味深そうに、しかし少し警戒した様子で覗き込んできた。
厳格な西園寺家では、漫画やゲームといった娯楽は「俗悪なもの」として遠ざけられてきたらしい。
恐らく西園寺さんとって、漫画は未知の領域だ。
「読んでみる? 面白いよ」
「ふん、わたくしには高尚な文学の方が……まあ、東条さんがそこまで言うなら、見てあげなくもありませんわ」
ツンデレ全開でタブレットを受け取ったが、数分後にはその表情が一変していた。
「な……何ですのこれ!? 主人公が死んでしまいましたわ!? えっ、生き返る!? ご都合主義ですわーっ!」
「ちょ、西園寺さん、声が大きい」
「でもっ! この友情パワーは……悔しいけど、感動的ですわ……!」
ページをめくる指が止まらない。
食い入るように画面を見つめ、時には「そこ! 避けなさい!」と叫び、時にはハンカチで涙を拭う。
英才教育の反動だろうか、漫画への没頭ぶりは静以上だった。
乾いたスポンジが水を吸うように「娯楽」という快楽を貪り始めている。
それからというもの、俺たちは三人で「漫画研究会」のような状態になった。
俺が前世の記憶を頼りに名作をピックアップし、二人に布教する。
『海賊王になる話』『バスケがしたい話』『探偵が小さくなる話』……等々。
ジャンルは多岐にわたるが、二人とも目を輝かせて読んでくれた。
だが、ある日、西園寺さんがふと不思議そうな顔で俺を見た。
「ねえ、東条さん。不思議なんですけど」
「ん? どうしたの」
「あなたが紹介してくれる漫画って、どうしてこう……『古臭い』ものばかりなんですの?」
ギクリ。
鋭い……
西園寺さんは画面の端に表示された発行年を指差した。
「これなんて百年以上前の作品ですわよ? それに、絵柄も今の流行りとは全然違いますし。普通、今の小学生なら最新のアニメとか、流行りのバーチャルコミックを見るものではなくって?」
その通りだ。
未来の小学生が、昭和や平成の漫画ばかり読んでいるのは明らかに不自然だ。
俺にとっては「懐かしの名作」でも、他の子たちにとっては「歴史的資料」レベルの古典なのだから。
俺は冷や汗を流しながら、必死に言い訳を考えた。
「あー、えっと……それは、あれだよ! 温故知新! 古いものには、時代を超えた良さがあるんだよ! ほら、クラシック音楽だって何百年も前の曲を聴くじゃない? それと同じさ!」
「クラシックと漫画を一緒になさるの……?」
「そう! 名作っていうのは、いつの時代も色褪せないんだ。ボクはそういう『本物』をみんなに知ってほしくて……」
俺が熱弁を振るうと、西園寺さんは少し呆れたように、でも納得したように頷いた。
「まあ、確かに面白いのは事実ですわね。あなたの感性が少々ジジくさ……いえ、渋いというのは分かりましたわ」
「ジジくさいって言わなかった!?」
「ふふ、でもおかげで楽しいですわ。わたくし、こんな世界があるなんて知りませんでしたもの。ありがとう、龍弥さん」
西園寺さんが、ふと名前で呼んでくれた。
その笑顔は、お嬢様の仮面を脱いだ、年相応の少女のものだった。
隣では静も「わたしも、しらない世界をおしえてくれて、ありがとう」と微笑んでいる。
俺は胸が温かくなるのを感じた。
前世の知識が、こんな風に役に立つなんて。
そして、かつての「男尊女卑」や「嫉妬」に塗れた教室で、こうして心から笑い合える仲間ができたことが、何よりも嬉しかった。
俺たちの「古典漫画ブーム」は、まだまだ続きそうだ。




