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いばら姫がやらかした夜

 陽だまり窓際書庫にて眠るは、ネズミ番のお役目担った七匹の猫。ヒソヒソ囁くは周りの大人。


「何でもローゼリア様からのお願いだとか」


「陛下も甘い故、調べもせずに言いなりではないか」


「まことまこと。何処から潜り込んだか分からぬのに、そうそう!聞いたか?」


 声を更に潜める。何を?不穏を誘うソレに、好奇心がムクリと頭をもたげ、ヒソリと寄り付く。


「ローゼリア様は……、」


 キョロと周囲を伺った後で、近う……、額を寄せ陰気を込めて話す大人の姿。


「猫とお話をするそうじゃ……、何やら分からぬ薄汚れた本を開いてブツブツ諳んじておられるとか」


「なんと!これ、その様な事を日があるうちに口にしてはならぬ!そういえば侍女に聞いたのだが、ランプが割れたあの夜の翌朝、王女の部屋に黒い灰がひと握りあったらしい」


「な!何という不吉な!」


「シッ!声が高い。もし、そうならば陛下はあの塔をお造りになられたのは……」


「ああ、ここだけの話なのだが、恐らく陛下は、……、」


 声とは恐ろいもの。明るく話せば他愛ない話も、陰を込めて囁やけば闇をシュルリと纏う。



 ――、「この度の不届きはどうしてくれる!マリーローゼ様に無礼であろう!鞭打ちにしてやる!衛兵!衛兵!」


 キンキンとした声。お許しを。確かめたのですが、葉の裏、花弁の奥深く潜り込んでいたのかと。わざとでは御座いません!這いつくばり、申し開きをする庭師の男の周りには、丹精込めて育てた花が散らばっていた。


 城の中はマリーローゼが自身の誕生日に、城門に訪れた祝客に配る飴玉を、厨房で仕込んでいるせいか甘い匂いで満ちている。


 幸せ色の空気とは真逆のものが支配しているここ。


 庭園に沿った廻廊で狼狽え騒ぐ貴族の子弟達に、書庫に向かう途中で、出くわしたローゼリア。辺り一面に散らばる花々。カタカタ震える男。バタバタと駆けつけた衛兵達。


 先触れの側仕えが何事ぞ!と声を放つ。


「申し訳御座いません」


 人集りが左右に割れ、剣呑な空気を鞘に収めると、穏やかな声で深々とお辞儀をする彼等。散らかる花に目を潜め、さっと扇を開くとお付きの女官に囁くローゼリア。


 謁見の場でもなく、無礼講の舞踏会でもない場では、目下の者達には、直々に声をかけることは出来ない城の古臭い仕来り。彼女の言葉が、女官から先触れに伝えられた。


「何故にこうなったのか、申し開きをせよとの、ローゼリア様のお言葉だ」


「はい、マリーローゼ様にお届けしようとした花束に、あろう事か、穢れに満ちたおぞましい『芋虫』がついておったのです」 


 その言葉に、ヒッと小さく恐怖の悲鳴が、マリーローゼに付きそう女官、侍女達から上がる。恐る恐るといった風情で、己のドレスの裾近くに落ちる花を、チラチラと見る。中には触れたら困ると言わんばかりに、裾を上げる者もいた。


 ……、はい?芋虫如きでこの様な惨事になりますの?居ても、一匹かそこらで御座いましょ!


 もちろん、動じる事は無い彼女。周囲の皆は躾けられてる嗜みと思っているが、初めて目にした時の『本の虫』や、魔女のボール(しゃれこうべ)からすれば、何処がおぞましいのか、意味が分からないローゼリア。


 一刻も早く立ち去りたい顔をしている女官に、テキパキと指示を出す。


「は!はい……、流石は王女様ですの。かしこまりました」


 先触れにそのままに伝える女官は余程、芋虫が苦手なのか、ソワソワと落ち着かない様子。散らばる花に全て芋虫がくっついており、それが襲ってくるとでも思っている様。


「見るにどの花も美しい。虫は自然に産まれし存在、彼等にも神に与えられし役目がある。よって、庭師に落ち度は無い。持ち場に戻れとのお言葉、そして散らかった花は撒き散らした本人が集めろ、とのお言葉である、よって、衛兵も持ち場に戻れ」


 行け!と指差し這いつくばる男に命を下す。ありがとうございます。ありがとうございます。と床に額をこすりつけた後、その場を離れた庭師。


 ……、誰も動かぬその場。ブーンと音立て舞い込んで来た背が緑でつやつや光るカナブンが一匹。


「匕ッ!王女様!危のうございます!」


 誰ぞ!と声を上げる女官をおやめ、と、止めたローゼリア。余程『芋虫』が恐ろしいのか床に膝をつき礼を取った姿のまま、固まっている子息達。


 ブーン……、カナブンが下げる頭に近づきグルリと回る。


「わ!わわ!む!虫が!」


 無様にも王女の前で取り乱し、手を振り回し追い払うひとり。その様子を冷ややかに見下しながら、愚か者!と一喝する。しゃがみ込み、近くに落ちていた真紅の多弁を拾おうとした時!


「キヤァァ!いせませぬ!い、芋虫が!葉に!お離れ下さいまし!」


 この世の終わりが来たかの様な、女官の声が響く。身をかがめ、細い茎を手に取るローゼリア。


 ああ……、気を失う女官。わらわらと控えていた侍女達が、彼女を支えた。


「たかが芋虫一匹如きで情けない!そなた達は爵位を頂いておろ?戦が始まれば国を守る為に出なくては行けぬ身分!森の中で野営をする事もあるであろう、その時芋虫一匹、カナブン一匹、怖くてどうする!」


 扇を侍女の一人に手渡すと、ヒョイ。躊躇なく葉からお食事中の芋虫を取り除いたローゼリア。ふぉぉ……、美しい王女の予想外の行動に、声が出ない子息達。


 キャァァァ!王女さまぁぁ!お止めくださいましィィ!ヒィィィ!


 穏やかな風が吹き抜ける廻廊で、侍女達の絹を引き裂く悲鳴が、直後に上がったのは言うまでもない。




 ――「庭師の扱いについては褒めて上げましょう、子息達への叱責も。しかし!その後の行いは、淑女としてはしたない事です!ローゼリア」


 騒ぎを聞きつけた王妃に呼び出されたローゼリア。神妙な顔つきで叱責を聞いている。


「その様な事は、お役目の者にさせておけば良いのです!それを自ら成すとは……。騒がした罰として、今日はお部屋に謹慎です!出てはなりません!」


 はい。申し訳ありません。深く頭を下げ謝る。ああ、今日は書庫に行けないのね。しおしおと打ち沈みながらこの機会にと、忙しい王妃としての日々を送る母親に聞きたい事があります。問いかけるローゼリア。


「何かしら」


「塔の事ですの、お父様に取り止める様、お願い申し上げた件です」


 娘の真摯な言葉に、厳しい表情を柔らかく解き、心配しなくていいのよと話す母親。


「ロージィ、大丈夫ですよ。塔の事は、陛下もちゃんと考えておりますから、でも。もしも!の為に、今は続けています。もう少し待って頂戴ね、良いことがあるやも。さあ!このお話はここ迄。部屋に行きなさい、ローゼリア」


 会話を終わらせた母の言葉に、それ以上は聞けない娘は、はい。わかりましたと答え、礼を取り部屋を後にした。




 人払いをし、自室で独りになる。まだ外は明るい時間。あの窓辺で眠る魔女達を恋しく思う彼女。魔女達にこの話をしたら……。



「は?芋虫、どれくらいの重さかね?酒樽位かい?」


「は?芋虫、どれくらいの量かね?ひとつかみ?」


「は?芋虫、どれくらい育てるのかね?百年程?」


「は?芋虫、どれくらいの長さかね?縄位かい?」


「は?芋虫、どれくらい蠢き回るのかね?国中かい?」


「は?芋虫、どれくらい生きが良いんだい?跳ねる?」


「は?芋虫、どれくらい太いんだい?葡萄の房位か?」


 七人が次々答え、  


「なぁんだ!ただの一匹で、小指の先っぽ?人間の男はヤワだねぇ。キーヒヒヒ!」


 七人が揃って嗤う。


 ……、聞きたい事が沢山ありますのに、お昼寝真っ最中です。本によると、わたくしは次に『魔法の杖』を自ら探す旅に出なければならない。そして覚えた呪文も。


「なるべく慣れぬ内は杖を使う様、書いてありました。はあ……、あんな事になるとは。しばらくはおとなしく読むだけに留めて置きましょう」


 昨夜の事を思い出し呟くローゼリア。




『呪文には二つある。ノーム(私の)オーム(月よ)ウオール(光れ)続くは自分のやりたい事の呪文、完全なる新しき言葉で紡ぎ作り出す詠唱、力ある呪文』


 本の虫、命名『アン』を呼び出し、ウゴウゴ現れる琥珀色(アンバー)の文字をベッドの中で読んでいた彼女。完全なる新しき言葉、こちらはわたくしの贈り物の呪文の事ですわね。とふむふむ読み進めていた。


 ジ……、ジジ。ランプの炎がスゥ……、息を潜める様に小さくなった。油が無くなりましたの。闇に包まれる室内。そうだ!と思い付いたローゼリア。


「杖が無くとも気をつければ使えると書いてあります。杖は大きく振る、小さく振る、掲げる、胸の前で握り締める。等で放出する力を加減する役目がある。もちろん、無くても出来るがそれには、どれ位どの量を完全に覚えてからである、と書かれてます。少しだけなら大丈夫かしら。きっと大丈夫ね。やってみましょう、では!」


 天蓋のベッドの中で、じっとしていると、うずうずとした気持ちが大きくなる。新しい事を覚えると、試してみたくなるのが人情。


 ……、ほんの少し。だけなら。そんなに大きい事は出来ないはず。


 ローゼリアはシャンと背を伸ばすと、気持を高めて行く。そして……、


ノーム(私の)オーム(月よ)ウオール(光れ)ランプの灯りよ!ともれ!」


 灯りがあった先を小さく指差した!琥珀色(アンバー)に、キラリと宿り、流れる血潮に熱を感じる彼女。初めての感覚に驚いていると、それらが一箇所に集まる。


 パァァァと指先から丸く光る玉、そして……


 シュン!バリン!パサ……。


「キャッ!まあ!ランプが壊れてしまいましてよ、どうしましょう」


 闇の中で異変に気が付いたローゼリア。慌てて手をおろし、柔らかな寝具に潜り込む。何か嫌な予感が彼女の中で目覚める。そして、それは現実となってしまった。


「王女様!ご無事でしょうか!ああ!ここも?」


 お付きの女官が衛兵に燃える松明を持たせ、部屋に様子伺いに来たのだ。


「どうしたのです?」


 ここも?その言葉を聞き、平静を装うローゼリア。


「恐らく原因は油かと……、城中のランプが、一度に割れたのです!」


 青ざめた彼女の顔が、パチパチ爆ぜる松明の朱色を浴び、闇の中で幽鬼の様に浮かび上がる。


「まあ!そうなのですの?」


 痛くなる程に胸が早馬の如く駆けている。脈打つその音を、聞こえないでと神に祈るローゼリア。大丈夫ですから、お行きなさいと心配顔の女官に言葉を足した。  


 ……、どうしましょう。誰にも知られない内に、片付けて置かないと。でも今は真っ暗ですわ。明日の朝……早く起きて……。


 トロリとした眠気に襲われた。初めて魔法を使った事を後悔しながら、引き込まれる様に眠りに落ちた。そしてそのまま深く眠ってしまったローゼリア。



 翌日……、ほのぼのと明けの空の時。お役目の侍女がカーテンを開けるべく部屋に入ってきた。うっかり寝過ごしているローゼリア。彼女に気が付かない。


 そして侍女は、テーブルの上でひと握りの黒い灰を見つけた。これは何?、怪訝に思いつつも片付けた彼女。食事の時にどうしても気になり。


 ねえ、気味悪いわと、ころりと小さな玉を転がした。


 ねえ、気味悪いわ、ねぇ、知ってる?ねぇ、聞いた?


 ヒソヒソと噂話があちこちコロコロ転がる。塵や芥を次々まとい……。


 美しく年頃を迎えつつあるローゼリアに、ご機嫌伺いに来る貴族はほぼ居ない。


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― 新着の感想 ―
[一言] >は?芋虫 これまた癖になる( ˘ω˘ )
[一言] もはや狭い世界で収まらなくなりつつあるのでしょうか。
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