いばら姫と、呪われた伯爵令嬢と、近づく白馬の木馬。
呪われた伯爵令嬢……。この言葉に強く惹かれたローズ。男装をしているにも関わらず、彼女は胸をときめかせて、出会ったばかりの伯爵令嬢に問いかける。
「呪われた伯爵令嬢。あの……、どのような?わたくしはローズと申します」
カテーシーを取るローズ。それを受け椅子から立ち上がる伯爵令嬢には、空でふわふわ浮かぶ、エアリーの姿は見えてない様子。
「はじめまして。サンドリーネと申します。呪い……、でございますか?」
「ええ、その。実は、わたくしも呪われておりますの。ですから少しばかり気になって……」
ローズの言葉に、目を丸くするサンドリーネ。
「魔女のお弟子さんでしょう?呪いをかける方じゃ……」
ククク!ホンマや!言葉を聞き笑うエアリーに、事情がありますの!と返したローズ。何もない空間に話す魔女の弟子を名乗る彼女を、キョトンとした顔をするサンドリーネ。
「ごめんあそばせ。少しツレがおりますの。確かに、わたくしは魔女の弟子で御座いますが、呪いを解くためにそうなりましたの」
「呪いを解くために……、して、どの様な?」
「わたくしの呪いでございますか?わたくしは、十六になる誕生日の夜、千年の眠りにつく呪いなのです。両親がその、少しばかり暴走してしまい、長寿で有名な異国の殿方との婚姻を結んでしまって……、目覚めのキスが臭い殿方は嫌ですの!」
端折って説明をしたローズ。話を聞いたサンドリーネは、臭い殿方、異国、魔石を食す。短な情報でお相手を有名なダウニー国のお方と、持ってる知識から導き出した。
「一説によると、掃除に使った雑巾を洗い、日向に置きっぱなしのバケツに飛び込んだ蛙が、哀れにも湯だってドロドロになり溶け込んだ水の香りだとか……、そのお方と千年後に目覚めのキスを!何たる悲劇……」
「ええ。でも妹は芳しい香りだとか世迷言を申してます。世の中は解りませんわ。そして妹はなんと、そのお方と添い遂げたいとか……、ですからわたくしは、妹の為にも魔女となり呪いなど、何処かにうっちゃりたいのです」
はぁぁ……、キラキラエメラルドグリーンの木漏れ日の下、白い頬には赤い帽子の影。悩ましげな風情のローズは城で別れたきりの、風変わりな妹の事を思い出す。
「そうでしたの。妹様が姉君の婚約者に岡惚れ。ドロドロの恋愛模様ですわね」
サラリと返したサンドリーネの声に、ウキウキとしたエアリーの声が混ざる。
「姉妹で取り合い!ドロドロの恋愛模様!ウヒョ!めっちゃ!好っきな話やん!」
「そんな事にはなりません!それで貴方の呪いとは?聞かせて頂けませんこと?そして、その手にしている布切れは一体?」
ローズは気になっている事を問いかける。キュッと握るボロボロの布切れは、立ち上がっても足元に届く、かなりの大きさ。
「コレ……、は。うっ。ド、ドレスですの。亡きお母様の形見の……、父の目を盗んで、このボロの椅子と共に屋敷から持ち出し、ここで高い襟を取り外し、襟ぐりを広げてリボンを飾って。流行りのドレスに仕立ててましたの……、それなのに、それなのに。父に見つかってしまい……」
ぽろり。真珠の粒が頬を転がり落ちた。
「お父様が?何故?」
「わっるいオトンやわ!でなんでなん?」
二人重なる問いかけ。ローズに返すサンドリーネ。
「今宵の舞踏会に、わたくしを行かせない為ですわ。こんな男のなりをしているのも、父親の言いつけ。この姿でないと部屋から一歩も出る事は、許されません、これもそれもわたくしにかけられた呪いのせい……、わたくしはやってみせますのに、大丈夫ですのに。信用されてませんの!愚かですわ!娘を信用出来ない親なんて!」
爪が白くなる程、握りしめた手に力を込めるサンドリーネ。しゃんと背筋を伸ばし、その身なりに相応しい凛々しい表情で言い切る彼女
「して、どの様な呪いですの?」
「それは……。世界で一番お馬鹿な王子様と結婚しなければ、十六になる誕生日に死ぬのです!わたくしは!」
「は?世界で一番お馬鹿な王子様?そんなお方いらっしゃいますの?そもそも王族でお馬鹿だと、良くて修道院、次に塔に幽閉、次に盃を賜りあの世でしてよ」
「ええ!バカやとアカン?なら阿呆ならええんか?」
ローズのソレにツッコむエアリー。
「そう……、貴族でもそうですわ。お馬鹿だと籍にも入れて頂けません。一族の名簿から外されます。でも……、いらっしゃるのです。この国には……、ほら、あちらをご覧になって。来られましてよ」
サンドリーネは森の奥を指をさす。どこや?見てくるわと、エアリーがザザザっ!木々の梢をわざと派手に揺らし、その方向へと飛んでいく。ちらはら……、木の葉が枝から離れて舞いながら振り降りる。
……、パッカッ!パッカッ!パッカッ!パッカ!ガラガラガラ……、パッカッ!パッカッ!パッカッ!パッカッ!!ガラガラガラ。
野太い声の集合体と、何かを引きずり進む音が近づいてくる。何?この怪し気な気配は……、身構えるローズ。
「ふええええぇ!何やアレ白馬の木馬に乗った王子様がこっちに来はる!」
素っ頓狂な声が風に混じりローズに届く。
……、は?白馬に乗った王子様じゃなくて、『白馬の木馬』?
呪文を唱え、浮かび上がろうとした時、サンドリーネの声が緑溢れる森の中、水面に清らかな光を宿す泉の畔で響く。
「ああ!コレを纏って、あわよくば『招待状』を受け取ろうとしたのに……、お父様!お父様!貴方はわたくしに家名の為に、死ねと?」
……、パッカッ!パッカッ!パッカッ!パッカ!ガラガラガラ……、パッカッ!パッカッ!パッカッ!パッカッ!!ガラガラガラ。ゴリゴリ……。
野太い声の集合体と、何かを引きずり進む音が近づいてくる。




