いばら姫とエアリーの打ち明け話
キャハハハ!ヒュルルル、混じり合う音。二人は手をつなぎ空を旅している。
「薄らハゲ!ええやん、ええやん!あ、でも弟子やから今はムリやんな。城に戻った時は、杖見つけて魔女になってはるんやから、あのうるせぇオッサン共にかけたれ!王女様」
「ああ、お城から出ましたから王女様ではなくて……、そう。ローズと呼んでくださいましな、そうですわねぇ……、でも息子達はわたくしの事を、奉っておられるとか」
「ほな、ローズ。うげぇ……、奉るって、なんか気色悪ない?アタイやったらヤヤやわぁ」
両親は内々で、彼女の事をロージィと愛称で呼んではいたが、魔女達はローズと読んでくれていた。何方が相応しいかと考え、後者を選んだ彼女。
力を貸してもらったローズは、エアリーに問われるままに答え、空を旅している真っ最中。これ迄の事をかいつまんで話すローズ。人間では無いが同じ年位の他者と、初めて親しく話す彼女は、少しばかりドキドキとワクワクしている。
「呪いとか、めっちゃ迷惑やん!アタイも言われた言われた!船に女乗せたらアカンって!でもおとんは、そんなの迷信やって笑い飛ばしたわ!ほならローズは、王女様やったやん?婚約者とか居らへんかったん?魔女ってお披露目した事で、破棄するのもあったん?」
「迷信。船云々については、書物で読みましたが、確かにそう思います。ああ、婚約は仮ですわね。両親が独断で他国のお方を選ばれたのですが……」
強烈な匂いを思い出すローズ。
「他国の……!ソレ!王子様とやらではあらへんやろな!」
エアリーが聞き咎めた。そういえば、酷い目に合われたとか……、出逢った時の事を思い出し、何かありましたの?と問いかけた。
「あるある!おおありやねん!くぅ!今思い出しても、業がわく!アタイ、こう見えても海賊王の娘やってんで!あのクソハゲボケ王子と出逢う迄はな!」
まあ……海賊王の。それで女云々。蒼い髪は海の色ですのね。月の光を取り込み、風にたなびき透き通る色を美しいわと思い、目をやるローズ。
「何かありましたの?そういえばわたくしに、力を貸してほしいと仰有ってましたわ」
「ありあり!アタイはほんまなら、潮風の香りが染み付いた褐色の肌を持つ、喧嘩っ早くて強くて酒飲みで、でも女には優しい海の男達から、旦那を選ぶ予定やってんで」
「まあ!素敵な殿方ですわね!潮風の香り。どの様な物か、知りませんが臭くなさそうですの!そういえばわたくしは海を見た事がありません。というよりも、街も村も森も湖も……、書物でしか知りません。かろうじて城の庭園にある小川と造られた小さな泉は知ってますが」
「ええ?なんやて?城暮らしってそんなんなんか?めっちゃ!可哀想やんか」
視線を下に向けたローズ。吹き飛ばした山に近づきつつある今。
平服する頭を眺めた後で、わらわらと外に出て、空を見上げる人々を眺めつつ街を見た。燃えろ!でなくて良かったこと。少しばかり吹き飛ばされ形が変わった森を見た。
松明の火灯りが動く町や村々、城の方向を、山の方角を指差しているのを見た。初めて見る世界に興味が溢れるローズ。
「わたくしは、ですわ。妹のマリーは城下に出たり自由はありましたから。それでどうなりましたの」
「ああ!王子やな!うん。ある日、襲った船にたまたま、その王子がおってな、勿論、藻屑にせずに生け捕りにして捕虜にしたんや。船底に押し込めて……、身代金ぶん取ろうと考えたんや」
「海賊王。なら、お仕事なのでしょうね、……。今はローズですから良しとしておきましょう。それでどうなりましたの?」
「ん!見逃してな。で!そいつ捕まえたんはアタイやったから、時々様子を見に行ったんや、ほしたらアタイの事を口説いて来たんやで!白い肌、金の髪のカッコええ、周りに居らん優男が!」
ついクラクラって来てもたんやぁ!ギュウッとローズの手を握るエアリー。
「口説いて……、それでどうなりましたの?」
初めての恋の打ち明け話に、胸をときめかせながら聞き返すローズ。
「アタイは剣が使えるのなら、恋人にするって言ったんや、うん、確かにそれなりに使えた。アイツは笑顔がエエ奴で、口も上手かった。だから皆、コロッと騙されたんや!そや!あのクソ王子、国も立場も、みぃんな棄てて海賊になるって誓いもたてた。そう……、立てたんや!それやのにあっの!クソったれ!裏切りよったんやァァァ」
「まぁ!なんと酷い!」
「そうやろ?酷いったらあらせん!ヤツはアタイとの結婚式の最中に、襲撃してきた連合艦隊旗艦に寝返ったんやで?信じられへんやろ!」
「王族の風上にも置けませんわ!」
深く同意をするローズ。末期の記憶が蘇った事でエアリーの陰の気が高まり、髪の蒼が黒く闇色に変わる。
「アタイは晴れ着をボロボロにしながら戦った!おとんも皆も戦ったんや!でも祝い酒をしこたま呑んどったから……、何時ものようにはいかへん。船の土手っ腹に玉撃ち込まれて、全員揃って海の藻屑になっちまったんや……、そしてアタイは気がついたら、その辺フワフワ飛んどってん」
「何という事でしょう!その王子とやらは、何処の国の者ですの?不誠実にも程がありましてよ!ろくな王になりませんわ!民が可哀想ですの!」
「ふ……、そいつ王にはなれへん、後で知ったんやけどな、十五番の王子やねん。だからアタイと結婚したら、海賊王になれるとなったんや。クソったれ!」
「あら?じゃぁどうして?寝返ったの……です?」
ん?何かしら。カクンッと力が抜けた気がしたローズ。ヒュルルル。風の音が薄く聞こえた気がした。気づかぬエアリーは続きを話している。
「王子やからその、連合艦隊旗艦の艦長にブッサイクな娘が居るの知っとったみたいや……、これは風の娘になってから知ったんやけどな、ん?ローズ眠たいんか?何や少しおかしい!こりゃアカン!降りるで!」
様子が違ってきたローズに気が付くと、話しは後や!と締めくくると、一気に地上目指して下りていく!森を抜け山際近く、大きな木を探すエアリー。
「こら!寝たらあかへん!もうちょっとや!あっこにでっかい木がある!彼処で寝よ!な!ここで寝たらローズ、真っ逆さまに落ちて死んでしまうで!」
「え?あ、…、そうして、下さいまし、が……、がんばります」
頭を振り目に力を入れるローズ。地面がグングン近づいて来る。顎の下で括っている帽子のリボンが、逆らう様に、上に上にとはためく。
「そら!飛び込むで!」
ザザザ!ザッザ!ザザァァァァ!
風がひとしきりうねり、一本の大きな楡の木の枝葉を揺らした。




