いばら姫と妹と内緒の話
陽当りの良い窓辺で。
クルンと丸い、尻尾、たまにパタリ。
伏せて伸びる、時にウーン。ぷるぷる足先。
右横に足伸ばしペタン、
左横に足伸ばしペタン、
ちょんと香箱座り ウトウト……。
ヘソ天バンザイ型。
ヘソ天ウラメシヤ型。
それぞれの寝相の猫に、そろそろ起きません事?と声をかけるローゼリア。
ウニャ……。
寝言が返ってきた。
今日も無理そうね。相談したい事がありますのに。そろりと七番目のやわやわのお腹を撫でるローゼリア。
側に運ばせてある椅子に座わり本を開き、何時ものようにアンを呼び出そうとした時、扉の前で控えている侍女が、マリーローゼが訪れた事を知らせた。
「お姉さま!やっぱりここにいらした。お前たちは下がってなさい」
甘い風がドレスの裾揺らし入ってきた。声に従う侍女達が、スススと場を離れる。
「どうしたのですか?」
「お姉さまに、キャル語を教えて頂きたいのです。わたくしの無能な講師に、金輪際教わる気持ちはありません」
笑顔でハキハキ答えると、テーブル席に着く妹。向かい合う席に座ると何故?と問いかける姉。
「だってお姉さまの方が御上手ですもの。でね。お姉さま、その……、少しばかりお聞きしたいことが」
歯切れの良いマリーローゼが、もじもじとしながら、手にしたイザベル色の古ぼけたハンカチを握り締め、問いかける。が!その質問はローゼリアの耳を抜ける。彼女は問いかけより目前のソレに気が行ってしまったからだ。
……、はい?な!なんですの?そのこ汚いハンカチは……!
「マリー、その前にお聞きしますが、その汚れたハンカチは、どうされましたの?そういえば貴方はそればかり、持っている気がします」
「はい!わたくしの宝物ですもの、お姉様から頂いた、大切な大切なハンカチですの」
握りしめ力説する妹に、言葉を失うローゼリア。ハンカチを手渡したといえば、目の前の彼女がまだ、手を引いて歩く年頃の時。まさか洗濯もせずに、これ迄の日々、ずっと持ち歩いていた事を物語る色の変化。
白から臭い立つ様なイザベル色へと変わり、くたんくたんとなっているハンカチ……。ゾゾゾ!と身が震える姉。
「その様なこ汚い物は即刻!棄てなさい!マリー!」
「嫌です!皆にそう言われますが!コレだけは無理です!」
ピシャリとした姉の言葉に、ひしっとソレを胸に抱く妹。
「変わりの物を差しあげます!でないとお話はしません!」
淑女の身嗜みとして何時も手元にあるソレを、離すまじと古いソレを握り締めている妹に差し出す姉。
「……、仕方ありません。新しい物を手に入るのなら。残念ですが、わかりましたわ。お姉さま」
後でお部屋にて処分いたします。新しい物を受け取りつつ愁傷な事を言いながらも、こっちは宝物入れにしまっておきましょう。と企む妹。
「お教えするのは構いません。その前に、何をお聞きしたいの?」
ほっとしつつ、問いかけるローゼリア。
「あの、お姉さま。この前の園遊会は楽しゅう御座いました」
「ええ、大変でしたが、どうしたの?何かありますの?」
新しいハンカチを、こねくりこねくり触るマリーローゼ。開かれた窓から花の香がふわりと流れ、小鳥の声がピチチ、ウニャン……、眠気を誘う猫の声。
「お姉さまはあの方と、ご婚約されるのですか?」
その穏やかなる空気を破る様な、マリーローゼの唐突な質問。
「あのお方……、それは」
無理でしてよ!と即座に否定をしたいローゼリア。鼻に蘇って来る激臭。
「わかりません。あの後、直ぐにお国にお帰りになられましたし。もしかすると、わたくしの事が気に入らなかったのやもしれませんわね」
正直に述べるローゼリア。公の場の発表は今少し……、と何故かそう願い出た、ダウリー王国、シノゼンヌ公爵家のジェリファ。
「国元にて取り決めがあるます故、しかしこの国とのこの度のお話は、心より有り難く思っております」
そう言い置くと神馬を操り帰って行ったのである。
「……、素敵な御方でしたの、……」
出逢いを思い出し、頬を赤らめうっとりとするマリーローゼ。恋する瞳は星を宿し、キラキラと光っている。
……、はい?マリー?見た目は確かに麗しい殿方でしたけど、それを帳消しにされませんでしたの?
こくん。と息を飲み込むローゼリア。夢見る乙女そのものの妹に、恐る恐る聞いてみる。
「あの、マリー。お聞きしてもよろしくて?」
「はい、お姉さま何なりと」
「ここだけのお話でしてよ」
声を潜めたローゼリアに、秘密のお話ならお約束をしなくては。お姉さま、手を出して下さいまし。ハンカチを手放しす彼女。不思議に思いつつ従うローゼリア。
テーブルの上でお互いの手を取り合う姉妹。
――、♪つなぐつなぐよ、キラキラ光る
銀色、赤色、闇いろ、つむぎ糸。
ふたりの手と手を結んでつなぐ
誰にも話さぬ秘密の誓い 破らぬ様に♪
マリーローズが手遊び歌をうたった。街で流行っている手遊び歌なのですよ。と笑う妹。
「そうなの?可愛いこと。内緒にしましてよ。だから貴方の素敵なお方のお話を、聞かせて下さいません?」
「手を繋いだままでお話するのが決まりなのです。ええ、よろしくてよお姉さま。わたくしはジェリファ様の事が忘れられませんの」
うふふ。甘い吐息に包まれる様に、はにかむ彼女に……。
「それはどういう意味ですの?」
まさか。馬鹿なと否定をしつつ、ぎゅと柔らかな手に力を込めながら問いかける。
「……、お姉さまったら、恥ずかしいですわ!」
きゃっと笑う妹の顔は、綻び開く大輪の花の様に薄紅色に染まっている。
……、まさか、嘘でしょう。臭い匂いが忘れられないのではなく、殿方として心を寄せてますの?ヒイ!
テーブルの上には、くたんくたんなこ汚いハンカチ。臭い立つよつなそれを、これでお話は終わり。と手を解くと握りしめる妹の姿。彼女の癖なのか、顔に近づけるとクンクンと匂いを嗅いでいる。
「お話は秘密でしてよ」
軽い衝撃を受けた姉は、言葉も出ずにコクコクと頷いたが、どうにか心を立て直すと、踏み込み真っ向から聞いてみた。
「ね、マリー、その……、香りの方は大丈夫ですの?」
「ふふん、新しいハンカチは今のお姉さまですの、香りで御座いますか?最初は失礼ですが臭かったですが、その……、離れていましたら心に残っているというか、癖になる香りというか。もう一度と思っているうちに、恋しく思う様になったのです。どうしたらいいのかしら」
新しいソレの香りを嗅ぎつつ話す妹、マリーローゼ。
「どうしたらとは何を?」
わたくしが、少々おかしな妹を見放してはいけない!ぐらつく心を強くしつつ、聞き返すローゼリア。
「お姉さまのお相手ですから……。でもわたくしのお気持ちだけ、お手紙にてお伝えしたいのです。初めて好きになった殿方ですから、許して頂けますか?」
「だからキャル語の?」
コクンと頷く妹は、まだあどけない顔をしている。
……、許すも何も、できるのなら貴方のお相手に、お譲りいたしますわ!幸いまだ正式とは、限りなく正式ですが、公の場ではお父様が宣言しておりませんもの。教会のお許しもまだですし。
「わかりましたわ。マリー。まだ正式にお父様が宣言してませんから、あなたがお相手になれる可能性もあります!わたくしは貴方に協力しましてよ」
力強く請け負う姉、ローゼリア。それを受け、パァァァと、きららと空気にコバルトを散らす様に笑った妹、マリーローゼ。
「お姉さま!嬉しい!」
真っ白な生地が薄紅茶色、イザベルに変色をし、くたんくたんになったそれをぎゅぅぅと握りしめた彼女。
……、それよりあのハンカチを、どうにかして棄てさせないと……。この国はいずれこの子が受け継ぐというのに。
大丈夫なのかしら。新しいハンカチも素敵ですわ!と手に取る妹に、ため息をつきたくなった書庫の時。
――、陽当りの良い窓辺で。
クルンと丸い、尻尾、たまにパタリ。
伏せて伸びる、時にウーン。ぷるぷる足先。
右横に足伸ばしペタン、
左横に足伸ばしペタン、
ちょんと香箱座り ウトウト……。
ヘソ天バンザイ型。
ヘソ天ウラメシヤ型。
それぞれの寝相の猫がニャムニャム、時折、足をカカカ!夢の原を駆け、動かしている。




