2-23ヘルヘイム
ようやく冥府の門にたどり着いた双子と九尾。しかし、ウォンがしでかしたことを詫びようと、気を使うと、予想以上に時間を消費してしまいーー
「ーーそ、そろそろ行きましょうか?」
「そうだね。てことでガルム。離してあげて」
「えぇーこいつ、いい枕になると思ったですが……ツクヨミの頼みなら仕方ねぇです。見逃してやるです」
九尾のモフられ地獄は、日が完全に落ちるまで続いたが、ハティが言葉を発したことでようやく解放される。
一日二十時間かけ手入れされる金色の尻尾も、くたびれ毛並みもボサボサ。しかし今から手入れとなると日をまたいでしまう。
「よ、ようやく解放された……ありがとねハティ……ツクヨミ……」
金色の尻尾を持つ九尾も、モフられたことで疲れ果てている。その事もあり手入れはせず、門の先にある目的地に向け歩き出す。
黒曜色の冥府の門を通り、直ぐ目を奪ったのは、暗がりの中あちらこちらに転がる人の白骨。よく見れば動物や龍の骨も転がっている。さすが死国といったところだろう。
「ここが……死国……」
「見ての通り骨ばっかの所さ。だからここに住むやつなんて僕とヘル様。あと魔物くらいだ」
「ま、魔物も住んでるんですか!?」
「まぁね、そこの骨とか魔物だし。でも僕がついてるから襲っては来ないよ。万が一襲って来たら……ヘル様に消滅させられちゃうからね」
確かに、横目に映る骨からは少量の魔力が感じ取られる。が、ツクヨミがいる為か動くことは無くじっとただの屍となっていた。
それから暫く真っ直ぐ突き進むと暗がりの中もう一つ門が現れる。先程の冥府の門と瓜二つの大きな門だ。それを潜ると直ぐに人が見えてくる。
「ヘル様。ただいま戻りました」
「……魔導書読んでるから帰ってきて欲しくはなかったな」
「すいません……でもヘル様を知る人を連れてきたので」
「あぁ……なるほど。それで九尾の魔力か……ツクヨミ。下がっていいぞ」
少年は、ヘルと呼ぶ女性の言うことに忠実。故、ヘルの言葉一つで少年はその場を去る。
目視はしなかったものの、ツクヨミが去ったことでパタンと本を閉じる音を鳴らせ、ヘルは踵を返し傷だらけの顔を晒した。刹那、悪寒が少女達を襲い、時が止まった感覚に陥る。完全に止まってないことは心臓の音が示しているものの、魂を刈り取られたかの如く、動きを封じられたのだ。
否、封じられてなどいない。無意識ながらに本能が動くなと命じているのである。
「久しいな。ヘル」
「ああ、本当に久しぶりだ。何時ぶりだ?お前がこっちに顔を出すなんて」
「二十年」
「そんな経ったか。で?何の用だ?」
「その魔導書をこいつらに返して欲しくてね」
「ほう?という事はそこの二匹はあいつのか……」
高さなどない場所。故に視線もほぼ同じ高さだというのに、天高くから見下されているような、されども四方八方から睨まれ動きを見られているような、それほどヘルの視線が痛く恐ろしかった。
視線に怯える少女達だが、一瞬の震えを見逃さなかったヘルは、唐突に少女達の後ろに現れ、すっと冷たい手を伸ばし顔を撫でる。
だが目の前には確かにヘル本人がこちらを見ている。一体どういう事なのか。
「あんた達。絶対後ろを見るんじゃないよ……あんた達の後ろにいる死霊は生命を操れるんだからね」
「……はい」
「チッ……余計なことを言うな……と言うとでも思ったか?」
後ろにいたのはヘルではなく死霊だと、見破られるが、慌てることなくクククッと不気味な笑みを浮かべるヘル。さらにどこに隠していたのかと疑いたくなるほどの大きな宮殿が真後ろに現れ、同時に死霊の山が滝のように宮殿から溢れ出る。
とても危険だと本能は再び訴えかけ、ハティもスコルも、あの九尾ですら自らの尻尾の毛を逆立てる。
そんな中。
ーーハティ。スコルーー
と、確かに少女達の名を呼ぶ声が聞こえる。
それもとても懐かしく少女達にとって大切な存在の声。
幼き頃、毎日のように聞いていた大好きな人の声。
されども、その声を聞く度、あの時を思い出してしまう。丸太が焼け、肉が焼け、悲鳴が今でも耳に残るあの光景が。
だが、
「なんで……母さんが……」
「お母さん……」
宮殿から溢れ出た死霊の先頭にーーピンと立った灰色の耳を、ふわりと宙で畝ねる、モコモコな尻尾を、鼠が踊り狂ってるかの如く、飛び跳ねた癖毛の灰色の髪を持つ獣人が……ハティとスコルの親であるフェンリルが立っていた。
38話を読んでいただきありがとうございます。
ようやく、ヘルヘイム!と思いきやフェンリルが登場!?
次回は明日!
フェンリルとハティとスコルの親子対決が始まります!




