2-4ライラプスの手紙
「あんたらあのバカお……フェンリルの子供だろう?」
「ど、どうしてお母さんの名前を!?」
狐が発した驚きの言葉とは、双子の親の名前。更にその話からするに少女達のことも、少なからず何か知っているようだ。
だがそんな事よりも、まさかここで母親の名を聞くなど想定していなく、驚きの声をあげるしかなかった。
「まぁ、ウチによく遊びに来たからね。あんたらのことはライラプスから矢文をもらって知ってね。ほらこれ」
女将のような、されども若々しい声で言う狐は、九つの尻尾を揺らしながらポンっと小さな手で地面を叩く。その刹那、ひとつの手紙が少女達の目の前に現れた。
だが、直ぐに手紙の話をするのではなく、手紙を出した方法についての話が始まる。
なにせ、手紙を出した方法は魔法。しかしここ、人の街は殆どの魔法が規制されている。一度使えば牢屋行きになる程だ。
それなのにも関わらず、なんの躊躇も無しに魔法を使っていた。つまりは完全に禁忌を犯した。
いや、禁忌を犯したはずだったというのが正しいだろうか。
「い、今の魔法ですよね!?ここは魔法使ったらダメなところなんじゃ!?」
「……人の街の土は内部と外部の魔力の流れを遮断する作用があるんだよ。まぁ今の収納魔法は禁忌じゃないからどのみち大丈夫だけど」
「シューノーマホー?なにそれ〜おいしいの?」
「残念だけど食べれないね。というか人の話を聞く以前にご飯の事考えるんじゃないよ!」
九つの尻尾を持つ狐の言う通り、ミズガルズの土には地上と地下の魔力の流れを遮断する作用がある。故に地下でどんな魔法を使っても地上で感知されることはない。しかし、逆に不便な点も存在する。
例えば〈転移魔法〉。この魔法は、印をつけた場所に転移することができる魔法。しかし地下から地上に、地上から地下に転移することはできない。他にも〈疎通魔法〉や魔法の遠隔操作等、様々な魔法が制限される。
しかし騎士ゼウスに魔法を使ったことで捕まり、同じく騎士のエリスに注意された少女達は、この国で未だに魔法を使用できると信じられていない。
されど九尾が使う魔法は禁忌に入っていない魔法。といっても場合によっては牢屋送りになるグレーの魔法だが。
「まぁ、最初はそんなもんだから、気にする事はないよ。さて、折角あんたらの知り合いの手紙を出したんだ。読むだろう?」
「そ、そうですね」
狐は明らかに少女達の親、フェンリルに強い敵対意思を抱いている。
否、抱いているのは敵対意思ではない。共に冒険した仲間なのにも関わらず、最期でも子供がいることを知らせず、挙句には一人で死んでいった。
信頼されていないと知ったが為の、失望と悔しさ。その二つが狐が抱いている心だ。
いや、それも否である。別に失望も悔しみも抱いていない。でなければ少女達に厳しく言葉を吐きつつも、優しい目であるはずがない。ならば一体何を思っているのか。それは少々おせっかいな彼女の性格上、仕方のないことで、『世話が焼ける』という気持ちだった。
しかし、狐の心など知る由もない二人は手紙を読み始める。
『キュウさんへ
フェンリルの子供のハティとスコルが旅に出ると言ってたので、もしかしたらそちらにおじゃまするかもしれません。その時は色々教えてあげてください。
あの子達戦闘とか魔法なんて無縁ですが、言われたことはやる良い子なので、よろしくお願いします。
あ、あと近々ツケのお酒の料金を請求しますので、ちゃんと払ってくださいね?
追伸
フェンリルの子供を傷つけたらツケを十倍にします。
ライラより』
と手紙には丁寧、かつ読みやすい字で文が書かれていた。しかし、よくよく見れば怒りの文が添えられている。それも明らかに狐がツケを放置していることに対して。
流石旅商人……もとい旅商獣をしているだけはあり、金銭の事はかなり管理しているようだ。
「キュウさん~ライラプスさん怒ってるよ~?多分ツケ払わないと~お酒、買えなくなるよ〜?」
「い、一度読んでるし、知ってるさ……それと私はキュウじゃなくて九尾だよ。言わなかったかい?」
ツケの事を忘れていたのか、二ヒヒっと笑うスコルの冗談交じりな言葉に、少し焦りを感じる九尾。
けれど今はそれどころじゃないと、話の話題を変える。それも今まで名乗ってもいないのに、あたかも名乗るのは二回目だと言わんばかりに、コテっと口調に似合わないほど可愛く首をかしげ、その言葉を放つ。
「今初めて聞きました」
「それは失礼したね。こっちは言ったつもりだったんだけどね。名前の由来は、九本の尻尾があるから九尾っていうだけさ。簡単だろ?あとさっきのやつらは“姉貴”とか、“九尾姉”とか色々好きに呼んでるから、あんたらも好きに呼びな。ただ目上だってことは忘れちゃいかんよ?」
「そこまでは聞いてないよ〜」
「はぁ……最近の若者は、爺婆のちょっとした世間話も聞かないのかい!まぁいいわ……で、だ。その手紙に書いてあるとおり、あんたらのことを頼むって言われた訳だが、早速一つ面倒を見てやる」
「と言うと?」
「そのカバンさ。さっきから妙に魔力が感じるんだよ」
「本当ですか?私達は全く感じませんけど……」
「ならちょいと貸しな」
小さな手で示すカバンを貸せと言われるが、少女達は確かに魔力を感じる事が出来ない。いや、カバンから流れる魔力は微量で、なにも訓練していない少女達には感じ取れないだけだ。
とはいえ一体それがどうしたのか。その答えは九尾がフェンリルの名を知っていたのと同じ、いやそれ以上に驚く内容だった。
「やっぱりね。魔導書特有の魔力が微かに漏れてる。あんたら国騎士を信用しすぎだ。これじゃあ魔導書盗んでもいいですよって言っているようなものだよ」




