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「お兄ちゃん起きて~! 朝だよ~!」

「兄さん起きてくださーい」


 左右から別々に僕を起こす声が、脳を揺さぶった。

 その声で僕ははっと目を開くなり、がばっと上半身を起こす。


「ひっ」


 思わず変な声を上げてしまった。

 右手には雫が、左手には泉が。

 僕のベッドに腰掛けて、微笑を浮かべながらたたずんでいた。


「な、なっ、なにを……」

「なにそんなにあせってんの? 前はこうやって起こしてあげてたでしょ?」


 確かに雫の言うとおりではある。

 朝、勝手に部屋に入ってきて僕を起こす。こんなことはいつものことだった。

 だけどここ最近は全くなかったし、なによりあの暗示が解ける前と後ではだいぶ勝手が違う。

 あのころはブサイクなんだよなぁ、で済んだけど今はそうはいかない。

 それに二人ともパジャマの第一ボタンを大胆に開けて、僕を誘ってやがる。

 なんというけしからん、いやすばらしい妹達だ。


 ……いやいや違う違う。第一ボタンを開けてって、いつもそうだし別に普通だろ。

 なにを勝手に自分のいいように解釈しているんだ。

 

「兄さん、今日は一緒に出かけるって約束でしょう? いつまで寝てるんですか」


 いつまで?

 僕は慌てて枕もとの携帯を確認する。

 時刻はあと数分で朝九時になろうとしていた。

 アラームは九時にセットしていたので、寝坊をしたわけではないことがわかりほっと胸をなでおろす。

 だがこれはこれで、まるで妹達に僕の起床予定時刻まで把握されていたようで不気味だ。

 伊織からおはようとメッセージが来ていて口元が緩むが、二人に感づかれないようすぐに携帯をしまった。

 

「今日は晴れです、ぜっこうのお出かけ日和ですよ」

「ほらほら、はやく起きて準備して!」


 二人にせかされ腕を取られて、されるがままベッドから引きずり出される。

 そしてそのままリビングまで連行。

 すでに、完全に妹達のペースに乗せられてしまっている。


 リビングのテーブルには、すでに二人が朝食を済ませたような後があった。

 僕がテーブルにつくと、昨日の朝同様に、勝手に食べ物飲み物を用意される。

 ……だから朝からこのなみなみの牛乳はやめてくれ。

 

 さて、どうしたものか。

 わかっていたことだが、父さん母さんはすでに家を出ているので、家には僕らしかいない。 

 僕はトーストにジャムを塗りながら、早くも服を着替え始めようとしている妹達を見る。

 二人は僕と出かける期満々なようだが……やはり昨日のうちに話をつけておくべきだった。

 夕飯の後はなにも言われなかったし、接触自体なかったので、これはなんとかなかったことにできるかな。

 明日は集合をバス停あたりに変えて、こっそり出て行けば大丈夫だろう、と楽観視していたのが甘かった。

 

 こうなってしまうと、めちゃくちゃ言い出しづらい。

 しかし、遅かれ早かれその時は来るのだ。

 そして今がその分かれ道。はっきり言ってやらなければならない。

 僕は意を決して、二人に向かって口を開いた。


「あのさ、実は今日、他に先約があって……」

「泉ってその服好きだよね。ダサくない?」

「ダサくないです、お気に入りです」 

 

 無視ですか。

 いや、無視しているけど、絶対に聞こえているはずだ。

 なので、こちらも対抗して続けることにした。

 

「僕さ、い、伊織と、つ、付き合うことにしたから!」

「まずどこ行こっか?」

「じゃあ駅前のビルの……」

「そんなオタクショップなんて後でいいでしょ」


 全スルーされた。僕の決死の叫びが。

 だが確実に聞こえてはいる。

 僕の話が聞こえていない体を装っているが、さっきの一言で一瞬二人の動きがピクっと止まったからだ。

 もう一押しだ。

 

「だから今日は伊織と……」

「はいお兄ちゃんの分」


 僕が言いかけると、雫がすっと、五百円玉一枚を渡してきた。


「……なにこれは」

「お小遣いだって。服買いたいって言ったら一万くれたから」

「それでなんで僕が五百円……?」


 配分おかしいだろ。

 まあ、この前も小遣いもらったばかりだからいいけど。

 ……って違う。

 うまくごまかされそうになったが、今はそんなことを言ってる場合ではなく、


 ――ピンポーン。


 インターホンが鳴った瞬間、あっ、と声が出そうになった。

 が、すぐに思い返して冷静になる。

 てっきり伊織かと思ったが、伊織がこうやって家に来るわけがないんだ。

 あらかじめ昨日の夜に、明日はバス停あたりで待ち合わせしようって言っておいたから。

 父さん母さんは早くに出かけて、家には妹達しかいないので確実に邪魔されるだろう、ということは説明してある。

 

 第一約束していた時間よりずっと早いし、たぶんただのセールスかなんかだろう。

 僕がそう考える一方で、妹達は伊織が来たと思ったのか、凄まじい勢いでドドドドドっと玄関に出て行った。

 僕は椅子に座ったまま、しかし不吉な予感がして、玄関のほうに耳をすませていると。

 

「うわ~なにこんな気合入った服着てるの~?」

「きゃっ、ちょ、ちょっと」


 僕はガタっと立ち上がって、急いで玄関に向かう。

 なぜだ、なぜ現れたし。あれだけ家はダメって念を押しておいたのに。

 玄関前には、昨日同様、二人に絡まれている伊織の姿があった。

  

「ち、ちょっとやめなさいって!」

「へえ~へえ~」


 泉はよくわからない感心した声を上げながら、伊織の服をつまんでは質感を確かめていた。

 一方で雫は、伊織のワンピースの裾をめくり上げようとしている。

 おう、いいぞもっとやれ。一思いにいけ。

 ……なんてやってる場合ではない。早く止めないと。


「今日はなんですか? お母さんもお父さんも出かけてていませんけど?」

「そうそう、あたしたち以外誰もいないし」


 すぐ後ろにいるんですけど。

 怖いよ、僕って霊的なアレなのか。

 いないはずの僕と一瞬目を合わせた伊織は、こちらに助けを求めるでもなく、堂々と二人に視線を落として言い放った。


「うん、いいのよ。私、雫ちゃんと、泉ちゃんに用があるから」


 伊織の意外な発言に、雫と泉はそろって「へ?」とあっけに取られた顔をする。

 そしてその顔へ、伊織はまっすぐ微笑を向けた。


「私、二人に話があるから」


次も今日中に上げます。

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