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26話「ケガレとミソギ」


 犬神祭りが終わり、いつもの日々に戻った。

 学校では文化祭の準備が進められていた。


「すみません。参加できずに」

「いいのよ。優勝したんでしょ?」

「いや、なんか獏さんって人が祭りを壊しちゃって、優勝とかじゃない感じでしたね」

「そうなんだ」


 加奈子先輩は俺が犬神祭りに出ると聞いて、ほぼ一人でアーチづくりをしていた。木材が切られているが、釘もペンキもあるので、どうにか間に合うはず。そう思っていたのだが……。


「うわぁ、貧乏神が出たわ」

 白のペンキが、古くなってガチガチに固まってしまっていた。蓋がちゃんと閉まっていなかったらしい。


「自転車で買いに行ってきますよ」

「いや、ケントくんは、色を塗って組み立てておいて。どうせ、白いパーツは最後だし、そっちの方が早いから」

「わかりました」


 加奈子先輩が財布を持って、美術室から出ていった。ペンキ屋が潰れないといいけど。

 俺はその間に、ペンキを塗って組み立てまでやっておく。4メートルを超えるアーチなので、ちょっとやそっとじゃ作れない。ペンキを塗っても乾くまでに時間がかかる。


 ブルーシートを敷いて、大きな扇風機を回し、缶のペンキを開けてどんどん色を作っていった。木材を並べて、塗るだけだが刷毛もローラーも足りないので、いちいち洗わないといけないから、結構大変。しかもムラになることもあるので二度塗りだ。


「ペンキじゃなくて、ローラーを買ってきてもらいたいな」

「なんか言った?」

 振り返ると、鬼頭さんが美術室のドアを開けていた。

 しかも、後ろに狐娘たちを従えている。


「鬼頭さん、百鬼衆じゃなくて陰陽寮に入ったの?」

「そうじゃないわ」

「久しぶり!」

「ケントが普段、何をしているのか見に来たんだ。どうせ潜入捜査みたいなことをさせられるくらいなら自分から動いた方が、ケントも気持ち悪くないだろ?」

「気持ち悪くはないけど、そもそも俺の捜査をしてなんになる? それから今、ペンキを塗ったばかりだから美術室にいるなら、準備室のツナギを着た方がいいぞ」

 鬼頭さんたちはすぐに準備室に行って、適当に洗ってあるツナギを着て出てきた。


「よし、じゃあ手伝ってもらおうか。ペンキを塗っていくから、コンちゃん扇風機当てて行ってくれる。ブンちゃんはローラーと刷毛を洗って。鬼頭さん……」

「リンね!」

「リンちゃんはちょっと手伝ってほしい。力は要らないから、組み立てていくだけでいい」

「ちょっと! ケント! 私たちを顎で使うつもり?」

「どうせ捜査するなら、見るよりやってみた方がいいでしょ」


 順調に作業を続けていたら、加奈子先輩が帰ってきた。


「え!? 何!? どうしたの!? 誰!?」

 急に美術室にいる人数が増えたので、驚いて滑って転んでパンツを丸出しにしていた。さすがすぎて「おおっ!」と感嘆の声が出てしまった。


「犬神祭りの時に知り合った仲間が手伝いに来てくれたんですよ」

「仲間!?」

「顎で使ってください。コンちゃんたち、加奈子先輩ね。貧乏神の異能を持っているから、あんまり舐めるなよ。すごいからな」

「な、なにが?」

「どうも、神社に住む貧乏神です。あんまり食べ物は近づけないでね。腐らせるか発酵食品にしちゃうから」

「便利じゃん」

 ブンちゃんは「今度、牛乳持ってくるからチーズになるか試させて」と言っていた。


「いい娘ね。二人ともうちの学校の子? 異能者なの?」

「学校は違う」

「コンちゃんは狐火を吐き出せて、ブンちゃんは分身の術を使える。異能者アイドルを目指してるんだよね?」

「ん~、それはちょっと無理かもしんない」

「え!? まだ私諦めてないんだけど!?」

「こっちは鬼頭さん、あ、リンちゃん」

「いつもお世話になっております」

「いえいえ、こちらこそ助けられてばかりで」


 鬼頭さんと加奈子先輩は顔見知りのようだ。


「とりあえず、五人も揃ったんで、作業を進めましょう」

 加奈子先輩のパンツが後ろ前逆であることは誰も言わずに作業を進めると、過去一のスピードで終わっていった。加奈子先輩だけパンツの食い込みを気にするだけで、まったく気にならない。

 こうやって進めればいいのか。


「今度から加奈子先輩は、ジャージの上下を逆にして作業を進めませんか?」

「何を言ってるの?」

 真剣な提案をしてみたがダメだった。


 あとは文化祭の当日に組み立てるだけとなり、美術部は休暇に入った。


「あ、そうだ。ケントくん、天狗さんと連絡取れない? そろそろ禊の時期なんだけど……」

「一応取れますよ。何かやらかしたんですか?」

「いや、毎年ね。この時期は一年の穢れを浄化させるのよ。ああ、もう! パンツ食い込むんだけど、誰か何かやった?」

「やってませんよ。先輩が間違えただけです」

「なんだ、そう。それならいいか……」

「とにかく、天狗さんと連絡を取ればいいんですね?」

「うん、お願い」


 帰りがけに、自転車ではまぐり工務店へ向かう。

 秋風が枯れ葉を飛ばし、日は山に沈んでいく。山に囲まれたこの町は、マジックアワーが長い。


「お疲れ様です! 天狗さんに連絡って取れますか?」

 相変わらず、パソコンの前にいる團さんと井戸さんに聞くと、二人とも顔を見合わせていた。はまぐり社長は留守のようだ。


「なんかありました?」

「いや、ちょうど天狗さんがシャワーを借りに来ているよ。学校でなんかあったか?」

「いや、加奈子先輩が禊をしたいって……」

「おう。おかえり。ちょうどその頃だと思って山から下りてきたんだ」

 天狗さんがバスタオルで頭を拭きながら、新しい作務衣を着て事務所に来た。


「禊って何をやるんですか?」

「滝に打たれるんだよ。ケントもやるか? 地獄に行ってたんだからやった方がいいな。よし、ケントも明日、ケンゾウ爺さんの家に集合」

「え!? 何時ですか?」

「ん~、7時かな?」

「朝の!? 早くないですか!?」

「じゃあ、6時」

「早くなるシステム!?」


 この時、俺は日本のケガレもミソギもよくわからないまま、ただ滝に打たれるだけのイベントだと思っていた。まさか古代から続く文化に自分も触れるとは思いもよらなかった。


 カァ。


 遠くでカラスが鳴いた声が聞こえてきた。


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