115-4.第二回パン教室④(エリザベート視点)
お待たせ致しましたー
*・*・*(エリザベート視点)
我が姪、亡くなってしまった元王妃。
その娘でいる、今は洗礼名の『チャロナ』を名乗っている我が孫の調理人だけども。
(本当に……本当に、アクシアの成人したばかりと同じだわ)
所々違う箇所はあれど、あの子が生き返ったと思うくらい、そっくり過ぎていて。
対面した時、思わず涙が出てしまいそうになったわ。けれど、娘のエディも我慢したのだから私もなんとか耐えた。
そして、彼女の持つ異能、いいえ、チャロナ自身の調理技術を見て思ったわ。この子は玄人なのだと。
(動きに無駄がないし、教え方も丁寧。その前世で培った技術だそうだけれど、元王宮料理人だったシェトラスを凌駕するくらいだなんて)
それが、実はこの世界では王女だとこの子自身が知れば、どんな反応を見せてくれるのか。正直、良いのかわからないわ。
実は兄だと知らないでいる、シュライゼン殿下にも堂々と接している。王族ではなく、貴族として殿下が接しているからかもしれないけれど。
でも、彼女の成人の儀と生誕の式典はあと半月も経たずに行われる予定だ。
陛下に策があるとは言われたが、無事にこの子は受け入れられるのだろうか。
アクシアがどのようにして、亡くなった真実も。
「せっかくの焼き立てです! バターやエリザ様がお作りになられたジャムで試食しましょう!」
姫の言葉に、考えにふけり過ぎてたと自覚して、軽く呼吸を整えた。今日はせっかくパン作りを習いに来たのだから、気を引き締めなくてはと自分に言い聞かせた。
出来上がった、丸パンと姫が呼んでいる小さな丸いパンは。見るからにふっくらと柔らかくて美味しそうで、年甲斐もなく手を出してしまいそうになったわ。
「良い出来上がりです!」
姫は、熱いだろうにささっと素手で皿にパンを移してくれて。シェトラス達も手慣れた作業でアフタヌーンティーのように、紅茶などの準備をしていく。ただ、姫は時間がもったいないからと、契約精霊が変身した魔導具にコッペパン、の鉄板をスイスイと入れていき焼いていくのだった。
「ロティ、お願いね?」
『でふぅうう!』
ロティ、と呼んでいる契約精霊には少し見覚えがあったのだが。まさかね、と考えを霧散させて皆と一緒に食堂に向かう。
既に、マックス殿の契約精霊でいらっしゃるレイバルス公が整えてくださったテーブルにつき。丸パンもだが、切り分けてあるような少し固そうなパンも置かれていたのだった。
「チャロナさん、こちらのパンは?」
「はい! 午前中に作った、食事向きのパンです。フランスパンと言う部類なんですが、表面はパリパリしていて中身はふわふわしています!」
「うむ! 美味しそうなんだぞ!」
殿下も、パン作りを頑張っていらっしゃるようだけれど、手つきは問題ないが発酵と言う部分が難しいらしい。冷蔵庫のような魔導具を姫はロティに変身してもらってはいたのだが。
暑さや寒さを管理する魔導具だなんて、聞いたことがなかった。いつか、実現が出来ればいいけれど。
とにかく、せっかくの焼き立てなので、食事の祈りを簡単にしてから手に取ったが。
「まあ! こんなにも柔らかいだなんて!」
どこも固くなくて、どこまでもふわふわと柔らかで。半分に割れば、湯気が立ち柔らかい白い生地が出て来た。表面の香ばしさとは違い、なんとも優しい香りだ。
バターとジャムたっぷりがいいと姫が勧めてくれたので、遠慮なくたっぷりとつけてから口に運ぶ。
途端、堪えていた涙が出そうになってしまった。
「…………美味しいわ」
美味だけで語り尽くせないくらいの、至高の味。
以前の冷め切ったパンでも十分に美味しかったのに、出来立ては言葉で語れなかった。
王宮のパンも食べれる、公爵家の姫ではあったものの。これは、あの頃に感じた美味を軽く凌駕していた。
【枯渇の悪食】で失われた、かつてはこの世界にもあったかもしれない主食。それを、まさかこの年で口に出来るとは思わないでいた。
これを毎日食べられる我が孫が羨ましいと、娘や婿殿が言うのも通りだわ。羨まし過ぎて仕様がない。
「今までのパンは、バターとジャムだけの味を楽しんでいたけれど。これは違うわ。バターとジャムがうまく調和していて、いくらでも食べたくなるわ」
「生地の具合と、発酵を間違えなければ。エリザ様でしたらすぐに出来ると思います」
「謙遜なさってはいけないわよ、チャロナさん? これだけのパン作り。あなたの教え方があってこそ出来たのだもの」
「きょ、恐縮です!」
次に、フランスパンと言う見たことがないパン。
一度そのまま食べたのだけれど、表面がとても食べ応えがあって、中の白い部分も穴がボコボコ空いているのにふわふわで。ほのかに甘いのに、これには砂糖を一切使っていないんですって。
「素晴らしいわ……。このパンはどう作るのかしら?」
「正直……手間と生地の状態から考えると、玄人でも難しいんです。水を多く入れるので、生地が普通以上に手にくっつくのも難点ですが。生地の発酵も普通以上に時間がかかります」
「そう。けれど、あなたは可能にしているのね? 良い師がいたと思えるわ」
「……そうですね。もう二度と会えまえんが」
もう、二度と会えない。
それはわたくし達がアクシアに二度と会えないのと同じことだ。
この世界での実の母親が、もう既にこの世にいないと知れば。この女性は、いったいどう受け止めるのか。殿下や陛下に、それはかかっている。わたくしでは、出来ないのだから。
次回はまた明日〜




