所詮は悪女ですので。
「セレーナ・アルシス! 貴様との婚約を破棄する」
そう叫んだ皇太子がワインをかけてくる。
せっかくのドレスに染みができて台無しだった。
(せっかくこの日のために吟味したのに……)
嘆息した私は、濡れた髪を掻き上げて皇太子に問う。
「婚約破棄の理由を伺っても?」
「あなたが将来的に災厄となるからです」
皇太子の背後から、金髪碧眼の少女が進み出てきた。
強い意志を宿した双眸が、まっすぐに私を見つめている。
皇太子が少女の腰に手を回して得意げに言う。
「貴様も知っているだろう。同じ学園に通うエルだ。彼女が貴様の悪事を予知したのだ」
「セレーナさん、あなたは王国に災いをもたらします。私が視た未来は絶対です」
「なるほど……」
今年になって庶民の娘が編入したと聞いた。
しかも未来視ができるという噂だった。
それが目の前のエルらしい。
私はエルの腰に触れる皇太子を一瞥して嘲笑する。
「……どうやら、随分と誑かされたようですね」
「黙れ! エルは私の新しい婚約者だ。貴様と違って心優しい清らかな人間なのだ!」
皇太子は私の発言に激昂する。
今にも掴みかかってきそうなほどの剣幕だった。
一方でエルは冷静に私を咎めてくる。
「セレーナさん、あなたは悪役令嬢です。身勝手な思想を振りかざし、やがて大虐殺に走る王国一の危険人物なんですよ」
「証拠はあるのですか?」
「私が未来を視ました」
「たったそれだけの妄言で……」
私の反論を遮るように、皇太子が声を張り上げた。
「エルの未来視は絶対だ! 予言が的中する瞬間を私は何度も目撃している! その力が本物であるのは疑いようがないッ!」
「しかし……」
「つまり! 貴様が将来的に王国を脅かす災厄となるのは確定しているのだ!」
皇太子が顔を真っ赤にして主張する。
この勢いで無理やり話を進めるつもりらしい。
彼は舌打ちをして悪態をつく。
「戦場帰りの行き遅れの女が……せっかく引き取ってやろうと思ったのに、まさか国益を害するとはな」
(私が戦争で得た財産と兵力が目当てのくせに)
思わず言い返したくなったが、火に油を注ぐだけだろう。
それもまた一興ではあるものの、無駄なやり取りにしかならない。
私は本心を抑えて尋ねる。
「婚約破棄については承知しました。それで、災厄認定された私の処遇はどうなるのでしょうか」
「無論、罪人に相応しい処分を下す。財産をすべて没収し、戦奴隷として死ぬまで働かせてやろう」
皇太子が手を打ち鳴らした瞬間、兵士が私を包囲した。
勝ち誇った様子の皇太子は命じる。
「地下牢まで連行しろ」
「……正気ですか?」
四方八方から槍を突きつけられる中、私は問う。
皇太子は不機嫌そうに応じた。
「何だ」
「この程度の雑兵で私を拘束しようとは、正気なのかと訊いているのです」
私は手首の刻印に触れた。
そこから生えてきた柄を握り、一気に引き抜く。
刻印から飛び出したのは剣だった。
私は瞬時に回転して兵士の槍を弾く。
「ぐっ……!?」
「まったく、私なりに淑女になろうと我慢していたのに……」
ため息を洩らした私は、動揺する兵士を次々と斬った。
彼らは悲鳴を上げてあっけなく崩れ落ちていく。
皇太子は血相を変えて睨みつけてきた。
「き、貴様……っ!」
「心配は無用ですよ。誰も死んでいませんから」
私は悠々と笑い、残る兵士も同様に斬り伏せた。
一見すると凄惨な場面だが、場には一滴の血も流れていない。
私は仄かに光る剣を撫でて説明する。
「治癒魔術を刃に付与し、斬った端から肉体を復元しています。故にどれだけの致命傷を与えても決して死なせない……不殺の剣術というわけです。斬られた痛みは残りますけどね」
私は皇太子に歩み寄る。
後ずさろうとした皇太子はテーブルにぶつかってひっくり返った。
腰を抜かしたのか、彼は尻餅をついたまま動かない。
「本来は戦場で味方を迅速に回復させるための技術ですが、敵を苦悶させるのにも便利です」
私は剣を一閃させて、皇太子の喉を切り裂いた。
もちろん血は流れない。
しかし皇太子は斬られた箇所を押さえて目を見開いた。
「かぁっ、ああ……!?」
苦しむ皇太子が床に倒れる。
私はその背中に容赦なく斬撃を浴びせていった。
「ほらほら、これくらいで泣き叫ばないでください。皇太子の沽券に関わりますよ」
何度か斬っただけで、皇太子は失禁して気を失った。
白目を剥いてぴくぴくと痙攣している。
「情けない。反撃の一つでもしていただけると思っていましたのに」
私は未来視の力を持つエルを見た。
彼女は少し離れた場所で呆然としていた。
「嘘……こんなはずない。あんたは破滅ルートに入ったはず……」
「ほら、あなたも」
私は笑顔で駆け寄り、エルの胴体を剣で薙ぎ払う。
臓腑を断たれた痛みに彼女は悶絶した。
「うぎゃあああああああぁぁっ!」
「あら、良い声で鳴くじゃありませんか。素敵ですよ」
私は気分よくエルを滅多刺しにした。
彼女は掠れた声で命乞いをする。
「あっ、うぁ……た、たすけて……」
「私が災厄になるという予知……ちゃんと的中しましたね。おめでとうございます」
「ごめ……んな、さい……」
「謝らないでください。エルさんは何も悪くありません。どうぞご自由に振る舞ってください。私も好き勝手に振る舞いますから」
ほどなくしてエルは激痛のあまり失神した。
物足りなかったので剣を頭に刺し、その痛みで強制的に目覚めさせた。
そしてまた笑いながら斬りまくる。
途中からは皇太子も仲間に入れてあげた。
そうして二人を弄んでいると、背後から殺気が迫ってきた。
私は振り向きざまに剣を叩き込む。
斬撃は分厚い盾に阻まれてしまった。
攻撃を久々に防御された事実に私は感心する。
「おや」
そこに立つのは、白銀の鎧を着た男だった。
端整な顔立ちだが、人形の無表情である。
私は連続で剣を振るうも、すべて男の盾で弾かれた。
相手の力量を把握した私は、手を止めずに尋ねる。
「あなた……只者ではありませんね。名前をお伺いしても?」
「ロイド・アーヴァン」
「歴代最年少かつ最強の近衛兵長……なるほど、噂に違わぬ実力です」
私は渾身の突きを繰り出す。
ロイドは盾で強引に受け流してみせた。
一連の動きを認めた私は、剣を持ったまま彼に告げる。
「――ロイド・アーヴァン。私の伴侶になりなさい。共に覇道を歩みましょう」
「お断りします」
「え?」
私はぽかんと固まってしまった。
まさかいきなり拒まれるとは思わなかったのだ。
目をすらすロイドは、どもりながら小声で述べる。
「あの……自分は独り身で過ごすと、決めているので……」
「何を仰るのですか。あなたほどの才能を後世に活かさない手はありません。子を為すべきですよ。ぴったりの相手がここにいます、さあさあ」
私が笑顔で詰め寄ると、ロイドは赤面してたじろいだ。
直前までの盾捌きが嘘のように狼狽えている。
「ちょ、ちょっと……」
「婚約に際して何か要望はありますか? あなたのためでしたら努力しますよ。可能な範疇で理想の女になってみせましょう」
「えっ……で、では人を斬らないでください」
「それは無理です。私の生き甲斐ですので」
私は胸を張って断言する。
ロイドはますます困った様子で言った。
「皇太子を斬り、その婚約者を斬り、災厄と呼ばれながらも求婚してくる……あなたは無茶苦茶ですね」
「ふふ、それはそうでしょう。所詮は悪女ですので」
私は誇りを湛えて答えるのであった。
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