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『冥府の河の向こうは綺麗かな。』  作者: 朧塚
新約・冥府の河の向こうは綺麗かな。
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CASE  城下町‐ザクロの果実‐ 1


「田舎でのスローライフって憧れるわね」

 そう言いながら、イリーザは電車の窓から田園を眺めていた。

 瓦山の民家が並んでいる。

 この辺りは。今、春らしく、桜が咲いている。

 遠くには木々に覆われた山々が広がっていた。

「お前の家、軟体生物が繁殖してそうな程、ジメジメしたお城だもんな。牧歌的とは天体の北と南程、離れているもんな!」

 セルジュは、自身の纏う真っ赤な着物の裾を直しながら、手鏡で髪の毛を弄っていた。

「もうさ。セルジュは何で、皮肉や嫌味が止まらないのよ」

「そういう性格なんだよ。それに事実を指摘しただけだろ」

「別にわざわざ言わなくてもいい事ってあるじゃない」

「うっせぇーわな。貴様ら狂人共と一緒にいると、こっちも発狂するわ。斜に構えて無いと、理性を司る脳組織が耳から零れ落ちていきそうだわ」

 セルジュはいつものように、イリーザに毒づく。


 二人は少し前に知り合った千年以上生きている妖怪『土蜘蛛』からのビジネスの依頼で、ある田舎の地方を訪れる事になったのだった。

 仕事着として、土蜘蛛から先日、貰った着物を着てくるように言われた。

「おい。この和服、何か特殊な呪物なんじゃないだろうな?」

「うーん。その可能性、絶対あるでしょ。あのクソババア。言葉に裏ありそうだもん」

 そう言いながら、二人共、行き先の旅を楽しんでいた。

 電車は数十年もので、外装はグリーンとベージュだった。

 日に二本しか出ていないらしい。

 乗客はセルジュとイリーザの二人だけだった。

 駅弁も売っており、牛肉を煮込んだものだ。米とよく合う。所謂、牛丼を弁当にしたようなものだ。牛丼と違うのは、弁当箱の中にはカマボコや卵焼き、煮豆も入っていた。

 イリーザは和服の背中に背負った大型のクマのヌイグルミを席に置く。リュックサックになっているみたいで、中から缶ジュースのようなものを取り出して、ぐびぃぐびぃと音を立てて飲んでいる。

「なんだよ? それ? 美味いか?」

「んー。缶の色が可愛いのよね、味もフルーティーでいいの。パッションフルーツとかグァバとか南国系の味がする」

「缶の色がピンクなんだな、っていうか、それエナジードリンクだろ? 胸ヤケしねぇのかよ?」

「ん、缶の色が可愛いから問題ない! セルジュも飲む?」

「遠慮しておくわ。太りそうだ」

 イリーザは二杯目、三杯目とピンク色の缶のエナジードリンクを開けていく。

 電車がごとん、と揺れる。

 イリーザの首から下げられた“呪殺”と描かれた金属製のペンダントも大きく揺れた。

 セルジュはスマホを眺めていた。

 到着は後、一時間と少しくらいか。

 予想以上に、着物が動きにくい。

 化物を相手するなら、確実に動きに制限が出るかもしれない。


「おい。イリーザ。殺し合いになるかもしれないから、一応、得物持ってこいって言われたけど、大丈夫か?」

「ん、大丈夫でしょ」

 そう言うと、イリーザはクマのバッグから、がちゃがちゃと、電車の席に凶器の類を置いていった。ナイフ数本、スタンガン。牛刀。金槌。五寸釘。藁人形。鉈。アイスピック。マイナスドライバー。ボンナイフ。

「おい。お前のバッグは異空間のポケットかよ。青色のタヌキにでも貰ったのか?」

「上手く収納しているだけだよ」

 実質、貸し切り状態の為、誰も怒る者もいない。

 問題は、イリーザは満員電車の中でも凶器を自然体で取り出す為に、セルジュは迷惑していた。今は言わない事にした。

「まあ。後、一時間くらい景色でも楽しむか」

 セルジュは小さく、思い出し溜め息をするのだった。



 終着駅のバス停には、土蜘蛛がベンチに座って待っていた。

 黒いおかっぱ頭に童女姿のそれは、とても世の無常を千年も見てきた女には見えない。


「おお。ちゃんと来たのう」

 土蜘蛛はシャボン玉を吹かしながら、二人を待っていた。

 泡が宙を舞う。

「おい。なんだ? それは」

「煙管の類は吸わんからのう。暇潰しにな」

「スマホとかあるだろ」

「儂には最近の精密機械はよう弄れん」

「文明開化前の原始人みてぇだなー。まあいい。案内して貰うぞ」


 土蜘蛛はシャボン玉の入れ物を仕舞うと、ベンチから立ち上がり歩き出した。

 駅から離れると、よく舗装された雑木林の中に道があった。

 しばらく歩くと、農家や畑みたいなものが見えてくる。

 この辺りは不可思議な場所で、桜と一緒に紅葉が訪れる。

 薄桃色の桜の隣に、燃えるような色の枯れた紅葉が咲いていた。


「此処からは異界じゃから、気を抜くなよ」

 土蜘蛛の顔が少し険しくなる。

 セルジュとイリーザは頷く。

 土蜘蛛からの依頼は、この田舎の村を牛耳っている“殿”と呼ばれている男の暗殺だった。

 村は“城下町”から流刑にされた者達が住んでおり、城下町の城に住まう殿を始末すれば、この場所はよくなるだろうという話だった。つまり、殿は暴君であるという事だ。

 

 三名は農村を歩いていく。

 人々が木綿の薄汚れた着物を着ている。作務衣を着ている者もいた。

 井戸からは死臭が漂っており、家畜小屋からも正体不明の酷い異臭がしていた。

 彼らは三名を一瞥すると、そそくさと離れていく。

 村人達はみな、異形の姿をしていた。

 眼球が六つある者。頭にもう一つの顔がある者。腕が五本ある者。脚が八つある者。背中が蛇のように長く四足歩行をしている者もいた。彼らは人語を話し、畑を耕したり、村で野菜や肉を売ったりしていた。


「何だ? こいつらは?」

「ああ。こやつらは“増え続ける病”に罹っておる。“増殖疱瘡”と呼ばれておる。城下町で疾病すると、村に流刑にされるんじゃな」

 土蜘蛛は淡々と説明していく。

「ちなみに、着物を着とらん者は余所者として入れてくれん。逆に、村の者達は五体がマトモであるなら城下町の者と思い、敬う」

「薄気味悪い、ドレスコードだな」

「手足が増える病気って……。その、私達も感染しないの?」

「大丈夫じゃろ。この辺りの人間は近親行為を繰り返して血が濃くなっておる。更に、感染元ははっきりしておる。人の肉じゃな。あるいは、血と骨か。それを日常的に食し、特殊なウイルスが原因じゃ」

「おい。この辺りの連中は人肉が主食かよ」

「何度も飢饉が訪れておったからのう。人の肉を食する過程で、人体構造が普通の人間と少し変化したらしい」

 がつがつと、ザクロの実を食べている男がいた。

 彼は背中から、女の身体を生やしていた。女は何か民謡のようなものを歌っていた。


「さて。此処から一里程歩くと、城下町への通行門が見えてくる。まあ、住民達とは目線を合わせぬ事じゃな」

「なに? 襲われるって事?」

「いや。彼らは哀れみの眼で見られるのが嫌なのじゃよ」

 土蜘蛛は少し物憂げに言う。

 イリーザには土蜘蛛の意図や感情が理解出来ないみたいだった。


 村の景観は荒廃したものだった。

 途中、川があり、橋があって、大きなダムのような場所に通り掛かる。

 川には水死体が散乱していた。鴉によって、遺体が啄まれており、水をよく吸った死体からは蛆が湧いている。

 更に、生ゴミや他、粗大ゴミと一緒に死体が無造作に放り込まれていた。

 住民達の何名かは、そこに釣り糸を垂らしていた。何かどす黒い鱗の魚が釣れたみたいで声を出して喜んでいる者もいた。


 畑の一つで、色取り取りの風車が回っているものがあった。


「あの小さな風車って何なのかしら?」

「…………。一般的には水子……。つまり、堕胎した胎児や、生まれて間もない子供を間引きして、その供養と言われているな」

「でも、あれってスイカとかメロン、植えてない?」

「ジャガイモ畑もあるのう」

 土蜘蛛は飄々と笑っていた。

「此処では、安く土地売っているらしいのう。手続きは面倒じゃが、余所者でも一応、住めるらしい。住むか? 住めば都かもしれぬぞ」

「こんな場所で田舎のスローライフかよ? 人生の終焉もイイ処だな」

 セルジュは鼻で笑う。

 住民達の会話も珍妙なものだった。

 スギモトさんの家の処のナツエがろくろ首になれたそうじゃ!

 そうか! それは山の精霊様に近付いた証じゃな。スギモトさんは目出度いなっ!

 …………、意味不明な会話が続いていた。

 他にも、家屋の開いた襖からこちらに視線を向ける者がいた。それはヤモリのように天井に張り付いている男だった。土蜘蛛は少し睨むと男はそそくさと家の奥へと消えていった。


 眼鼻の無い者が薬売りをやっていた。

 何でも、身体の部品が増殖していくのを抑える薬で飲み薬と塗り薬があるらしい。どちらもコンビニ弁当くらいの値段で売っていた。

 少し小綺麗な家屋が見えた。

 どうやら、風俗街みたいだった。

 両脚が無かったり、残っている四肢が右手だったりする女達が花魁姿で街頭に立って客を呼び込んでいった。ちょうど、腕が四本に眼球が六つ、背中に大きなコブのようなものがある男が店に入っているのを見かけた。四肢欠損が色町で働く女の条件らしかった。


「城下町の中で大きな盗みを働いたりだとか、放火したりした者も罰として、村に落とされるらしいのう。その際に、身体の一部を切断されたり、盲目にされたりするそうじゃ。その者達は薬売りや風俗嬢として残りの生涯を終える人生が待っているらしいのう」

「知り合いに、生物や人間や物体に“欠損物”があると人生を賭けて喜ぶ女がいるんだが、そいつに此処、紹介するか。嬉々として、この気味悪い村で田舎のスローライフを送るだろうぜ」

 セルジュは毒づいた。

 

「で、この地獄巡りはいつ終わるんだ?」

「もうすぐ、神社が見えてくる。その神社の拝殿の中に、城下町に入れる門がある。通行の為の道具は持っておる。もうすぐ、我慢せい」


 イリーザの方は珍しいものを見て、隠れてスマホで写真撮影や動画撮影を繰り返していた。帰って、ネットの動画投稿サイトにも上げるつもりかもしれない。最近、動画投稿者も始めたらしい。もっとも、何度も運営から動画削除とチャンネルの凍結を喰らっているらしいが。

 

 やがて、神社が見えてきた。

 怨霊でも出そうな廃れた場所かと思っていたが、意外にも神社は綺麗だった。

 石段を登り、鳥居をくぐり、拝殿が見える。

 拝殿の前には、二人の桃色の振袖を着た少女が立っていた。狐面を被っている。

 そして、明らかに門番であろう甲冑姿の馬に乗った武者が、馬の手綱を握りながら此方を窺っていた。兜の下には威圧するかのように骸骨の仮面を被っている。刀を抜いており、所謂、妖刀という奴なのか刀身から鈍い緑色の光が放たれ、紫色の煙を噴出している。ムリヤリ通れば、すぐにでも首を落とす、と無言で圧を掛けていた。


 土蜘蛛は門番を気に留める事なく、懐から紐で綴られた銅貨を取り出して、二人の少女に見せる。少女達は狐面を外して、銅貨をまじまじと見ると通っていいと合図をする。少女達は双子なのか同じ顔をしていた。

 三名は、拝殿の開かれた扉の奥へと進んでいく。

「………………。しかし、エライ物騒な門番だったな」

 セルジュは軽口を叩く。

「あの武者じゃが、双子の式神じゃろうな。ちなみに、オナゴに見えるが、あやつら男じゃぞ」

「へぇー。男の娘って奴ねっ! 私、結構、そういうの好きかもっ!」

 拝殿の中は、何やら金色に塗られた巨大な阿修羅像のようなものが両隣に並んでいたが、此処の宗教観、意味不明だな、とセルジュは呟いた。


 やがて、城下町の中へと入る。

 そこにいる町民達は、小綺麗な格好をしていた。


「宿でも取るかのう、もう夕暮れ時じゃしのう」

「此処で使われる通貨は持っているんだろうな?」

「無論」

 土蜘蛛は適当な民宿を見つけると、三人分の料金を支払った。


セルジュ「この前、雪山行って、二十歳過ぎて、恥ずかし気もなく、

メルヘン世界の赤ずきんちゃんをビジネスのついでに、

”事故死させる事”を狙っていたんだが。何とか出来ないかな」


イリーザ「なにそれ……。本当に嫌いなの? その女?」


セルジュ「化け物の徘徊する汚いビルがあって、あの女、そこに移住して、以来、そのクソババアの赤ずきんのせいで、フリークスの化け物達が刺客としてやってくる。最近、定期的に変な化け物に襲われる。なんか気持ち悪い性癖の赤ずきんのせいだ」


イリーザ「私刺すよ。セルジュの為なら。そいつ殺そうか?」


セルジュ「……無理だろ。あいつ俺より強いのな。更に殺せても、一族やら村の呪いやらに取り憑かれているから、仮に殺せても化け物に呪われる。だから他の奴に殺して貰うか、事故死がいいんだが、難しいな……。あいつ、中々にしぶとくて強いから」


イリーザ「最悪じゃん…………」

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