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『冥府の河の向こうは綺麗かな。』  作者: 朧塚
新約・冥府の河の向こうは綺麗かな。
39/60

CASE 霧の街の幽霊ツアー。‐残虐公の伝説。‐ 3

 入り口の付近で、占い師のレヴィルダが両手を広げて、何かまじないをしていた。彼女は天へと向かって、何か奇妙な祈りを捧げている。

 彼女の背後から、得体の知れない幽霊達が、半ば実体化しながら現れた。


「おおっ! おおっ! わたくしめをお出迎えになられましたねっ! シャルル・ペリアル様っ! わたくしめも、今すぐ、そちらに向かう事になりますっ!」

 彼女はそう叫んだ。


 はしゅ、と、乾いた音と共に、薬莢が落ちる音がした。

 ディートリアだった。

 占い師の脳天が弾丸によってブチ抜かれて、狂気の占い師は地面に倒れる。

 彼女は、この占い師はあちら側とコンタクトを取る為に、この会に参加した裏切り者だろうと判断して、始末したのだった。


 セルジュは溜め息を吐くと、他に何か異変が無いか調べる。


 イリーザはクローゼットの中に隠れて、ビクビクとしていた。


「おい。クローゼットに隠れて、化け物からやり過ごそうとする殺人鬼なんて聞いた事ねぇぞ。頑張れ、追い掛けて、刃物とかで犠牲者出す側になれよ」

「仕方無いじゃない。武器は全部、使っちゃったんだから」

「まあぁ。お前、一般人相手にしか強くねぇえもんな」

 セルジュは溜め息を吐く。


「それよりも。あのお婆さん、最後の一人。変なお婆さんがいたでしょう? あれの行動が怪しい。何処に行ったか分からないけど、まだ、ホテルの中にいると思うんだけど」

「そうか…………、で、お前はどうするよ?」

「セルジュ、あんたに連いていくわよ。私一人になるの嫌だから」

「そうか」



 老婆の部屋にセルジュとイリーザの二人は向かう。


 六十歳くらいの老婆ヴィヴィバラは、うずくまりながら、頭を抱えていた。


「駄目だわ。シャルル様はお怒りになられている……」

 老婆はブツブツと、残虐公の名を口にした。


「おい。婆さん、あんた、何者なんだよ」


 老婆は顔を上げる。


「ああ、わしか。わしは、残虐公に殺された人柱の娘の子孫だ。わしの家は代々、シャルル・ペリアルに恨みを抱いて、そして、同時に畏怖と敬意を持ち、彼の事を語り継いできた」

「はん、そうか。このツアーに参加したのはワケあってか?」

「そうじゃ。これでも、生贄の血を引いておる。わしの声が、残虐公に届けば、彼を鎮められるかもしれぬと、このツアーに参加した」

「どうすれば、鎮魂する事が出来るの?」

 イリーザは訊ねる。


「わしのこの身を捧げれば、彼の魂を鎮魂出来るかもしれぬ。やるだけやってみようと思うが」

「そうか、是非、お願いするぜ」

 セルジュは、疲れて、部屋にうずくまる。


「お婆さん、本当に奴を鎮められるの? 鎮められなかったら、殺すわよ?」

 イリーザは怯えた顔で言った。

「分からぬ。だが、残虐公の性格なら、あるいは…………」

 老婆ヴィヴィバラは意外な事を口にした。



 鉄仮面を被った残虐公シャルル・ペリアルが、ホテルの入り口に馬で到着する。彼の肩まである金色の髪の毛は、霧の中でゆらめいている。


 老婆は残虐公の前に現れる。

 残虐公シャルル・ペリアルは、老婆の前にかしずくと、老婆の掌に接吻した。

 残虐公はまるで、従順な騎士のように見えた。


「まさか。あの仮面野郎が、ババア専だってな」

「人は見掛けによらないものねえ。まあ、これで鎮められるものなら、共に行ってくれないかしら」

 イリーザは顎に手を置いて、大きく溜め息を吐く。


 しばらくして、鉄仮面の男は、老婆を離す。


「すまぬな。私は八十を越えた女が好みなのだ。お主は五十……いや、七十にも満ちていない筈だ。後、十年したら相手してやろうっ! 小娘よっ!」

 そう言って、鉄仮面の男は、剣を掲げて、再び、セルジュ達の前に立ちはだかった。

 老婆ヴィヴィバラは、愕然として、膝を落とす。


「くっ。このわしでも、小娘か。流石、別名、熟した女専門と呼ばれたシャルル・ペリアルッ!」

 ヴィヴィバラはただひたすらに、項垂れていた。


 ぽしゅん、と、音がして。

 シャルル・ペリアルの脳天に弾丸が撃ち込まれる。

 二階にいたディートリアだった。彼女がマスケット銃で狙撃したのだった。


 残虐公はそのまま倒れる。


「倒したのか?」

 セルジュは二階の方を見る。

 ディートリアは不安そうな顔をしていた。


 イリーザは、項垂れている老婆の下へと近付いていく。

 そして、おもむろに、懐からホテルのキッチンで拝借してきた牛刀を取り出して、老婆の首を切り付けた。老婆の首から勢いよく鮮血が飛び散る。


「せっかく、楽しいツアーだった筈なのに…………。あんたが、さっさと、出ていけば……そして、あいつをあんたが止めればいいものを…………」

 イリーザは履いている右足の二―ソックスを脱いでいく。そして、ソックスの中に、そこら辺の石を大量に詰め込んでいく。その後で。

 石を詰め込んだソックスをヌンチャクのように振り回して、何度も、何度も、何度も、何度も、老婆の頭を顔を殴打していく。血飛沫が飛び散り、歯が地面に転がり、イリーザは理不尽を絵に描いたような凶行にいきなり及んだのだった。


 セルジュとディートリアの二人は、そんなイリーザの狂態を見て、唖然とした顔になる。


「おい…………、死んじまうぞ? 八つ当たり止めろ……。……ってか、喉切ったよな?」

 セルジュが唇を引き攣らせる。

 白いワンピースのお嬢様風の女、ディートリアが二階から飛び降りて、地面に着地する。

 そして、何度も石の詰め込まれた靴下で老婆を殴打し続けるイリーザの光景を見て、セルジュに訊ねる。


「何があったの? 彼女……?」

「いや……。あいつ、発作だろ、多分……。もっともらしい理由言っているけど、ずっと、人殺せない鬱憤溜まっていたんだろ……。一番、弱そうな奴、狙って殺したくなったんだろ。まあ、ありていに言うと、八つ当たりだな」

「はあああぁぁ…………っ!? いつも、あんななの?」

「いつも、あんなだよ、大体。発作みたいなもんだから、放っておくしかねぇえよ。大丈夫だよ、俺達は。あいつより強いから、イリーザに刃物向けられても、何とかなるだろ」

 セルジュは、半笑いで、老婆の顔面を石の詰まった靴下で殴り続ける少女の背中を眺めていた。

「そうなの……。はあっ…………面倒臭い小娘ね……」

 ディートリアは微妙そうな顔で、自身の長い黒髪を撫でた。


 イリーザは一通り、老婆の顔面を砕き終えると、振り返って後ろに訊ねた。その瞳は、とてつもなく、嬉々としたものになっていた。


「取り敢えず、止め刺しましょうかしら? 残虐公に」

「ああ。そうしてくれ」


 ディートリアは懐から、散弾銃を取り出すと、倒れている鉄仮面の男の全身に雨あられと鉛玉を浴びせ続ける。


 硝煙がしばらく、漂う。

 後に残されたのは、ハチの巣の死体となった、占い師のレヴィルダのボロクズ死体だった。



「でさあ。残虐公は、まだ、この霧の街の何処かに彷徨っているのかよ」

 セルジュはこの国で発行されている新聞を読みながら、ホテルのチェックインの時間まで待機していた。10時になれば、このホテルを出発するつもりだ。

 結局、ツアーの参加者の八名のうち、四名は死亡してしまった。

 貿易商人のボルコマネは、おそらくは、狂乱した老紳士のジョネスに。

 老紳士のジョネスは残虐公に。

 占い師のレヴィルダも残虐公の手によって。

 そして、人柱の血を引く老婆ヴィヴィバラは、狂乱したイリーザの手によって死亡した。


「おい。残虐公シャルル・ペリアルは、どうやら、ジョネス、レヴィルダの肉体に取り憑いて、この現世に受肉していたらしいぜ。イリーザ、お前、何で、あの老婆ブッ殺したんだよ?」

「さあ? 私、ビッチが嫌いだから。六十も超えたババアも、ババアが、王子様みたいな公爵と恋愛しようってものだから、見ていて見苦しくなってね」

 イリーザは、人を喰ったように飄々と答える。


 ファルグとディートリアの二人も、荷物をまとめていた。


「そう言えば、お前ら、俺達の事を知っていたみたいだが?」

「ああ。“亡者の魔窟”の事は御存知だよね」

 ファルグが訊ねる。

「…………、関係者か? 俺を始末しに来たのか?」

 セルジュは、一気に警戒し、いつでも臨戦態勢に入れるようにした。

「そう構えなくてもいいよ。むしろ、あそこは、俺とディートが二人で壊滅させた。本当に汚らしい場所だったからね。住民達がさ。あそこ一帯、火を放って、薪の山にした」

 そう、吸血鬼を名乗った男はそう告げた。


「そうか。御苦労な事だな」

「俺達も別件であの住民達から狙われていたからね。返り討ちにしただけだよ。……ただ、一人、赤い頭巾の魔女を家財道具もろとも逃してしまったんだけど。追い切れなかったな。ディートがすっかり、竦んでしまってさ」

「そうか。あの魔女も無事か。手を出さない方がいいぜ。後生の為に」

「ホント、そんな感じだったよ。あの赤頭巾、俺達じゃキツい」

 そう言って、吸血鬼は飄々と口笛を吹く。


「さて、と。もう、十時を過ぎているけど、さっさとチェックアウトしない? ホテルの従業員達に悪いし」

 イリーザは大量の呪物をキーホルダー状にしたものを、キャリー・バッグから吊るしていた。


「お前、幽霊がいなくなった途端に、ホント、元気になったよな。熱、大丈夫なのか?」

「お陰さまでー。私は、うん、元気いっぱいだよ」


「ああ、そうだ。お二人共、今度、私の手作りのパイを御馳走しましょうか?」

 ディートはそう訊ねた。


「…………、嫌な予感がする。何が入っている。説明しろ。人の肉か?」

「いいえ。チョウセンニンジンに、トリカブト。オブトサソリに双頭の熊肉を少々。私の地方の肉パイの伝統料理なんですよ」

「…………、おい、ちょっと待て、トリカブトだ? 毒盛るつもりか?」

「いいえ。トリカブトはれっきとした漢方薬に使われてますよ。根の部分を毒を抜いて使うんです」

「どの道、遠慮しておくわ…………」

「それは、残念。うちの地方の伝統料理なのに」

 お嬢様風の女は、顎の辺りに人差し指を当てて首を傾げるのだった。



 セルジュとイリーザ。ファルグとディートリアの四名は、霧の街を後にする。

 幽霊と共に生きて、伝説の残虐公を崇める街。


 やがて、街を出る列車に乗る際に、セルジュとイリーザは、人ゴミの中に奇妙な人物を見つける。

 それは、鉄仮面を被った男だった。

 

「そう言えば、あの仮面の下って、どうなっているのかついに分からず仕舞いだったわねー」

 イリーザは呟く。

「なんでも、国民達の反乱にあった際に、顔面の上半分を大火傷したらしいぞ。……、あるいは、単に不細工な顔立ちで顔を隠しているとも言われている」

 ファルグはそう説明する。


 ふと、セルジュとイリーザは、列車の下に見知った鉄仮面が転がっている事に気が付く。つまり、もし、あの残虐公がこの辺りにうろついているとしたら、また、迎撃しなければならない。それも、列車の中だ。ホテルの籠城での籠城よりも、遥かに面倒臭い。


 イリーザは何かに気が付いたように、指差した。

 セルジュと、ディートの二人が人ゴミに紛れたある人物を眼にする。


 それは、肩の辺りを髪止めで結んだ、見知った背丈の男だった。顎や唇の形からして、明らかに、あの鉄仮面の素顔だった。ファルグも相当な美形だが、眼の前の男も、相当な美形だと言っていい。繊細な優男といった風情だ。


 気付けば、優男は何処かへと消えていた。

 セルジュとイリーザ、ディートの三名は言葉を失う。


 その後、四名は五時間程、列車にゆられて帰った。

 特に列車内で不穏な事は何も無かったが。


 あの笑みは、明らかに、別の街に行って良からぬ事を企んでいる眼差しなのだと、セルジュは経験上、知っている…………。残虐公は、故郷の霧の街を出て、一体、何処で何をやろうと考えているのか…………。

 ……何をやろうが、関わり合いになりたくねぇな……。

 セルジュは、一人、呟くのだった。



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