対エルフ4
「撃て撃て撃て撃て!!!」
トンネル内に拓也の絶叫が木霊する。
エルフの迎撃に最適と思われる地点に陣を構えた拓也達は、カノエに貰った魔導具をメインに全火力で持って迎撃を行っていた。
暗いトンネル内に現れたエルフのものと思われる魔法の光。
それに向かって全力射撃をしているのだ。
拓也がレールガンもどきを連射し、アコニーが魔力の銃で狙撃する。
そしてニノやタマリ達までも銃や弓を片手にそれに加わる。
正直な所、真っ当な訓練を受けたアコニー以外の命中率には期待はしていない。
しかし、空飛ぶ敵を落とす際、命中率が低ければ物量でカバーすれば良いと太平洋戦線の米軍が証明していた。
要は弾幕である。
点で駄目なら面で当てる。
しかしてそんな攻撃すらもエルフはトリッキーな動きで回避する。
「来るな!来るな!来るなぁ!」
明らかに人間を越えた動きをする的にタマリも半泣きでドンドン矢を射る。
的が外れてエルフの遥か後方で発生する爆炎。
どんどんと距離を詰める敵。
エルフが近づくにつれ皆の恐怖が高まっていく。
殺されるのが先か撃ち落とすのが先か。
そんなチキンゲームである。
それも弾が有限である以上、時間経過は敵に味方する。
だが、敵を狙った攻撃は、その弾道を読まれているのかヒョイヒョイ避けられ当たらない。
これは駄目かも……そんな言葉が皆の脳裏によぎる。
だが、そのチキンゲームの終わりは実にあっけないものであった。
恐怖の余りタマリの弓からすぽ抜けた矢は、エルフの手前の壁で爆発する。
今まで相手の殺意から弾道を読んでいたエルフも想定外の爆発には対応できなかった。
爆風に煽られ、体勢を崩したエルフ。
そんな彼に追い討ちをかけるかのように弾幕が襲い掛かる。
まず、拓也がしっちゃかめっちゃか撃ってた弾が当たり、動きが止まった所でアコニーの砲弾がエルフの胴に吸い込まれた。
相対距離、残りわずか100m。
爆炎に包まれたエルフはトンネル内を駆け抜ける爆風と共に惰性に従って墜落したのだった。
「……やったか?」
エルフを貫いた弾丸の爆風が拓也達の位置を過ぎ去った後、拓也は周りを見渡しながら皆に聞く。
「ど、どうでしょう?
って言うか奴はドコですかね?
砕けちゃいましたかね?」
普通の人間なら五体が砕けてしまうような爆発だ。
アコニーはキョロキョロと周囲を見渡しエルフの姿を探しながら拓也に答える。
「あ!あそこだよ」
一番先に気が付いたのはイラクリだった。
彼が指差した先にあるのは真っ黒に焦げた人型。
五体満足なようだが、どう控えめに見ても焼死体である。
到底生きているようには見えなかった。
「死んだよね?」
「流石にこう真っ黒焦げじゃぁ死んだでしょ。
ちょっと確かめてみる?」
ビクつくアコニーの声にタマリはふふんと鼻を鳴らすと、黒焦げの物体の脇に落ちていたエルフの物と思われる剣を拾ってエルフの体に何度も刃を振り下ろす。
「えい!えい!
ふぅ…… うん、死んでるね!」
グサ、グサッとめり込む刃。
それでも動かない焦げた人型を見て、タマリは笑顔で振り返り名がら皆にそう告げる。
「なんだ、言う割にはあっけないね」
「ホントだよ。
雑魚も良い所だね」
カノエから聞いてたエルフの前評判と目の前に転がる焼死体。
死ぬ気で身構えていた二ノやイラクリは、とんだ肩透かしだと肩をすくめ、これでもう安心だと警戒心を解いていく。
だが、そんな彼らを見て、拓也の脳裏に不安がよぎる。
こういう光景は何度か見た。
「まぁ待て。
こういう場合、映画とかだと油断してると復活するのがお決まりのパターンだ。
ゾンビ映画とかじゃトドメを忘れると逆襲される法則もあるし、ちょっと念には念を入れよう」
ドン!ドン!
頭と心臓に一発づつ。
ぐちゃりと潰れた頭蓋はグロそのものであったが、ここまでやれば拓也も安心が出来た。
流石にこの状態からの復活は無理であろうと思ったのだ。
「ふぅ、これで大丈夫だろ。
さぁ皆。装備を片付けたら出発するぞ」
対エルフ用に持ってきた装備に用は無くなったとはいえ、ここで捨てるのは余りにも勿体無い。
拓也は荷物を纏めるように皆に指示すると、皆も当然のように荷物を纏める。
そんな中、いち早く荷物をまとめたイラクリとタマリは、エルフから奪った剣をまじまじと見ていた。
「イラクリ、見てごらんよ。
この剣は一体何で出来てんだろうね。
鉄…… にしては軽いし、なんか光の加減で色が変わる……」
「こんなん見た事ないね。
でも、さっきまでの事を思い出したら、珍しい剣くらいじゃ、ちっとも驚かなくなったよ。
まさか空飛ぶバケモノが来るとは思わなかったよね。姉ちゃん」
「全くだね。
まぁでも、そんなバケモノもああなっちまったらお仕舞いだよ。
と言っても、あんなのが何体出てこようが姉ちゃんが守ってやるからね」
「姉ちゃんカッコイイ!!」
ガサ……
「……」
「……どうした?」
微かに聞こえた物音にイラクリが顔を青くしながら後ろを振り向く。
だが、そこには暗いトンネルと焦げた焼死体が転がっているだけで特に異常は無い。
「いや、今なんか動いたような」
ネズミかな?
イラクリは一瞬そう思ったが、とあることに気が付いた。
この地下空間は毒の空気が漂っていて、カノエから貰った薬を口に含んでいないと生きてはいけない。
現に、こういう場所にいそうなゴキブリ等の小動物の姿も全く見ないのだ。
だとすれば、何が動いた音だ?
イラクリは周囲を見回し、気のせいかと一息つこうとした時、それに気づいた。
死体が無い。
キョロキョロと辺りを見回す前には確かに暗がりに転がっていたソレが忽然と消えた。
イラクリは顔を真っ青にし、一体ドコに死体が消えたのか探そうとした瞬間だった。
急な衝撃と共にタマリと二人まとめて突き飛ばされた。
「危ない!!」
ニノの声と、ドン!と言う衝撃と共に姉弟そろって地面に叩きつけられる。
「いててぇ……って、母ちゃん!!」
イラクリが頭をさすりながら床から顔を上げると、そこにはニノの姿があった。
イラクリとタマリを突き飛ばした彼女は、黒焦げの死体のようなエルフと組み合っている。
突然の事態に一同は思考が追いつかないが、それもニノの叫びによって現実に引き戻される。
「押さえてる内に早く!!トドメを!」
その声と共にようやく異変に気付いた拓也達は、ニノに当たらぬよう至近距離から拳銃の弾がエルフに撃ち込んだ。
断続的な発砲。
普通であれば粉々の肉片に変わりそうな連射であるが、このエルフにはそんな普通は通じなかった。
「駄目です!ぜんぜん効いてませんよ社長!!」
「嘘だろ?…… 自己修復してる……」
撃って、肉片が砕けたそばから、まるで繭のような体組織が損傷箇所を包み組織を回復させる。
そしてそれは、銃によるダメージを上回る速度でエルフの全身で進行していく。
「この!死ね!死ね!死ね!」
既に手持ちのマガジンの大半を食らわしているにも関わらず、ニノと組みあうエルフの力には全く衰えない。
それどころか徐々に強くなっていくのをニノは感じた。
「何やってる!あんたらは早く逃げな!!」
「でも、母ちゃんが!!」
逃げろと言うニノ。
そしてそれに反抗するタマリ。
最早打つ手は少なく、がっちりとエルフと組み合っているニノ。
そして、徐々に力で押され始めているのか、段々とニノが押し込まれ始めている。
そんな逃げることもままならない状況で、ニノは皆に逃げろと言う。
そんな台詞の裏にある意味について、恐らく全員が同じ思いを抱いていた。
状況は刻々とニノの不利になっていく……
そのため、ニノは子供を逃がすために死ぬ気だと。
「あたいはいいから、早く走りな!!
大丈夫、あたいにはコレがある」
そう言ってニノが短い尻尾を使って腰袋から取り出したのは、見覚えのあるキーホルダーのような物体
研究室で見た魔導具であった。
「あ!お前、それは例の妨害装置……」
拓也はニノの取り出した魔導具を見て、それが何か思い出した。
「ふん。
幾らでも再生するなら、止めてやらなきゃならないだろ?
それに、今、コイツの押さえを放す訳には……」
「で、でも!母ちゃん!
生きて帰ろうよ!!」
ニノの言葉を聞き、タマリは大粒の涙を零しながら彼女の姿を見つめる。
盗賊稼業で生きてきた彼女にとって、いつかこういう日が来るとはわかっていた。
だが、目の前で肉親が死のうとしているのを見て、感情がそれを納得できないでいた。
これに対し、泣き叫ぶタマリに対し、弟のイラクリは黙ってニノの顔を見つめる。
「……」
コクン
言葉を交わすわけでもなく、お互いの目と目で会話した母と息子。
そして、その意思がどう伝わったのかは当事者以外には知る由も無いが、イラクリは一つ大きく頷くと
タマリの手を握り締めて出口の方へ向けて走り出した。
「何!?ちょっとイラクリ!待ちなさいよ!」
急に引っ張られた事に体勢を崩しつつも、タマリはイラクリに引っ張られながら叫び続ける。
だが、イラクリの決意は揺るがず、あっという間にニノの姿は遠く遠く離れていく
「母ちゃーん!
ちょっと、イラクリ!放さないと殴るよ!!」
強引にタマリを引っ張るイラクリに手を離すようにタマリは抵抗する。
だが、強く握り締めたイラクリの手は、ぎゅっとタマリを離さない。
自分のいう事を聞こうともしないイラクリに、タマリは実力行使してでも手を振り払おうと思ったその時だった。
タマリの肌に何か水滴が当たった感触を感じ、その水滴の垂れてきた方を見て言葉に詰まった。
「……グスグス」
姉の手を取り、一心不乱に走っているイラクリは泣いていた。
タマリの肌に当たった水滴は、イラクリの頬から零れ落ちた涙だった。
「…………」
タマリは声を出さずに泣く弟の姿をみて、イラクリの手を振り払おうと暴れるのを止める。
彼女も内心は分かっていたのだ。
あの状況下で自分達を逃がすには、ニノはああするしかないと
もし、イラクリの手を振り払いニノのところに戻っても誰も喜ばないという事を。
ただ、受け入れられなかっただけなのだ。
母親を失う悲しみ、余りに大きすぎるショックである。
受け入れるのは並大抵の事ではない。
だが、そんな悲壮な表情をしながら走る彼女に向かって、並列して走るアコニーがタマリに声をかける。
「グズグズしないで急ぐよ。
それと……あんたらのかーちゃんは立派だね……」
立派。
立派なのは当たり前である。
アコニーの物言いにタマリは涙を拭い、叫ぶかのごとく答えた。
「立派!?
当たり前だよ!あたしの母親だ!!
お天道様の下で誇れる稼業では無いけど、この世で一番の母ちゃんだよ!!
そんな立派な母ちゃんの子供が、こんな所で簡単に死んでたまるかぁ!!」
その叫びは、アコニーに対する回答でもあったが、同時にタマリ自身の心にも深く響いた。
自分を犠牲に子供を守ろうとしているニノ。
そんな母親の為にも、彼女の意思は無駄にはしてはいけない。
今は悲しむ時ではない。
今は走る時なのだ。
そう決意が固まれば、彼女の心に冷静さが再び戻る。
タマリはイラクリの手をぎゅっと握り返すと、先ほどとは逆にイラクリを引き連れるように前にでた。
「行くよ!イラクリ!
姉ちゃんの後についてきな!」
「姉ちゃん……」
タマリを先頭に走り抜ける拓也ら一行。
暗いトンネルに彼らの足音が響き渡った。
…
……
………
拓也達が走り抜けてから数十時間後……
暗いトンネルの奥底でうごめく影があった。
「久しぶりに良いのを貰ったな。
こんなのは2000年ぶりくらいか……」
一時は修復中の体組織ごと凍結させられてしまったが、既に欠損部位の修復は終了している。
だが、それでも完全ではないようだ。
余りに欠落した部位が多いため修復の素材が足りない部位が出来てしまったのだ。
「流石に完全に修復は無理か……
それに剣も持ち去られたようだな。
だが、丁度良いところに素材がある。
一先ず、これを使うとしようか」
男は目の前に倒れている死体の持ち物を漁って、その装備品からナイフを抜き取ると、それをそのまま目の前のソレに突き刺した。
スーッっとナイフを入れ、ベリべりと音を立てて作業する男。
男は、それを躊躇無く欠損した部位にソレを重ねて何かを行った。
「……さて、追跡を再開するか」
エルフの追跡は終わった訳ではなかった




