見つめて。
「絶対おかしいよ」
元老院や貴族の館の、監視を始めてしばらくした頃、子供達が言い出した。
「どうしたんだい?」
「奴隷達への仕打ちだよっ! 絶対悪くないのに、折檻されたりしてるんだ」
「ご飯もわざと食べさせなかったり、向いてない仕事をさせて、失敗するのを眺めたりさ」
「絶対嫌だと思って、奴隷商人に捕まらない様に、俺達は裏街で暮らしてたけど、何でこんな事になってるんだ?」
子供達も今の奴隷のあり様は奇妙だと、すぐに気が付いたらしい。
当たり前だ。
人として扱われていないのだから。
裏街で過ごし、詳しく奴隷の生活を見た事が無くっても、奴隷になるのは絶対嫌だと感じていた彼等だ。
目の前で、その奴隷の暮らしを毎日見つめ、何も感じないで居られる訳がない。
それに、奴隷商から助けた子供達も青年の家に居る。
子供達にとって、奴隷達の生活は他人事ではない。
「そうだよ、変だと思う。昔は今ほど奴隷の人の待遇も、悪くなかったらしいけどね」
「そうなの?」
「奴隷が主人を選ぶ事も出来たって、アクスファド先生が言ってたからね。僕はあまり詳しくないから、今度先生の授業の時間に詳しく聞いてみると良いよ」
「先生が詳しい?」
「うん、僕も先生から聞いた話だから。どっちにしろ今は、好きで奴隷になる人なんて居ない」
「だから匿っているの?」
「それもあるけど、青年の家に匿った子供達の家族には、奴隷になる理由が無いんだよ」
「ならどうして?」
「それを調べているのさ。彼等に奴隷になる理由が無いなら、無理やり作っただろう人が居るはずだからね」
「元老院や貴族達?」
「1番怪しいだろ?」
「確かに~っ!」
どっと子供達が笑ってくれる。
さっきまで皆して強張った顔をしていたから、もう見張りを頼むのは無理かなと思ってたが、これなら大丈夫そうかな?
「そろそろ奴隷商人達が切羽詰まって来るはずだ。動きが出て来るぞっ!」
「はいっ! 任務を続けますっ!」
「頼んだよ~!」
「は~いっ!」
うんっ! 良い返事っ!
これなら焦らず自分達がまず逃げ、情報を運ぶ事を優先してくれるはずだ。
ロウケイシャンと僕が、彼等の安全を優先すべく考えた様に。
本来ロウノームスの奴隷制度は、親を亡くした子供の保護の為の制度らしい。
幼い子供を保護し育成していく約束が、困った人を保護し養う制度へと拡大し、さらに奴隷制度へとなっていった。
だから奴隷とは、元は保護する対象だったのだと、そうアクスファド先生は話していた。
保護された者は、保護してくれた人に感謝をする。
その感謝の気持ちが労働へと繋がっていった。
そう考えると、奴隷として人に仕える事の全否定を僕はしない。
この人と思える人に仕えられたら、それは幸せな事だろう。
僕だって、ケラスィンの笑顔見たさに色々動いちゃってるしね。
もし何か1つボタンの掛け違いがあれば、僕は奴隷になっていた。
その奴隷の日々、ケラスィンの身近で甲斐甲斐しく、お世話をする生活を手に入れて居たとしたら、僕はとても幸せだっただろう。
毎日ケラスィンの側に居られる。
その笑顔を眺め放題。
考えるだけで幸せな日々。
だけどケラスィンは、喜ばない。
それどころか、僕は意識もされないだろう。
奴隷である僕は、ケラスィンの生活を快適にする道具であって人では無いのだから。
「頑張らないとね。ケラスィンの笑顔を見る為にっ!」
「変人は、姫様ばかりだなっ」
「もちろん~っ! ケラスィンが居なければ、僕は僕でなかったよっ!」
「あっ! 姫様っ!」
「どこにケラスィン?!」
「あっちあっち」
「部屋かぁ。ちょ~っと遠いなぁ」
「笑顔の姫様が見れないから?」
「そうそう。近くで見れないから~」
「相変わらずだなぁ」
また笑われてしまった。
でも、皆が笑顔。
良いねぇ~っ!
「皆は将来、何になりたい? 大きくなったら、望まない職に就く事もあるだろうけど、今ぐらいは将来の夢を持っていたって良いと思うんだ」
僕がそう言うと、すぐに、
「僕は兵士っ!」
「私はお花屋さんっ」
「コックさん!」
「お店するっ」
「お掃除する人~」
「メイドさん?」
「そう! メイドさん!」
何人かは、具体的な職を出して来た。
が、それは本当に少数で、う~んと悩む子、更にはポカンとしている子までいる。
そういえばロウノームスでは、王の子は、王だし、貴族の子は、貴族になる。
親の職業を子供が引き継ぐのが、一般的なんだった。
だから王子達はともかく、親が居ない青年の家にいる子供達に、目標とされる職業は存在しない。
「エイブは小さい頃、何になりたかった?」
「うん。なりたいもの、いっぱいあったよ」
「いっぱいっ?」
子供達が飛びついて来た。
なりたい職業がいっぱい在るのはそんなに珍しいのか?
「とりあえず州長と島長以外なら、何でもやってみたかったし、なってみたかったっ!」
「州長と島長以外?」
「両方何だか、恰好良さげに聞こえるけど?」
「それ以外やった事が無いから、他の職場に憧れるんだよ~!」
本当なら僕だって、くじを引いた先で色々出来ていたはずなのに~っ!
「でも州長と島長の経験があるから、事務仕事のお手伝いが出来てるんだ。経験って大事だよなぁ」
「そっか~」
とはいえ経験が無いから実技的な事が、質問されても答えられない事が多いんだよな~。
職業といえば、大工の棟梁に弟子入りするあの子はどうなんだろう?
「……納得して、住み込み弟子に入るのかな?」
弟子に入る子は、年長組の1人だった。
もしかして、年長だから青年の家から出て行った方がいいんじゃないかと、考えたんじゃないか?
思わずそんな不安が渦巻いて、僕はぽつりと漏らしてしまった。
「大丈夫だよ、心配しすぎ」
「あれは? これは? って、棟梁にすっごい質問して、すぐ側で見て、一番上手に真似も出来てたんだよ」
「楽しそうだった」
「……そうなんだ?」
あっけらかんとした子供達に、僕は少しほっとした。
ホームシック
「今日も賑やかね~」
「島の人が子供達に囲まれているわ。しばらく賑やかさが続きそうよ」
「一時子供達が沈んでいた時があったけど、元に戻ったわね」
「何故子供達は元気が無かったの?」
「島の人の様子が変で、心配だったらしいわ」
「そういや、騒ぎが無かったわね」
「島の人はどうしたの?」
「どうやらホームシックだったそうよ。今は落ち着いたみたいね」
「本当にホームシックだったの?」
「海で採取した海産物の傍で、数日ぼ~っとしてたらしいわ」
「海産物?」
「海の香りが懐かしかったそうよ」
「もっとも、ホームシックもケラスィン様には負けたけどね~」
「何の事~?」
「元気の無い子供達を心配して、ケラスィン様が庭にいらっしゃったら、あっという間にホームシックが吹っ飛んだそうよ!」
「島の人らしいわね~っ!」




