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白く輝く帆の下で  ー北の州長の奮闘記ー  作者: きいまき
ロウノームス
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ちょっと変。

「ところでケラスィン様から、クロワサント島からの迎えが来るまで、エイブ君に言葉を教えてほしいと頼まれましたが、迎えはいつ頃になるのでしょう?」


「島からの迎え?」

「ええ。そう伺いましたが?」


 思わず尋ね返してしまった僕に、アクスファド先生は頷いている。


「迎えは来ないと思います。島は前回のロウノームスからの船が祟り病を運んで来たせいで、人口が激減してしまいましたから」


「……何という事だ」


 僕はわざと、祟りという言葉を使った。

 どうやら先生はクロワサント島を贔屓にしてくれている。


 でも先生から誰にどう伝わってしまうかが見当もつかないから、本当は使者達についた嘘より、多く生き残っている話を先生にする事は止めておいた。



 だけど、ケラスィンが島から迎えが来る事を前提にしているとすると~。

 ふと心配になって、アクスファド先生に問い掛ける。


「ケラスィンは短期間のつもりで、ここに僕を連れて来たんでしょうか?」

「長期間になっても、ケラスィン様はご不満には思われないでしょう」


「そうでしょうか?」

「私の方はいくらでも構いません。次にいつ島の方と、どういう状態で会える事になるか、分かりませんからね」


 もしや僕は、先生のクロワサント島に対する好奇心を満たす為の、餌食っ?


 ロウノームスの言葉を教えてくれるんだから、文句は言えないけど。

 ちょっと怖い~。



 あ、そうだ!

 根掘り葉掘り攻撃されるなら、質問で返しちゃっても良いよなぁ。


「そもそもケラスィンは何者なんでしょうか?」


 ケラスィンに直接聞けたらいいんだけどな~。

 でも言葉が通じないし、これくらいなら、礼儀に外れてないだろう。


「ケラスィン様は王の従妹の君でいらっしゃいます」

「従妹っ?!」


 ロウノームスは血筋に凄く拘りが有るはず。

 じゃあ、すっっごく! 偉い人じゃないか~っっ。



 偉い人、だよなぁ……?

 そのわりに、この館って奇妙じゃないか?

 う~む、気になる。


 でも、これは聞かない方がいいのかなぁ?

 アクスファド先生は一緒に住んでるわけじゃないしな~。


 だけど先生は、嘘を教えるようなヤバイ人じゃない。

 自分に都合の悪い人なら、ケラスィンも連れて来ないはずだし?


 それとな~く、聞いちゃおうっ。


「あの、この館って、ちょっと変……ですよね?」


 あぁ、変って、ズバッと言ってしまった~。

 でも先生には首を傾げられた。


「変、ですか?」

「先生はそう思いませんか? 僕は島に来た使者達と、宮廷に少々しか、比べる対象がないからだけかも知れませんが」


「あぁ。もしかして、あの噂は本当だという事でしょうか……」

「えっ、噂になってるんですか?」


 何だ、良かった。

 もう周知の事実ってやつで、内緒でも何でもないんだ。



 もっと具体的な例を出して尋ねれば良かったと、今更思っていると、アクスファド先生はとんでもない事を言い出した。


「私は今回の件まで、多少疎遠になっていたので噂でしか知りませんが、ケラスィン様は手当たり次第に、愛人を囲っていらっしゃるようですね」


「?!」


「ご結婚の話は山ほどお有りのはずなのですが、恋人を取っ換え引っ換え……情人と申しますか。それも時には罪人を侍らせたりと、少々変わったご趣味とか」


 正直僕は、同年代に比べて、その手の話では後れを取っていると思う。

 それでも先生の言わんとしている意味は、充分理解しているつもりだ。


「ケラスィン様も気の毒なお方です。祟り病で王家の嫡流がお亡くなりでなければ、今頃は王とならなかったロウケイシャン様とご結婚されて、お幸せだったでしょうに……」


 驚く僕に、先生は続ける。


「王とケラスィン様、それぞれで王家の血を増やせという思惑がなければ、年も近く仲の良いお2人ですし、きっとご成婚となっていたと思います」


「結婚? 王と?」


「祟り病は王族にも容赦なく降り掛かりましたから。下世話な話ですが、ケラスィン様の情人達が黙認されるのは、王家の血筋が増やせると思われているが故なのです」


 確かに、垣間見ただけだけど、ケラスィンと王は気兼ねなしに会話していた。

 そして、僕は宮廷で使者達がケラスィンに浮かべていた苦い表情を思い出す。


「元々エイブ殿の教師の話が私に来たのは、ロウケイシャン様とケラスィン様が嫡流ではなく、私のような者が外国語や異文化について、お教えする機会があったからです」


「嫡流ではない?」


「王家の嫡流は途絶えました。一番近い傍流はロウケイシャン様とケラスィン様のお二人のみ。だからこそ、子を血筋を残す事が何よりも求められております」


 ロウノームスで祟り病と言われているのは、王家の嫡流が途絶えたからか。

 血統を重んじる人達にとって、血筋が途絶えるのは何より恐ろしい事だろう。



「エイブ君をマスタシュ君が見張っているのも、新しく来た男がどんな人間か。そして今度は自分がお払い箱にされると恐れた情人から、言われての事かも知れませんね」


「う~ん」

 僕はつい唸ってしまった。


 ケラスィンが、僕を?

 とりあえず違うんじゃないかなぁ。


 ケラスィンはロウノームスにいる間は、ここにいていい。

 家族だよ、と迎えてくれた気がする。


 マスタシュも、アクスファド先生が言うような意味で見張ってる感じじゃない。

 ケラスィンと僕の関係云々以前に、僕=不審人物! って感じだし……。


 ついマスタシュを見てしまった僕に、先生が言う。


「マスタシュ君に聞いてみましょうか?」

「え?」


「エイブ君はクロワサント島の出身。遠い王家の血筋と言えます。ケラスィン様を手に入れたい、血統を重んじるロウノームスの者にとって、脅威と言えます」


「はぁ?」

 クロワサントが王家の隠された出身地というのは、先生個人の学説でしょうが~!


 やっぱりこの館の奇妙さについて、アクスファド先生に聞くのは止めておこ~っと。



「……尋ねても、今は本当の事を答えてくれるとは思えませんし」


 ふんっ、だし。

 もうちょっとマスタシュが懐いてくれたらなぁ。

 マスタシュから見た、ロウノームスの話を聞きけたら嬉しいんだけど。


「まぁ噂がどうであれ、僕はケラスィンが好きですし」


 ありゃ、驚いた顔をされた~。

 さすがに王族と知った以上は、僕も様を付けた方が良かったのかな?

 そうだよなぁ、宮廷から離れているとはいえ、敷地内だもんなぁ。



「そうそう、先生。ケラスィンにここへ連れて来てくれて、ありがとうって、ロウノームスの言葉でお礼を言いたいんです。そこから教えて下さい」


 そして僕はアクスファド先生から、言葉を習ったのだが……。


 その言葉を練習してる僕に、しばらくクロワサント島の言葉で先生を独占していた為、つまらなそうにしていたマスタシュが、ガ~ッ! と吠え始め……何故っ?!


 そして頑張って、言えるようになったので、早速ケラスィンに言ったら、やっぱり怒った顔をされた。

 しかも数日、目を合わせてくれなくなった~っ!



「マスタシュ、何で怒ってるんでしょう?」

 と先生に尋ねれば、


「そうですね~。口喧嘩も出来るくらい話せる様になると良いですね、頑張りましょう」

 と言われ。


 ケラスィンの時は。


「もっとそれなりの表情で言ってくれれば信じてもいい、と仰ってましたが……」

「それじゃ何で怒ってるのか、分かりません。それに、それなりって何っ?」


 やっぱり、ちんぷんかんぷんだ~っ。

 早くロウノームスの言葉を覚えるぞ~っ!


 僕は決意を新たにした。




アンチョコ


「出来たっ!」


 今日教わった単語の読み方と綴りを、やっと書き終える事が出来た。

 日に日に増えていく単語に満足だ。


「今日も多かったなぁ」


 アクスファド先生の授業は、言葉だけでは終わらない。

 ロウノームスの社会について、追加して教えてくれる。


 その雑学こそ僕が必要としていたもの。


「クロワサント島を守る為には、まずロウノームスを知らないとね」


 しっかり聞いて知恵を絞らなければならない。


 だが、聞いているだけでは覚えきれない。

 その為にメモを取る。


 アクスファド先生が同じ内容を、ロウノームス語でマスタシュに説明する時がそのチャンス。


「分かってて、詳しくマスタシュに説明してくれてる感じがする。」


 お陰でロウノームスの社会制度は基本的に理解した。

 今はアクスファド先生がロウノームスの言葉で再度喋る言葉を、メモ書きに追加する事も出来る様になった。



「それにしても、どれだけ奴隷の力を必要としてるんだロウノームスは」


 僕の最初の狙いは大当たりだったらしい。

 奴隷達が反抗すると、ロウノームスの社会基盤は一気に崩れる。


「今でさえ崩れかけてるよな」


 奴隷の数が、祟り病で激減し、社会を回す人的労働力が不足し過ぎているからだ。

 それなのに、復興に更に力を回さなければ食糧増産も侭ならない。


「ロウノームスの貴族達も、復興の為に自分を労働力にすれば良かったのに。奴等は働くという事を忘れたみたいだな」


 奴隷達に仕事を押し付け、自分達は遊び暮すか、宮廷内の地位を高める為に策を巡らす。


「僕が何もしなくても、ロウノームスは滅びるな」


 それはクロワサント島が助かるのと同義だ。

 だが、ロウノームスの滅びは大きな騒乱を伴いそうだ。


 騒乱になれば、ロウノームスの王族であるケラスィンが巻き込まれないはずがない。

 僕を助けてくれた島の幼馴染達に良く似ているケラスィンが。


「それは嫌だ」

 無意識に僕は呟いていた。


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