こんなはずでは
わたしは、年上の頼りになるお金持ちの男性を手に入れた。さぁ贅沢な生活。甘やかされた生活を堪能するはずだった。でも、彼の息子二人が邪魔して来た。
嫌だ。だけど、この男を手放したくない・・・どうすれば?
結婚すれば人生が変わる。いや、結婚して人生を変えようと思った。
わたしはできると確信していた。相手がマイクであれば大抵の女はそう思うだろう。資産家で、落ち着いていて、優しげで、頼りがいのある男性。
歳は離れていたけれど、むしろそれがいいと思った。安定、余裕、甘やかされて贅沢な暮らし。わたしは少し背伸びした自分に酔っていたのかもしれない。
マイクは離婚したそうにしていた。だから背中を押した。
奥方には慰謝料をたっぷり支払い、子どもたちの養育費も「必要と言うならいくらでも用意する」そんな条件で離婚したと聞いた。
やったと思った。この極上の男を手にした。
子どもたちはきっと母親について行くに決まっている。
だから、わたしたちの新婚生活は、二人だけの優雅な時間になる。そう思っていた。
でも、その計画はすぐにダメになった。
マイクの三人の子どものうち、娘は母親についていった。
しかし、息子の二人は違った。
「俺たちは父さんと暮らす。母さんのところに行く気はない」
私は耳を疑った。マイクも驚いたようで、
「母さんのところで暮らせばいいだろう?」
と説得していた。しかし、息子たちは首を振った。
「父さんの家の方が学校に近いし、母さんは口うるさいし」と声を揃えて言った。
その一言で、わたしの人生は大きく横滑りした。
引っ越しの段ボールが片付く前から、わたしは洗濯機の音に悩まされることになった。
とにかく、二人の息子。長男ダニエル(16歳)、次男トム(14歳)の汚れ物の量が尋常じゃない。
男の子ってこんなに汚れるの?汗くさい。泥がついている。靴下は死にたくなる匂いだ。丸めてあるそれを広げる!!吐き気がした。洗濯カゴは常に満杯だ。
わたしは初めて、十代の男子と暮らすことの恐ろしさを知った。
「……なんでこんなに臭いのよ」
洗濯機を回しながらぼそっとつぶやくと、二人が廊下から顔を出した。
「ごめん。部活で汗かいた」「ごめん。学校で暴れた」
謝られても臭い。解決しない。彼らの生活は日常だが、わたしにとっては異世界だ。
新婚生活を思い描いたとき、こんな光景を思い浮かべる人はいない。わたしも一ミリも思い浮かべていない。
メイドを雇おうと提案したら、息子二人から反対された。マイクもうなずいていた。
そしてわたしは料理が得意なほうではない。
マイクは「外食でもいいし、ケータリングでもいいよ。二人だし」と言ってくれていた。
でも息子二人は違った。
「父さん、やっぱ家庭料理がいいよな」
「うん。俺、腹持ちするのがいい」
そう言いながら冷蔵庫を勝手に開ける。
わたしは思わず声を荒げた。
「ちょっと!勝手に触らないでよ!」
「え?あ、ごめん」
二人は素直に謝ったが、わたしのストレスは膨らむ一方だった。
ある日、わたしは意地になってこう言った。
「そんなに食べたいなら、自分で作ったら?」
息子たちは顔を見合わせると、ニヤッと笑った。
「いいよ。作る」
そして本当に作った。
大量の肉、大量の野菜、そして大量のパン。パスタ。
大皿に盛られた料理。二人はそれを気持ちよくたいらげた。
食事が終わったあと、わたしは意地悪く言った。
「片付けは?」
「もちろんやるよ」
二人は皿を洗い、ガス台を磨き上げた。その姿は、意外にも手慣れていた。
その事実が、逆にわたしを落ち込ませた。
わたしって、何も勝てないじゃない。
料理も掃除も、家族の信頼も、息子たちはすでに「父親の家」で完結している。
わたしはその輪の外にいる、新入りのお客さんにすぎない。
そして問題は、友人たち。女の子たちだ。はっきり言って、そこが一番辛い。
息子二人はとてもモテる。
ダニエルはクール系で、背が高く、学校でも人気らしい。
トムは笑顔が可愛くて、すぐ人と仲良くなるタイプだ。
放課後はもちろん。休日も、彼らの友達。特に女の子たちが家にやって来る。男の子も来る。先生が遊びに来たこともある。なんなの?
「あ、トムのおばさんだ」
「ダニエルのお父さんの奥さんだよね? 若い愛人と結婚したって聞いたけど、おばさんじゃない。ふふふ」」
ふふが一番ムカつく。
彼女たちは悪気がないのかもしれない。でも、若さを誇りにしていたわたしには、あれほど心を刺す言葉はない。
女の子たちはわたしの服装をチェックしてヒソヒソ笑う。ソファに座ると、そこでもヒソヒソ。
台所に入ると「あ、料理できるんだ。さすが人妻」と皮肉を言う。
わたしは気づいた。
彼女たちの目には、わたしは、家に入り込んだ新しい大人であり、息子たちの世界にとって不要な存在なのだ。
マイクは「君は気にすることはないよ」と言うけれど、気にするなと言うほうが無理だ。
ついにわたしは限界になった。
「マイク。お願い、何とかしてよ。こんなの聞いてない」
涙声で訴えると、マイクは困ったように頭を掻いた。
「うーん・・・息子たちは悪気はないんだ。ちゃんと話してみるよ」
その夜、息子たちに説教が始まった。
でも、しっかりと反論されていた。
「迷惑かけてないよ。皿も洗ってるし。僕たちが作ったご飯、父さんも食べているよね」
「ガス台も拭いてるし。自分たちのことはやってる」
「友達が来るのも普通だろ?」
「え、嫌だったの?うーん・・・勉強も一緒にしてるよ。成績も落ちてないけど。何が迷惑なの?」
言い返す息子たち。困った顔でこちらを見るマイク。
わたしは泣きたいのか怒りたいのか、自分でも分からなくなった。
そして、マイクは晴々と嬉しそうに報告して来た。
「来月、君と息子たちとキャンプに行こう。久しぶりでさ。自然の中で家族の時間を」
わたしは固まった。
「キャンプ? 虫とか、火とか、外で寝るの?」
「うん。自然の中で過ごすのっていいだろ?家族の絆が強くなるよ。楽しいよ」
よくない。絶対によくない。嫌だ。
わたしは虫が大嫌いだ。
外で寝るなんて絶対に無理。
そもそもわたしはラグジュアリーな新婚生活を想像していた。
「わたしは行かない。無理。ぜったい」
そう言うと、マイクは笑って肩をすくめた。
「無理にとは言わないよ。でも、離婚、再婚で寂しい思いをさせたから・・・息子たち嬉しそうでさ。家族で過ごすのっていいよな」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がひどく冷えた。
マイクの中での家族はわたしと息子たちとの四人なのだろう。それは正しいよ。確かにそうだけど・・・新婚だよ。
わたしは、何のために結婚したんだろう。
夜、ひとりベッドで天井を見つめながら思った。
玉の輿。若くて美しい妻。経済的な安心。
余裕のある大人の男性に甘える穏やかな生活。
全部、幻だったのかもしれない。
現実は、汗くさい洗濯物と巨大な食卓と、女子高生のヒソヒソ話。
息子たちの生活リズムと、マイクの優先順位に飲み込まれ、わたしはどこにも自分の居場所を作れないでいる。
もちろん、離婚なんてしたくない。
ここまで来て手放すなんて悔しすぎる。
でも、わたしが欲しかった新婚生活は、どこにあるんだろう?
あの写真みたいな豪華な暮らしは?
毎朝コーヒーを飲みながら優雅に微笑み合う時間は?
わたしは息を吐いた。
「まさか、こんなはずじゃなかった」
誰に聞かせるでもなく呟いたその言葉は、部屋の暗がりに沈んでいった。
これから、どうやってこの家で生きていけばいいのだろう。
わたしはまだ、その答えを知らない。
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