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結婚しよう


 林兄の「俺もいる」って言葉は、わたしにとってとても大きな安心に繋がった。

 父と母の死に引っ張られそうになったけど、彼の言葉がわたしを充実した今という現実に引き戻した。


 師長をはじめ沢山の人に心配されたけど、翌日から元気にしっかり働くことができてほっとした。

 残業もなく帰り支度のためにロッカー室に向かうと、林兄からスマホにメッセージが届いていた。


「休みはいつ?」と、唐突なメッセージ。

 林兄から連絡が来るなんて滅多にないことで。もしかしたら初めてかもしれない。

 なんだろうと思いなから「明日が休み」だと返事を打つ。

 着替えてロッカールームを出たところで「帰りに寄る」って再びメッセージが届いた。


 林兄のことだから心配して様子を見に来てくれるのだろう。帰り道とはいえ、忙しい彼に来てもらうなんて申し訳ないし、「昨日はありがとう。元気になったから大丈夫だよ」って返信した。


 お風呂に入ってご飯を食べてだらっとしていたら林兄が訪ねてきた。

 だらしないルームウェア姿だし髪は湿っているしで一瞬迷ったけど、これまでにも汚い姿を見られていたのもあって、どうせご近所さんだしという意味不明な言い訳をして扉を開いた。


「お疲れさま。どうしたの?」

「お前の両親に話があってきた。上がらせてもらってもいいか?」


 高校生の時のように上がるの決定って感じじゃなく、ちゃんとわたしの返答を待っていた。わたしが「お父さんとお母さんに?」と聞き返したら、林兄は「そうだ」と頷いた。


 父と母の仏壇はリビング横の和室に置かれている。林兄は部屋の様子を伺いながら仏壇の前に正座した。

 ピンと伸びた背中。

 彼は膝の上に握った拳をおいて、ただただ無言で父と母の写真を見つめている。


 父と母に話ってなんだろう? 無言で何かを語りかけているにしてもどうしてうちの両親に?

 疑問を抱きつつも、お茶とお菓子の準備をして林兄の用事が終わるのを待った。


 時間にして15分くらい。

 林兄はわたしに向き直ると、「こんな時間に男を家に入れるな」と理由のわからないことを言い出す。


「だったら訪ねてこないでよ」


 林兄だから入れたのだ。ご近所さんだし信頼している。そもそもわたしの親に話があるってやってきたのは自分なのに、どうしてわたしが注意されなきゃいけないんだ。


「それもそうだな」


 林兄も自分が矛盾していることに気づいたのだろう。素直に認めて「悪い」と謝罪した。


「わたしの親に話なんていったいどうしたの?」


 林君のお母さんなら分かるけど、林兄はわたしの両親と関わっていた過去はないと思う。これまでも法事以外でこんな風に仏壇の前に座ったり、そもそも上がり込むなんてなかったのだ。


 わたしの問いかけに林兄は直ぐには答えず、一口お茶を飲んでからとても真剣な目を向けてこう言った。


「結婚しよう」




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