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衝撃の告白



 バレンタインデー前の日曜日。お昼前から希君と会っていつものカラオケに行った。

 

 希君は今日で別れると思えないくらい普通で、わたしにぴったりとくっついて離れない。閉鎖された空間に並んで座って、当然のように腰を引き寄せられて、交互に曲を入れて歌う。


 いつも通りだけどなんとなく居心地が悪かった。それとなく離れようとしてもぐっと引き寄せられる。飲み物を取りに行くのもぴったりくっついて。いつもこうだし、今さら気にするのが馬鹿なように思えて、今日で最後だからと力を抜いた。


 カラオケを終えると早めの夕食。

 安くて高校生に人気のファミレスで、色んなものを注文して二人でシェアした。


 辺はすっかり暗くなって、そろそろ帰る時間。鞄からチョコを取り出そうとしたら、「行きたいところがあるんだけどいい?」と訊ねられて、今日で最後だからと頷いた。

 

 手を繋いで向かった先は人通りの少ない、歩いているのは男女のカップルばかりのいわゆるホテル街だった。

 不安で足が竦むなったわたしを希君が引っ張るようにして先を歩く。「希君!」と静止をかけたら立ち止まってくれたけど、振り返った希君は笑顔で「ここに入ろう」と言った。


 わたしは無言で首を振った。希君は笑っているのに怖かった。


「今日で最後なんだよ。由美香の大事な物が欲しい」


 そう言って引っ張られた。わたしは声にならない声を上げて希君の手を振りほどく。手は呆気なく離れて、希君がわたしを見下ろした。


「俺、ずっと由美香のことが欲しかったんだ。由美香なら俺の大事な家族になってくれると思った」

「え、なに?」


 意味が分からなくて。

 立ち止まって互いに視線を合わせていたけど、こんな場所にいたくなくて。今度はわたしが希君の手を引いた。


 とにかく場所を移動したくて闇雲に歩いた。希君は黙って引っ張られる。街灯が一つだけの公園があったので入ると冷え切ったベンチに並んで座った。


 隣を見ると希君は下を向いていた。わたしは鞄からチョコを取り出して渡す。希君は無言で受け取ると袋をじっと見つめていた。


「希君、家族になってくれるってどういう意味?」


 わたし達は別れる約束をしたのに、家族ってなんのことなのか分からなかった。

 明らかにいつもの希君とは違っていて怖かったけど逃げ出せない。見捨てて帰ることもできたけど、やっちゃいけないような気がしたのだ。


「希君に何があるのか分からないけど、何かの代わりだとしたらわたしじゃ無理だよ」


 希君にはちゃんと家族がいる。高校生のわたし達ではプロポーズなんて早すぎるし、結婚したいとか言われたわけじゃなかったので違うんだと思う。


 希君は無言のまま、ずっと一言も口をきいてくれない。「希君?」と袖を引いたら、ようやく視線を向けてくれた。


「何かあった?」


 希君は無表情のまま泣き出した。

 チョコの入った袋を両手で持ったまま、わたしを見つめて涙だけを流している。


 明らかに様子がおかしい。「希君」と名前を呼んだら、「好きなのは本当なんだ」とようやく喋ってくれた。でもまたそのまま無言になって、下を向いて涙をこぼし続けた。


 好きなのは本当ってどういうことだろう?

 わたしのことが欲しかったって、体目的って意味ではないのかな? 大事な家族って、希君は家族のことが嫌いなのかな?


「希君。どうしてわたしなのか、本当のことを教えて欲しい」


 言葉の意味が分からなくて。希君のことが放っておけなくて質問した。


 恐らく希君は人に言えない何かを抱えている。

 ひっついて甘えん坊なところとか、常に人に囲まれていることとか、一人で過ごすのが嫌で、元カノとでも一晩一緒に過ごしちゃうこととか。

 わたしが理解できないことが、今の希君からは知ることができそうな気がした。

 陸斗との約束を破ることになるけど、連絡もせずに希君が答えてくれるのをじっと待つことにした。


 どのくらいの時間が経ったのか。15分かもしれないし、1時間かもしれない。希君が話してくれるのを待っていたら、泣き止んだ希君が鼻を啜ったのでハンカチを貸してあげた。


 希君は「好きなのは本当なんだ」って、さっきと同じことを言った後に、「親がいなくなった由美香なら、俺だけのものになってくれると思ったんだ」と言った。


 わたしは意味が分からなくて首を傾げた。


「親がいなくなったわたしってどういうこと? 琴音ちゃんは駄目なの?」

「琴音ちゃんには家族がいるから駄目だって分かったんだ」

「わたしにだって家族はいるよ」


 陸斗の存在を忘れないでほしい。それに死んじゃっても父と母はわたしの家族に変わりがない。


「違うんだ」と、希君がわたしに手を伸ばす。でもその手は引っ込められて長く白い息を吐き出した。


「俺ね、幼稚園の時に母親に捨てられたんだ」


 衝撃の告白。

 突然のことにびっくりしていると希君が笑った。何かを誤魔化しているようだったので、「ちゃんと話して」と言ったら、「うん」と頷いて暗い闇に視線を向けた。




 

 


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