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お正月


 1月1日。

 新年の朝は冷え込みが強くてとても寒い。


 大晦日は中学の同級生たちと騒いで過ごしている希君とビデオチャットで遅くまで繋がっていたので、陸斗と約束した8時に起きるのがとても辛かったけど頑張って起きた。


「明けましておめでとう陸斗」

「おめでとう姉ちゃん。めちゃくちゃ顔が浮腫んでる」

「えー、もう最悪」


 少しでも浮腫みを取るために顔のマッサージをしながらお節の準備をする。

 と言っても、大手スーパーで注文した二人用の出来合いものだ。一昨日に冷凍で届いて冷蔵庫でゆっくりと解凍されたもの。


 実はわたしも陸斗も出来合いのお節は初めて食べる。

 去年までは母が昔ながらの定番である、黒豆や昆布巻き、数の子や酢の物に栗きんとんなます等を手作りしてくれていた。


 今どきの冷凍お節は物凄く豪華だ。

 数の子や海老などの定番品はもちろん、色とりどりの洋食っぽいのや中華、小さなケーキや団子まで入っていた。


「すごいね、豪華だね。どれから食べようかな」

「俺、胡麻団子からにする」

「わたしはゼリーからにしよっと」


 二人ともお節の定番には見向きもせずに、お正月には関係ないと思われる品をお箸で突く。赤くてキラキラしたゼリーはぶどう味だった。


 順番なんて考えずに好きなものを好きなように食べていく。

 子供だけの特権だけどこんなことで喜べない。父と母がいて、ぐうたら三昧ではない年末年始のほうがずっといい。

 二度とあの頃には戻れないと分かっているから、せめてお節くらいは好き勝手に食べられるのだと言い聞かせるしかないのだ。


 さんざん楽しんだけど、わたしも陸斗もお箸が止まってお茶を飲んだ。


「なんか……甘いだけであんまり美味しくないね」


 わたしが呟くと陸斗も同意した。

 お互いに好きなものだけを食べたので、まったく手がつけられてない物もある。もったいないけど、きっとそのまま誰にも食べられずにゴミ箱行きになることが予想された。

 食べ残ったお節に物悲しさを感じるなんてどうかしてるな。


「お母さんが作った方が美味しかった」


 陸斗の呟きに、わたしは「うん、そうだね」と相槌を打つ。


「お雑煮食べたい」と陸斗。わたしも再び「うん、食べたいね」と同意。


「俺、雑煮の材料買ってくる」

「え、今から行くの? お正月だよ? しまってるんじゃない?」

「スーパーは初売り9時からだってポスター貼ってた」


 箸を置いた陸斗が立ち上がる。本気なのか。時計を見ると時刻は9時15分。「じゃあわたしも行く」と同じく箸を置いた。


「その格好で?」

「正月早々、近所のスーパーになんて誰も行かないでしょ」


 寝間着代わりのジャージに顔がむくんでるけど大丈夫だろう。お正月の午前中にスーパーに出向く知り合いなんているはずがない。

 と、思ったのに林兄弟に出くわした。

 まじか、あり得ない。「由美香ちゃん!」と、林弟が駆け寄ってきて、林兄がカゴを手にゆっくりやってくる。


陸斗が「ばあちゃん家に帰るって言ってなかったっけ?」と空君に尋ねると、「母ちゃんがぎっくり腰になって取りやめたんだ」と言った。林君のお母さんはぎっくり腰になったのか。


「大丈夫なの? あ、二人ともあけましておめでとうございます」


 見た目なんて今更だけど、手櫛で髪を整えながら挨拶した。林弟は「おめでと!」と元気に、林兄は「ん」と短い返事で返してくれる。


「ぎっくり腰っていつから? 大丈夫なの?」

「年末、28日にグキッと来て動けなかったけど、今日はかなりいいみたいで。朝からアイス食いたいって言い出してさ。父ちゃんが買ってこいって言うから兄ちゃんと来たら由美香ちゃんに会えた!」


 にこにこと楽しそうに林弟がわたしを見上げる。空君はいつも明るくて楽しそうだ。よく遊びに来てくれるし、熱中症以来ランニングを始めた陸斗と一緒に走ったりもしている。


「姉ちゃん、俺もアイス買う。姉ちゃんは?」

「わたしも買うよ」

「由美香ちゃんはアイス買いに来たんじゃないの?」

「陸斗がお雑煮作るって言うから材料買いに来たんだよ。林家はおばあちゃん家にいかないなら、お節とかどうしたの?」

「ばあちゃんが作ったのを持ってきてくれたから、餅と一緒に食べたよ。明日は母ちゃん抜きでばあちゃん家に顔出す……んだっけ?」


 と、空君が海君を振り返り、海君が「そうだ」と頷いた。


「空、急がないと父さんがキレるぞ」


 林兄に急かされた空君が「やば!」と慌てだす。林家では父親が母親を溺愛していて、林父は林母の希望を叶えることに命をかけている……とかずっと前に空君が言っていたのを思い出した。


 妻を大切に、一番に考えるなんて羨ましい。林君のお父さんは絶対に浮気なんてしないんだろうな。と、考えていたら「昼から初詣に行こうよ」と空君に誘われた。


「母ちゃん行けないから父ちゃんも行かないと思うんだよね。俺、初詣は一月一日にどうしても行きたくて。陸斗と由美香ちゃん、一緒に行こうよ」


 空君はちょっと遠くにある、県で一番有名で参拝客が多い神社を指定した。


 希君との初詣は3日に予定している。夕方には近くの神社に陸斗を誘って行こうかなくらいしか考えてなかった。


「俺はいいけど、姉ちゃんどうする?」

「いいよ。わたしも行く。林君は?」と、海君を見上げると、面倒くさそうに「行く」と答えた。

 寝正月したいなら付き合わなくていいのにと思ったけど、弟の面倒をみる良き兄なのかもしれない。


 





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