閑話 追憶
ウィリアがまだ日本人だった頃のお話です…。少し暗いです!無理して読まないでください…。
/ウィリア
両親と兄・私の4人家族で、両親は、結婚して5年…子供を望んだけどできなかったそうだ。必死で不妊治療を受け、漸く授かったのが兄だった。両親にとって、待望の子供である兄と特に望んでもいないのに出来てしまった私では、愛しさが違う。
まだ普通に愛されてるって思ってた、小学生時、私は、ピアノを習いたいってお願いを聞いて貰えた。けれどそれも、お兄ちゃんが中学受験をするって言う理由で、辞めさせられた…
その頃からだったと思う。常に兄と比較され…「お兄ちゃんは、あんなにできるのに…妹のあなたはどうしてできないの?」などと言われて生きてきた。
私だって、人いち倍努力したし常に、テストは80点以上を取り続けていた…けれど、両親にとって私は、何をしても気に入らない子供だったのだ。そう痛感したのは、高校の受験日、当日だった。その日、珍しく降り積もった雪のせいで、交通網が麻痺する状態になり多くの人が足止めされた。
私もその1人だったのだ。受験日と言う事で、朝、私には珍しく両親に車で学校まで送ってくれるように頼んだ。けれど、両親の答えは…「お兄ちゃんが遅刻するでしょ?自分でなんとかしていきなさい」だったのだ…。
受験会場に、歩いて向うしかない私は、直ぐに家を飛び出し、泣きながら歩いた。受験する高校についたが、受験は後日に変更になったと言われた。多くの受験者が移動できない為、後日行いますと言う電話連絡を朝、自宅に入れたと言われ…私は、両親に絶望した。
その後無事に、高校に入学できた。入学と同時にアルバイトをはじめ、高校を出て直ぐに就職するつもりで、1人暮らしができるようお金を貯めた。高校2の進路を決める、最終の三社面談の日、世間の対面が悪いと母が来た。そこではじめて、母は私が就職を希望している事を知ったのだ。高校に入学して今まで一度も来なかったツケがこの日母に返ったのだ。少しだけ、鬱憤が晴れる気がした。
その日の夜、両親にリビングに呼ばれ、2階の自室から降りていくと両親は「何故?就職なんて馬鹿なことをするんだ!世間体が悪いだろう!」そう、私に怒りをぶつけて来た。世間体の為に大学に行けと言う両親に、私は辟易する…。
ちなみに、父は、大企業に勤めている。そこで、部長?だか課長?だかをしているらしい。母も世間体があるからと、パートにも出ず良妻を演じている。兄は、自宅から通える有名大学へ進学している。将来は医者になるらしい…。
「なんだ、その顔は!」
と父が私を平手打ちする。
「なんだその顔はと言われても…生まれたときからこの顔だよ!自分の顔みてみれば?」
痛みにイラつき返してしまった。その後は、今までたまた鬱憤が噴出すように口を付いて出た…。
「お父さんもお母さんも2人共、お兄ちゃんさえいればいいんでしょ?いつもいつも、『お兄ちゃんはできるのに!』『お兄ちゃんが遅刻しちゃうから!』『お兄ちゃんが、ほしい物があるから!』『お兄ちゃんがこれを食べたいって言ってたから!』そんなに、お兄ちゃんだけが大事なら、今更、私に指図しないで…どうぜ、私は必要ない子供だったんでしょ?要らないなら産まなきゃよかったのよ!」
育ててもらって感謝はしている。けれど…今まで私が受けた傷はそれ以上に私に憎しみを与えていた。私の言葉に、無言の両親を尻目に席を立つ、リビングの扉から出る間際父は、振り絞ったように
「大学には行きなさい。後はお前の好きにしていい」
それに、返事を返すことなく私は、自室に戻りた…やはり、愛されてなどいないのだと…泣いた。
高校を卒業し、父親との約束を果たし大学へ進学すると同時に、家を出て1人暮らしをはじめた。オートロックなんて付いてないアパートだけど、両親と兄のいない部屋で誰に気を使うでもなく、自由に生活できると思うと城のように思えた。
大学で知り合った友人に、テイマーズ・ハートと言う、色んな動物を自分のペットにして、育てるオンラインゲームを進められ、初めてゲームをした。その世界はとても綺麗で優しくて、私は直ぐにとりこになった。バイトをしながら大学に通って、時間があればゲームをする、そんな充実した日々を送っていた。
ある日ゲームの中で、卵をゲットした。それはドロップではなくクエストでもらえる卵だった。卵の中身はランダムで、希少なものだとユニコーンやドラゴンなどと攻略サイトに書いてあった。確立は相当低いけど…。卵を温め始めて、ゲーム時間内で7日目、漸く卵が孵る日だ、とバイト中もワクワクが止まらなかった。早速、自宅へ帰り、家事の全てを済ませるとゲームへログインする。
卵を置いてある、ゲーム内の自室に急いで進むと[卵が孵りました。フェザードラゴンが誕生しました。名前を付けて下さい]とシステムメッセージが流れた。
私は、夜遅い事も忘れ、1人やった~!!!などと叫んでしまった…。ご近所さんすみません。黒い羽を持つ紫の目をした。肩乗りタイプのドラゴンだった。
「はぅ~!かわいいなぁ~!はっ…名前つけてあげなきゃ…黒に紫だから…在り来たりかもしれないけれど…黒曜を少しもじって…シリアンなんていいかも!」
と独りごとを続け、そのドラゴンにシリアンと名前を付けた。シリアンはとても優しい子だった。
家を出て、2度目の年末年始がやってくる頃、携帯に今まで一度も連絡をして来なかった母からの着信が入っていた。無視しようと思ったが、一応あれでも親だと思い直し私は、電話を折り返した。
その内容は、簡単なものだった。年末年始は自宅に帰ってほしいとの事だった。理由は、父方の祖父母が年末年始泊りがけで遊びにくるからだそうだ…。父方の祖父母に私は、1度だけしかあった事が無い…多分兄も、1度あっただけのはずだ…仕方なく、31日・1日と帰る事を伝えた。
そして、お正月を迎える、31日の夜、私はできるだけ遅い時間を選び帰宅した。リビングに寄ると両親・兄は相変わらずで、私が帰ると「おかえり」といったきり話す事もしなかった。
祖父母に挨拶をすると、祖父母は、優しく微笑んで「おかえり、遅かったね?ご飯は食べたの?」などと聞いてくれた。これが、普通でうちの家族が普通じゃないんだな…と改めて思った。1日の朝、今日は帰れると私は少し浮かれていた…それが失敗だった。朝起きて、洗面所で顔を洗うと珍しくリビングへ向った。リビングの扉を開けようとしたところで、両親と祖父母が話している会話が聞こえた。
両親に対し、祖父母は、何故私と兄に対する態度が違うのか?私も両親の子供なのに…私が不憫でならないと言い、それに対して両親は、私が反抗的だからと最初は言っていた。だが、話しをしていく内に、出来たと判った時点で、何度もおろそうと思った。私に対して可愛いとか愛しいとかの愛情は無い。時間を戻せるなら、おろす選択をするとはっきりした口調でそう言った。
期待はしていない…何度も幼い頃から言い聞かせた、自分の言葉…それでも、私は子供として愛されたかった…。嗚咽を聞かれないよう口を押さえ、自室に戻ろうとしていた時だった、フイにリビングのドアが開き、そこには父が立っていた。私の顔を見るなり溜息をつくと
「なんだ、聞いていたのか…そう、言うことだ」
そう言って、洗面所へ向かって行った。私は、そのまま家を飛び出した。走りながら泣いた…もう消えてしまいたかった…。
その時だった、頭に衝撃が走り、私は意識を無くし倒れたのだった。




